高齢者のヘルスケアアート事例紹介WS 第3回開催
病院や福祉施設などで実施されている高齢者のためのヘルスケアアートの事例を集めて、事例集サイトに掲載する事業、第3回目を実施しました。
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1.第3回の実施概要
日時:11月10日(水)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:鈴木 賢一(名古屋市立大学大学院 芸術工学研究科 教授)
参加者:13名
運営:高野、伊藤、寺井(書記)
ワークショップの第2回~第4回では、3回にわたって、高齢者を対象としたヘルスケアアート事例を発表し、話し合っています。受講生には事例の収集に取り組んでもらい、資料を画面共有しながら、この日も前回同様5人に発表してもらいました。持ち時間はそれぞれ20分(10分発表、10分で意見交換)としました。
2.受講生による発表「高齢者のヘルスケアアート事例発表2」
(1)山﨑さんの発表
フラワーセラピストである山﨑さんからは、高齢者向けの施設で実施している、フラワーアレンジのワークショップ(教室)についてお聞きしました。
フラワーアレンジの教室で取り組んでいること
① 作品にはその人の心が表現されているので、その心に寄り添いながらコミュニケーションをとっていく(花にまつわる昔の想い出をきっかけに回想法のような効果もみられる)
② 良いところを褒め合うことで自己肯定感を高めていく
③ 生花がもたらす生理的リラックス効果を感じてもらう(色彩・香り・花姿からの心身に与える様々な良い効果を感じてもらう)
④ ユニット間の交流の場にする
⑤ 自分で作ることで楽しみながら達成感を味わってもらう(様々な資材を工夫して花に貼ったり、挿したりしていくことで脳の活性化につながる)
参加する方は、決められたアレンジの見本があるわけではなく、心のおもむくままに生花をアレンジします。そのため完成した作品からはその方の個性が感じられるので、そうした感想を伝えたり、ご本人に話してもらったりすることで、花を介した豊かなコミュニケーションができるとのこと。
必ず下見や事前の相談をおこなっていることや、対話をするときには目線の高さを同じにするよう意識すること、自己肯定感を高められるような声かけをすること、手を貸し過ぎないことなど、具体的なポイントもお聞きしました。
(2)谷口さんの発表
谷口さんからは、高齢者の利用する施設(空間)に、個人の好みや、なつかしさを感じられる絵画やポスターなどを取り入れる工夫について発表がありました。住み慣れた環境に近づけることが、「ここは自分のいる場所」という安心感につながるのではないか、とのことで、大きく2つの事例を挙げてくださいました。
1つめ
オランダやイギリスの高齢者施設の例で、「普通の暮らしを続ける」「従来の生活を継続する」といった言葉が印象的なもの。たとえば建物の外観を伝統的な街並みにする、廊下の壁になつかしさを感じる風景を描く(路面電車、犬がいる民家の窓辺など)、使い込まれた古いミシンを置く、名作映画のポスターを貼る、昔ながらのなつかしい石鹸メーカーのポスターを貼る、といった実践が紹介されています。
認知症でも最期まで普通に暮らせるオランダの高齢者施設は何が凄いか(2018年7月の記事)
https://diamond.jp/articles/-/175513
認知症に有効な環境作り「回想法」とは?(2015年11月の記事)
https://diamond.jp/articles/-/81442
2つめ
オランダのメーカーが手がける「True Doors」というドアの装飾シート(ステッカー)について。
これは原状復帰が可能なステッカーで、ドアの見た目を手軽に変えることができるので、画一的な空間になりがちな施設で、入所者の好みのドアを演出することができるものです。学生寮などで使われていたのが、老人ホームなどで使用されはじめ、入所者の方が我が家に帰るようなくつろぎを感じたり、部屋を間違えるといった困りごとが減ったりするなど、効果が認められるようになったそうです。既製品から似たものを選ぶ、用意した写真から制作してもらう、どちらも対応されているようです。
How to help seniors feel at home - A True Doors Transformation( True Doorsの公式YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=Se_mV6RspNQ
<参考URL>
老人ホームで安心して暮らせるように。居室のドアを自宅のドアと同じ模様にできるドア装飾シートが注目を集める(オランダ)(2019年4月の記事)
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5193049
日本でも、「MYDOOR-まいどあ」プロジェクトとして、同様の取り組みがあるので、興味のある方は検索してみてください。
(3)山本さんの発表
