実践ワークショップ カタログ完成しました
ヘルスケアアートカタログの完成
医療・福祉施設に対してパッケージ型ヘルスケアアートの提案を行ないマネジメントの一部を体験する「実践ワークショップ」は、昨年9月から6回の開催を重ね(これまでの経緯はこちらをご覧ください→第1回記事 第2回~第6回記事)、受講生の皆さんの企画による「ヘルスケアアートカタログ」が完成しました。
オーダーメイドで導入されることの多いヘルスケアアートですが、導入を希望する施設側にとり、ゼロからの立ち上げ・実施は、準備のプロセスに負担を感じられることもあるかと思います。また、費用面の不安などもお持ちなのではないでしょうか。今回の試みは、ヘルスケアアートをより導入していただきやすいよう、あらかじめアートの内容や費用等を提示したカタログを制作し、ヒアリングとアンケート調査によって、アート導入におけるニーズや注意点、解決すべき課題を抽出するものです。
カタログ制作時に体験した「難しさ」
6回のワークショップで、企画の発案から、企画内容のブラッシュアップ、カタログ完成まで限られた講座日数の中で進められました。
職業や経験、知識もそれぞれ異なる受講生が、ご自身の興味関心や得意分野をベースに、意欲的に企画を出し、グループワーク等を経て、ヘルスケアアートの企画を完成させていきました。
1回あたり約2時間のワークショップで、8名のメンバーの企画について発表し、意見を出し合ってきましたが、時間が足りない状況で、「もっと他の人の意見を聞いて企画の可能性を掘り下げたい」という声もいただきました。各自が個人で内容を深めていくという作業は、これまで経験をしていない方も多く、もっと内容の検討・ブラッシュアップの時間を設けられるとよかったかもしれません。
また、今回は目的や意識、専門分野の異なるメンバーが、同じフォーマットの企画書を用いて、最終的には1冊のカタログにまとめたため、個別のヒアリングやメールベースでのフォローなどを必要としました。
費用の算出が難しい
カタログに掲載するアートの導入費用の算出には、皆さん苦労されました。まだ実施したことのないアート企画ですから、想定の中でアートの材料費、業者への支払、スタッフの移動交通費、準備にかかる訪問回数等を検討することになりますし、実際に導入する場合、対象施設により規模や経費も変わる可能性があります。また、継続的な活動が可能なように、必要な人件費を費用の中に入れるべきだと意見が出ました。このようにさまざまな想定をした上で施設側に伝わりやすくわかりやすい価格設定にする必要がありました。こうした検討も、アートマネジメントに必要な工程のひとつとして、体験いただきました。
普遍性と具体性の両立の難しさ
今回は提案対象の施設をあえて特定せず、普遍性を持ったアートを企画しようとしたための難しさもありました。医療施設の種類や規模、利用者の傾向によって必要とされるものは異なりますし、現場の医療スタッフや利用者の方の声や要望が、ヘルスケアアートを提案する上でのヒントや根拠になるからです。
ですので、施設は特定しないのですが、対象や目的をそれぞれに設定しながら、企画を具体化していきました。
医療・福祉施設の現場の状況把握が難しい
また、施設利用者や医療スタッフにとって現場の状況はどのようなものなのか、医療施設に勤務している受講生の佐藤さん、坂本さんに、企画に対して情報提供やアドバイスを行なっていただきました。彼らによる「現場の視点」は、企画の具体化にとり大きな助けとなりました。
一般的に医療・福祉施設へのアート導入費用は、新築時・増築時には予算化されやすいものの、通常の年次予算には組み込まれることが難しいので、医療・福祉施設へのアート導入がもたらす利益・メリットが明示できる提案を、という視点も重要だと学びました。
アートの提案にセラピーを含めることの迷い
当初、体験型のアートの企画として、「セラピー」に関する企画も出されました。アートセラピー、カラーセラピー、フラワーセラピー、ミュージックセラピーなど様々な療法が、いくつかの医療現場でも導入されていますが、今回のアートカタログでは”療法”という医療の領域には踏み込まず、入院生活に彩りや楽しみを得られるような「体験型」の企画として提案することにしました。この事業としてはセラピーの分野はまだ実践や研究が十分ではなく、想定できない影響を与えるリスクがあると懸念しました。セラピーをヘルスケアアートとして提案する場合は、エビデンスや導入事例を明確にできる、病院側の理解と協力が得られるなどの条件整備が必要と考えます。
