NEWS 事務局からのお知らせ

高齢者のヘルスケアアート事例紹介WS 第5回ゲスト対談レポート

デイサービスセンターで地産地消の商品づくりに取り組む事例より(写真提供/デイサービスメロディ)


第5回目は、2名の講師をゲストにお呼びし、発表された事例の振り返りながらご意見をうかがいました。この記事では、講師の3名による意見交換の記録をレポートします。

日時:12月8日(水)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:山田 紀代美先生(名古屋市立大学大学院 高齢者看護学 教授)
   加藤 悠介先生(金城学院大学 生活環境学部 福祉環境学 教授)
   鈴木 賢一先生(名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 教授)
参加者:26名

・受講生が発表した事例についてはこちらの記事も参照ください
・第1回から第5回の開催報告へのリンクは、この記事末尾にもあります


左から、山田教授、加藤教授、鈴木教授


1.高齢者をテーマにした背景と、事例の分類


鈴木 医療や福祉関係の施設のなかにアートを取り入れるヘルスケアアートは、先行して子どもたちの病棟で進みつつあると思います。20年前は今日ほどの広がりはなかったですが、現在は全国に事例が増えています。しかし、「ヘルスケアアートは、お子さんだけを対象とするわけではない」という思いのなかで、これからもっと人口が増えるであろう高齢者にとってのアートは、いったいどういうものがあるだろうか、と思っていました。

それを参加者のみなさんに集めてきてもらおうという講座で、4回にわたってピックアップしていただきました。ご自身が取り組んでいる事例もありますし、ネットで検索して取り上げてもらったものもありました。それらはバラエティに富んだ内容だったので、私の視点でくくってみたいと思い、5つの分類にまとめています。


A.施設のインテリア
B.建築家による施設
C.地域性との密接な関係性
D.高齢者の尊厳の尊重
E.アートによる高齢者とのコミュニケーション

それらを見ると、「アート」という言葉に限定されず、幅広く取り上げていただいたと思います。建築からグッズまで、ハードからソフトまで、幅広い事例が集まりました。ここで、それらをまとめようというつもりはないのですが、浮かび上がってくる特徴について、山田先生、加藤先生と、整理したいと思います。

まず、看護学の山田先生から、お話をうかがえますか。


2.建物側が高齢者側に近寄っていく


山田 14名の事例をすべて見せていただきました。海外の事例など、初めて知ったものも多かったです。私は高齢者のなかで、とくに身体的に虚弱な高齢者と関わることが多く、その点に目が行きがちです。高齢者の特徴として「フレイル」という言葉が使われます。これは、身体的、精神的、社会的に「フレイル」、日本語で訳すと「虚弱」「弱まっている状態」となります。この響きがよくないので、「フレイル」や「フレイリー」とそのまま言うことがあります。

事例を見させていただき、【A.施設のインテリア】の事例に共通することでは、ストレスで環境への適応力が弱まっているときには、高齢者が新たなすみかに移動したとき、「本人が新しい住居に適応していく」というよりも「建物側が高齢者側に近寄っていく」ように感じました。

施設のドアを、自分の元のおうちのドアのようにプリントしたものを貼り付けて、「今まで住んでいた家と同じ入口だ」と思う。また、長岡市の施設の事例では、周辺の木々や地域特有の花を飾ることによって、馴染みやすく、その人にとって親近感がわく、つまり建物側が高齢者を受け入れている。みなさんが、高齢者が入っていきやすいように工夫されている、ということを感じました。高崎市の事例で、だるまや鍋敷きをモチーフにするという工夫も、福井市の布(ハギレ)というのも、知多市の物品づくりの事例も、地域のものを使うことで、みなさんが高齢者側に近寄っていっています。だから高齢者の方々は、安心感、心地よさ、安全、という感情を得られているのかな、という印象を持ちました。

鈴木 ありがとうございました。「建物の側が高齢者に寄り添う」という表現は、とても印象的でわかりやすいフレーズと思いました。そこにアートが介在するということですよね。マイドアの事例を探していただいた谷口さんは、このお話を聞いていかがですか?