山本さんは、1984 年にオランダのアルマーレ=ハーフェンに竣工した老人ホーム(高齢者住居施設)の建築そのものを事例として紹介されました。設計したのは、ヘルマン・ヘルツベルガーというオランダの建築家です。
以下は、山本さんの考える、高齢者施設=共同住宅(自宅でない在宅)のための環境づくりについて。資料から一部を転載させていただきました。
この施設のなかで、山本さんが1つ、ぜひ注目してほしいと紹介したのが「ダッチドア」でした。
ダッチドアとは「上下分割開閉式の扉」で、上半分だけを開けたり閉めたりできるもの。普通のドアのように全部開けたり閉めたりすることもできます。これを個室の玄関ドアに組み込んだため、自在に扉を開放させて空気を通わせられる装置になり、コミュニケーションにも多様な影響を与えているそうです。
(4)三ツ川さんの発表
1つめ
ご自身が関わっている高齢者福祉施設「デイサービスメロディ Sea」の壁画を紹介されました。
施設の目の前が海という地域らしさを取り入れたアートで、「辛く大変なリハビリでもふと気持ちが和らぎ、楽しい雰囲気になれるよう、リハビリ室の壁に明るく元気になる壁画を制作した」とのこと。
2つめ
「デイサービスメロディ」の利用者と取り組む地産地消の商品開発プロジェクトを発表されました。
アカパックンは、お風呂に浮かべるだけで皮脂や油汚れなどを吸着するグッズで、洗濯機に入れるタイプもあります。普通はカッパのキャラクターなのですが、これの「ご当地ゆるキャラバージョン」が増えていて、下の写真の梅子バージョンも、その一つとして制作を始めたそうです。(梅子は知多市公認ゆるキャラ)
作業療法士の監修のもとでリハビリも兼ねていて、認知症の予防効果も見込まれますし、そのうえで利用者さんの生きがいになったり、地域産業の支援になったりと、さまざまな効果が期待できるそうです。
(5)中野さんの発表
中野さんは、ブリティッシュカウンシルさんのHPから事例を探し、「Age-Friendly Culture」というマンチェスター(自治体)が推進している高齢化対策のプロジェクトを紹介くださいました。
高齢者自身が、同世代の仲間に向けた活動を計画して主導、発信する取り組みで、高齢者の社会的孤立を解消し、文化芸術活動を通じて人間関係のつながりをつくることがねらいだそうです。受け身ではなく、自らが輝く環境をつくっているのですね。HPから、いくつかのプロジェクトが進行していることが分かりました。
Manchester Museum(マンチェスター博物館)の公式サイトより
Age Friendly
https://www.mmfromhome.com/age-friendly
3.受講生の感想
多くの示唆に富む感想をいただきました。
- 全ての発表に共通して「地域とのつながりの重要性」を感じました。高齢者のヘルスケアと言って、高齢者だけが対象なのではなく、地域の多様な人々との関わり合いの中にあって、人間としての健康が保たれるということを忘れてはならないと思いました。
- 高齢者施設における課題は、自宅か施設(共同住居)かを問わず、そこを自分の居場所として、地域と繋がりながら、自分らしく暮らしていけるかということが根本にあると思います。個人の心身の様態に応じて、ケアや介護が必要になる場合でも、自分の役割を持てる(意識できる)ような環境や活動ができるような背景を関係者でしっかり築けるように、国を越えて学ぶことが見えてきました。
- 高齢者が”カルチャーチャンピオン”として、同年代に頼るのではなくむしろ同年代を引っ張っていくという取り組みがとてもすてきだと思いました。私は、どこか「高齢者」という概念をマイナスイメージでとらえていたように思います。しかし、今回の発表を聞いて、高齢者はむしろ経験豊富なチャンピオンであり、かっこいい存在なのだと改めて気づかされました。
- マイドアのプロジェクト。割と雑然とした感じの玄関の写真でしたが、そんなことは関係なく、その人にとっては心落ち着かせることのできるインテリアになっていた点が面白かったです。人に寄り添うデザインは、視覚的な美しさだけでは足りないのだなと考えさせられました。
- アート作品として個人的に面白いと思った事例は、「玄関の写真の転用」と「地域の偉人達の肖像壁画」でした。以前に、似たプロジェクトをアートの領域で見たことが有りましたが、アートの領域から医療施設などの領域へと環境や文脈を変えてみると予想外の効果があるものだなと感心しました。
- ボランティアでやるのか、寄付で実施するのか、事業化するのか、助成金で実施するのか、色々なレベルで実現できる可能性があることもなんとなく垣間見えました。
- 現代社会で過剰に成熟し細分化された社会や合理的思考の限界には、抽象的で非論理的な思考、または直感や感性と言われる領域の有効性を感じました。普段はつながらない思考がつながる感覚がアートにはあるなと思いました。病院の中では、施設の環境や日々のルーティーンといった変わらないもので溢れているでしょうから、五感で感じるものやコミュニケーションを取る人達の多様な出会いが大事だと思いました。
充実した意見交換ができました。
次回はラストの事例発表となります!