今後の課題として研究や実践をしていきたいと思います。
受注を担う組織や相談の受け皿が必要
今回、カタログの内容が医療・福祉施設に気に入っていただけた場合に実際に発注を受けるかどうかについては、運営メンバー間で議論しましたが、実施主体を明確にし、免責事項等さまざまな条件をクリアすることが必要となるため、受注までは断念しました。
そしてヒアリングやアンケートを通して、ヘルスケアアートを実施する運営主体への信頼性が求められていることが見えてきました。さまざまな問い合わせや発注に対して継続的に受け皿となる組織が、ヘルスケアアートの普及には必要であり、そうした組織の立ち上げや運営が大きな課題です。
ヒアリング・アンケートによる調査
2月初旬にカタログが完成し、地元の関わりのある施設や連続講座の講義の中で紹介された施設、連続講座を受講する医療者等にカタログを送り、アンケート調査のご協力を依頼しました。送付先は約180件となりました。より広く、全国にカタログをお送りする案も出ましたが、ヘルスケアアートがまだ一般化していない現状で不特定多数の施設に一斉にお送りすると、受け取った施設側に負担をかけてしまったり、カタログを見て実際に発注できるとご誤解をまねく恐れもあったので、ヘルスケアアートの導入実績がおありの施設や、何らかのかたちでヘルスケアアートについて触れたことのある医療者を中心にお送りさせていただきました。また、名古屋市内の4つの施設(公立病院、こどもクリニック、民間総合病院、リハビリテーション病院)にてヒアリング調査をさせていただきました。
ヒアリング調査から
ヒアリング調査では、さまざまなことがわかりました。その一部をご紹介します。
・公立病院の場合
アートという付加価値にまわす予算がないことが多く、ボランティアによるアート企画や発表会も頻繁に提案されている。費用を捻出するには、寄付や企業との提携など、ビジネス的な発想でさまざまな手法を検討すると良いのではないか。
ヘルスケアアートを知らない人は多いので、このようにカタログの形でビジュアル的に見ていただけるツールは役立つ。
・こどもクリニックの場合
病児の父母は疲れて精神的な余裕がない。だからこそ、ほっとできる空間、先生と落ち着いて話せる環境づくりが大切。
クリニック開業時が、環境づくりの最初の機会だが、医師は開業準備に忙殺され、患者さんのための環境づくりをじっくり考える余裕がないことが多い。そんな時手助けしてくれるカタログや相談窓口があれば良い。
・民間総合病院の場合
しばしば寄贈される絵画や作品の効果的な使い方や管理について相談できる窓口があると良い。
現場のスタッフは、アートが患者さんに与える負の影響も心配(落ち着かない、など)されるので、安心感を阻害しない、特に長期療養の空間では日常的な雰囲気づくりが求められる。
・リハビリテーション病院の場合
音が聞こえにくい、視力の衰えなど、高齢者ならではの問題に配慮が求められる。高齢者に有効性のあるものならば、導入の意欲が高まる。
アンケート調査から
37件の回答を医療・福祉施設、医療者から頂戴しました。回答の一部をご紹介します。
・ヘルスケアアートについての理解
92%の回答者が「理解できた」と回答しました。またカタログの内容についても85%の方が「理解できた」と回答しました。
「理解できなかった」と答えた方は、より詳細で具体的な情報の記述を求めておられました。
・カタログを見てヘルスケアアートを導入したいと思ったか
74%の回答者が「導入したいと思った」と回答しました。
・ヘルスケアアートを選ぶ際に重要なポイント
14の選択肢の中から回答者が多く選んだのは、主に下記の項目でした。
1位:費用
2位:利用者の環境改善、癒しになる
3位:施設の理念や雰囲気と一致する
4位:医療安全の確保
5位:スタッフの環境改善、癒しになる
・カタログについてのご意見