谷口 高齢者の方との接点がある先生に、いいねと言っていただけたと思い、嬉しく聞きました。

鈴木 マイドアはイギリスの事例ですが、わりと簡単に応用できそうです。

谷口 そうですね、マスキングテープを使ったヘルスケアアートのように、ドアだけに限らず、高齢者の方のいろいろなお気に入りの物事に寄り添えるのではないかと思いました。

鈴木 高齢者施設は集団生活ですから、同じようなドアが並んでいる居室の入り口を個性化するための工夫は、飾り付けなどよくされていますが、ドアそのものを大々的にビジュアルとして違うものに見せる手法はおもしろい。

山田 施設では、同じようなドアが並んでいると自分の部屋か他人の部屋か分からずに、施設でつくったボンボンを入口に吊り下げたりして目印をつくっているのですが、そういうものは雑然とするのです。ドア1枚の平面で済むなら障害物にもならないですし、安全面からもよくて、興味を持ちました。


3.お年寄りの方を主人公にする工夫


鈴木 地域独特のモチーフを上手に取り込んでいる事例について、三ツ川さん、嶋田さんはどうでしょうか。

三ツ川 高齢者施設は、孤立しがちなところがありますので、地域のなかで何か一緒に取り組むことができないか考えました。高齢者の方も、身体的なリハビリになりながら地域の特産品をつくれることに、生きがい、やりがいを持てたら、という思いで始めたプロジェクトです。高齢者の方々も「地域で何かしたい」という気持ちはあります。それをくみ取っていくのは大事と思いました。

鈴木 地域にあるにもかかわらず、施設が孤立しているというのは、建築で解決しようとすると物理的な話になりますが、グッズを販売する仕組みで地域とつなげようというのは、とても面白い手法ですね。海外にはあまりないような気がしました、推測ですが。日本的な感じがします。嶋田さんはいかがでしょうか。

嶋田 私の発表は、イルミネーションの飾りをハギレでつくるという事例ですが、2つポイントがありました。1つは、福井のものというところです。福井は、いま高齢者の方々が若い頃に、繊維産業で発展した歴史があるので、昔は女性が多く仕事をしていました。ですから、ワークショップのなかでも、高齢者が先生のようになって、「ここをこういうふうに縫うと早く縫えるのよ」とか、裁ちばさみをちょっと入れて割いていったりとか、「こうすると真っすぐ切れるのよ」とか、若い頃を垣間見れるやりとりがあって、その人自身が輝いていた時代を再び知れる機会になりました。もう1つは場所で、飾った場所が福井の街を象徴する百貨店だったので、高齢者たちがこぞって買い物をしていた場所、そこを自分たちが飾ったんだという誇りを持てたことがとても大事でした。高齢者だけのWSやイベントではなくて、福井市が主催で飾り付けをしたので、若い人も見に来てくれて、誇りを持てるようなイベントになりました。

鈴木 お年寄りの方を、じょうずに主人公にされる工夫でしたね。


4.地域とのつながりを持つものが、アートになっている


山田 三ツ川さんと嶋田さんの事例は、「お年寄りの方に施設側が寄り添っていく事例」とは、少し違いましたね。もう1つ感じたことで、元気な高齢者の場合は、創造性や挑戦など、「今まで高齢者の方がやってきたことを大切にする」ということと、それを通して新たな創造、アートですからね、「個人がどう輝くか」という内容も、今回の事例には入っていたのだと感じました。どうしても虚弱な高齢者だと、施設側が寄っていくのは重要なのですが。

鈴木 三ツ川さんや嶋田さんのような若い人が、高齢者と接点を持っていることが、僕はステキな関係だなと思っています。高齢者施設はこうあるべしとか、画一的に共通項でくくりがちなのですが、地域という話を持ちだすと個性が出る。その地域のお年寄りの特性をうまく引き出すいい考え方だなと思いました。まちのいろんなアイテムを拾いながら、そこにお年寄りがプライドをもって関われる。

山田 施設が地域から孤立してしまうという話も出ましたが、地域との接点になる媒体のようなものが特産品であったりするのかと思います。地域とのつながりを持つものが、アートになっているという感じです。地域包括ケア、高齢者が地域で最後まで暮らすという概念も言われていますが、地域の特性を施設に持ち込むことで、高齢者も「地域とつながっている感じ」がするのかな。

鈴木 アートのおもしろさは、押し付けがましさがない。スーっと自然に入っていくような特性を持っている気がしています。三ツ川さんや嶋田さんのやり方、マイドアもそうですね、押しつけがましくない。

加藤先生にも、お話をうかがおうと思います。先生は高齢者や障がい者といった、弱者のための施設の建築計画を深く研究されておられます。先生から見られる視点をぜひ聞いてみたかったです。


5.恒常的なアートと、パフォーミングアート


加藤 呼んでいただきありがとうございます。事例を見させていただき、私もよく知らなかったことがたくさんあり、勉強になりました。

私なりに自分の研究と連続させるために大きな分類を考えますと、1つは、「日常的な生活の場にどういうふうにアートを取り入れていくのか」があると思います。インテリアや建築など、恒常的にそこにあるものを、どうしつらえていくのか。もう1つは、「パフォーマンスと呼ばれているアート」があります。今回の例でいうと、高齢者の方が主役になって活動したり、演じたり、自己表現したりするようなアートの在り方です。

パフォーマンスは私の専門外なのでコメントしにくいですが、ただ思い出したことがありました。イタリアに調査に行ったときです。刑務所に服役している囚人の方が、年に一度劇を上映するというイベントをしている小さな都市がありました。プロの演出家が、囚人の方を指導して劇を作って、上演までするのです。自分で演じるというのは、挑戦という言葉が先ほど出てきましたが、「新しい自分に変わっていく」、「次の社会に出ていく」、その一歩につながることで、その方の力を引き出すことにつながっているようで印象深かったです。また、イタリアでいいなと思ったのは、小さな都市でもちゃんと地域の劇場があるので、演じることを支えるソフトの力と、都市の中心に劇場があるというハードの力が、それぞれ融合していました。

私の専門分野は、「施設のなかでどうやって居住者の生活を実現できるか」「生活の場らしく、どう環境をしつらえていくか」という研究になります。高齢者の関連ですと、特別養護老人ホームなどで、認知症の方のための環境づくり(注:後述するPEAPの策定)などを10~15年くらい手伝っています。スタッフの方と話し合い、少しでも、施設的な環境を生活の場に近づけていけるよう、協力しています。マイドアは知らなかったですが、居室のドアに個性を出すとか、居室のなかに写真を取り入れた写真家の方の事例など、こういう方法もあったのかと勉強になりました。アートは幅広い方を巻き込む力があると、あらためて感じました。スタッフの方だけではなく、きっと地域の人も巻き込めるだろうし、子どもや入居者の家族も巻き込めるかもしれません。そういうヒントを得られたと印象に残りました。


6.空きビルになった場所を、福祉の場へ(福祉転用)


加藤 私は「福祉転用」というテーマでも研究をしています。福祉転用というのは、空き家、空きビルなどを福祉の場に転用しようという方法で、いろいろな地域で実際におこなわれています。福祉転用では、そこに建物があるということがとても重要です。銀行を活用された事例がありましたが、銀行はまちなかの便利なところ、地域のアイデンティティになるところに建っているので、空きビルになってからも活用することで、高齢者と地域との間の差を埋めていけます。地域包括ケアという言葉もありますが、空きビルになった場所が、もう一度高齢者のために使えるということは、大きな地域の資源になるのです。

ただ、転用するのは難しいです。難しいながらも、もう建っているものだから、いろんなことができます。「遊ぶことができる」と言っているのですが、新築でカッチリ作るのではなくて、創意工夫ができるのが、地域の愛着にもつながっていくように思います。

鈴木 ありがとうございました。転用の話のつながりで、小林さんは、いかがですか。

小林 はい、私が来たときには転用されていて、18年くらい経っていました。建物の外は銀行そのままで、中だけを、利用者さまが使いやすいようにリノベーションしており、一度に変えずに段階を踏んで、少しずつ変えたと聞いています。発表ではお風呂場の改装の話をしましたが、予算の関係があるのと、すでに浴槽が中に埋まっていて、変えようとすると何百万もする工事になるということであきらめたりと、もがきながらやっていますが、発表の際に「元銀行というのはおもしろい」と言っていただけて、視野を広げられました。

鈴木 加藤先生が福祉転用に興味関心を持たれているのは、お年寄りのために新築で施設をつくることとは違った価値観があるからなのですか?

加藤 新築だと建てられる場所が限られています。地域に飛び込んでいくときには、立地は大事だと思います。地域の一員になろうと高齢者施設が思ったときには、福祉転用の選択はアドバンテージがあると思います。小林さんのお話からもうかがえますが、福祉転用はハードルがあって、長い時間がかかるのです。補助金をもらって年度内に仕上げますというような発想はなくて、所有者の方との関係性を見つけようとするなど、法理的なものもありますが、時間はかかります。しかし私が、この福祉転用で変わってほしいと思うのは、時間をかけて場所をつくることに価値があると思うからです。福祉転用するには、地域のいろいろな人がステークホルダーになっているので、みんなで話し合い、時間をかけながら、できたあとも多様な人の意見も聞いて運営することになるようです。

鈴木 効率よく計画を立てて、時間内に手際よく作ってスタートさせる発想とは逆で、ハードルはあるけどみんなで課題を抱えながらあーでもないこーでもないと言いながら作っていく。そのプロセスそのものが、ある種の効果を持っている。という発想ですね。