ヘルスケアアートについてのカタログがあると、施設内でヘルスケアアートの導入について話し合うきっかけになる、費用が表示されているので予算の目処もつけやすく検討する気になる、と今回の試みに賛同するご意見を多くいただきました。一方で、今回は、既存のアートの紹介ではなく、その多くが新たに考案したアートプランを提案するものだったため、実施の事例写真があまり掲載できなかったり、施設の広さに応じた費用プランや実施までのスケジュール等、カタログを見て導入を具体的に検討するには不十分な点についても指摘いただきました。カタログのデザインについては概ね好評でした。
アンケートにご協力くださった各位にこの場を借りてお礼申し上げます。
調査を終えて
今回、ヒアリング調査やアンケート調査を通して強く印象に残ったのは、ヘルスケアアートに対する潜在的ニーズは非常に高まっている中、それに対し、情報提供が追いついていないという現状です。「こういうカタログがあれば導入について具体的に考えるきっかけになる」という声を数多くいただいた背景にそういった課題があると気づきました。今回は、受注を前提としないカタログの配布となりましたが、「具体的な施工例がわかる写真やビフォーアフター情報をたくさん載せてほしい」「導入した病院スタッフや患者さんの声が読みたい」等、実際に発注できるカタログをとの期待の声もたくさんいただきました。
ある病院でのヒアリングで、病院側のご担当者が「ヘルスケアアートは病院にとってチャンス。職員や地元の方々が一緒に創造していけるきっかけになる」とおっしゃったのですが、このような期待に応え、施設や患者さんに寄与するアートマネジメントのできるディレクターの養成が求められています。
まとめ(ワークショップ座長の鈴木賢一教授のコメントより)
このワークショップは、ヘルスケアアートを普及する一つの方法として、現場からのオーダーを待つのではなく、あらかじめ準備したアイテムを提示しておくデリバリー方式の可能性を探るものでした。主催者としても初めての試みで、ゴールがはっきりしない活動に参加者の皆さんを巻き込む形での実施となり、ご迷惑をおかけしたと思います。 しかし、半年余りのプロセスを通じてより現場に近づくための発見や、触発されたことがいくつかあり、今後のヘルスケアアートの展開につながる以下のような論点を得ることができました。
1)提示案の作成段階・参加者が多様なバックグランドをもっており、ヘルスケアアートの共通イメージが必ずしも一致しない。その一方でアートは多様性を容認できる。
・ハードに関わる環境整備系は一定の専門性が求められるが、アートを媒介とする活動系はプロバイダーもユーザーも気楽に関わることができ、アートの普及に実効性がありそう。
・患者さんへの向き合い方が個人的になるケースは、医療・治療の領域に入り込むことになり、医療者の協力なくては実施が難しい。
・現場や患者の声を聞くことから新たなアート作品や活動が発想できる。
2)カタログ制作とヒアリング段階・カタログのデザインそのものが直感的・直接的にヘルスケアアートのイメージを喚起させる重要なツールである。
・ヘルスケアアートの概念を現場に具体的に伝えることのできる有効な手段である。
・実際に採用した現場からの声、プロバイダーのプロフィールなどの情報が信頼性を高める。
・患者・利用者の対象別、施設規模別、それぞれに相応しいカタログがあっても良さそう。
・実際に依頼を受けたときの実施体制をどう整えられるか。
以上のようにこれらはいずれも概念レベルの話題ではなく、実践段階のマネジメントにより解決すべき課題です。実践レベルの現場で起こりうるシミュレーションを予め擬似的に体験できるとても良い機会となりました。ヘルスケアアートの良き理解者として、今後ともよろしくお願いいたします。
こちらもご覧ください
●2019実践ワークショップ シールを利用した空間装飾の実験
https://healthcare-art.net/news/diary/entry-146.html
●ヘルスケアアートカタログのWS振り返り
https://healthcare-art.net/news/event/entry-162.html