加藤 福祉転用の施設を見に行くと、壁があっても乗り越えるためにいきいきとやられている。楽しそうです。そのあたりも、アートに似ている感じがしました。


7.認知症高齢者への環境支援指針(PEAP)


鈴木 加藤先生から、「認知症高齢者への環境支援指針(PEAP)」について教えてもらったことがあります。勉強不足で知らなかったのですが、受講生のみなさんにも分かりやすく教えていただけますか。

加藤 PEAP(ピープ)は、建築士に対して示すガイドラインになります。具体的には、見当識への支援など8つの項目を立てており、それに対して環境を変えることで支援していきましょう、という内容です。最初はアメリカでできたものでした。PEAPについて詳しくはこちらでPDFをダウンロードできます。
 認知症高齢者のための環境支援指針 PEAP日本版

鈴木 アートを取り入れるための大きなヒントになりそうですね。

加藤 はい。アートと内容が重なるところもありますし、アートにしかできないこともあると思います。

(この間、まだ発言していない受講生から簡単な自己紹介と、感想をいただきました)


8.幅広い対象に向けたアート、個人が輝くアート


鈴木 いくつかの共通項が見えてきたと思います。「高齢者とアート」というキーワードのなかで、たとえば「地域」、「記憶」、「思い出」など、人生を重ねてきたお年寄りだからこそ環境から寄り添いが働くことを強く感じました。

山田 今回のメインタイトルが「高齢者のためのヘルスケアアート」となっていたので、「ケア」というと何らかの支援を必要としている、世話、看護、介護する相手であると、狭く捉えてしまったのですが、高齢者を広く捉えたら、健康な高齢者から看取りまで、あらゆる段階があります。今回は幅広い対象に向けたアートだなと感じました。虚弱な高齢者とアートをつなげるだけでなく、さまざまなところで工夫をされていることを知れました。高齢者が画一された施設の中に入るしかないのではなくて、個人を大切にしてもらえる高齢者社会を不安なく、頼もしく、感じることができました。

その一方で、個人が輝くには受け身でもいけないと思いました。輝くためには、若いうちから種をまいておく、趣味などの輝ける素材がないと、きっかけを提供してもらったときに、取っ掛かりを見出してもらえないのではないかと。高齢者側も、みなさんに見つけてもらえるような輝ける素材をもって、年を重ねていきたいな、と思いました。

鈴木 ヘルスケアアートは、もとは病院をきっかけに始めていますので、中心的なところはケアですが、ケアだけでハッピーになれるわけではないので、前後があるのでしょうかね。

山田 ケアを受ける前からですね。

鈴木 イギリスなどでは、日本とアートに関する付き合い方が違っています。日本人は、生活の場にアートが入り込んでいるところがありますが、欧米の方々はアートが特出した形で構成されています。そういう意味では、加藤先生が先に言われていた大きな区分の、環境を整える恒常的な部分とパフォーミングアーツの比重は、日本とはだいぶ違うかもしれないとも感じています。「ヘルスケアアート」ではなく「ヘルスアート」「ヘルシーアート」でしょうか。「ウェルビーイング」という言葉もしばしば出てきます。

山田 連続性ですものね。


9.「弱った人を助ける」ではない高齢者に向けたアート


加藤 高齢者は、だんだんいろいろなことができなくなっていきますが、その中でできることを見つけるにはアートは重要で、記憶を呼び戻す効果があると思います。「高齢者だから、これできないよね」という決めつけを解除できるのではないかと思います。じつは認知症になっても、できることがたくさんあって、たとえば料理は、認知症になってもできます。見当識がなく、今が昼か夜かも分からない人でも、包丁を渡せば料理ができてしまいます。そうしたできることを探していくことは、重要かなと。また、以前できていたこと以外にも、パフォーミングアートは、新しいことに挑戦できるきっかけになる可能性を感じました。

鈴木 昔はやれていたことができなくなるとき、本人は気落ちしますし、周りの家族もできなくなったとマイナスに感じますが、むしろできること、なおかつ新しい挑戦みたいな話までになっていくと、ずいぶん見方が変わります。新しい挑戦の場を、施設なのか地域なのか、お年寄りの活躍できる場をつくっていこうとする発想に立つと、弱った人を助ける、ではなくなる。そこにアートがうまく入ってくることによって、自然にサポートできるのならアートの力はすごいと思います。


資料:高齢者のヘルスケアアート事例紹介WS これまでの実施概要

第1回目レポートはこちら
第2回目レポートはこちら
第3回目レポートはこちら
第4回目レポートはこちら
第5回目レポートはこちら
事例集への掲載について


SUGGEST 関連ページ