ヘルスケアアートカタログWSの振り返り
もともと3月にヘルスケアアートカタログ(実践WS)の振り返り会を設けていたところ、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまいました。仕切り直してzoomでのオンライン開催とし、2019年度WSのふりかえりとガイドブック意見交換会として開催しました。この記事では、2019年度後半に行ったヘルスケアアートカタログ(実践WS)のふりかえりについてまとめます。
当日はガイドブックの意見交換もしましたので、そちらはこちらでご覧ください。
ヘルスケアアートWS振り返り&ガイドブック意見交換会
日 時:2020.6.13
場 所:オンライン会議ツールzoomにて
参加者:山本さん、三ツ川さん、山名さん、永山さん、佐藤さん、山崎さん、常盤さん、坂本さん、香川さん(以上受講生)、鈴木教授、高野さん、小野さん、森田さん、事務局の伊藤と寺井(以上スタッフ)
(1)受講生たちの近況報告
当日は鈴木教授のあいさつで始まり、全員から近況報告をいただきました。
4月から異動になった方、桜シールを取り入れた感想をくださった方、感染予防対策とからめたアートに取り組んだ方、ご家族が入院されて付き添いをしたところ感染対策で病院がますます殺風景になっていて「気を紛らわせる何かが欲しいと思った」と語る方。などなど、新型コロナウイルスを経験したからこそ、アートの力に期待しているという声が、受講生からは多く寄せられました。
山名さん: 外に出られない状況を初めて体験して、作家としても、介護する立場としても、アートというものに何ができるのかというのを考えさせられる数か月だった。
常盤さん: この状況になっていかにヘルスケアアートが必要か。一般の方の心にどれだけ負担があるのか。それを救うのはアートだということを実感した数か月だった。
(2)ヘルスケアアートカタログを作成した実践WSの概要
ワークショップの概要を下記スライドで紹介します。
*完成したヘルスケアアートカタログの内容は、一部を本記事の末尾に資料として掲載しました
*ワークショップの詳細は、このHPの「ワークショップ2019」のページも参照ください
(3)ヘルスケアアートカタログの制作から分かったこと
◇鈴木教授
このワークショップを行ってヘルスケアアートカタログを作り、思わぬいいことがあったと思います。「病院を見直すチャンスになった」というK病院のお話は、ただアートをカタログにして見せたということを超えた成果でした。デザインについても皆さんと議論しましたが、カタログそのものの印象でヘルスケアアートの印象も変わると思いました。受け取る病院にとっても必要なアートの中身がそれぞれ違うので、パッと手に取った時のビジュアルが第一印象として大きはたらくという感想をもちました。
カタログを通じてヘルスケアアートを採用していただくかは別として、それがあるということを分かってもらえる、そしてガイドブックのようなかたいものではなく、こうした形で多くの皆さんに知ってもらうという方法論があるということは当初想定していなかったことなので、よかったなと思っています。
◇坂本さん(名古屋市立の総合病院・看護師)
私も手に取ったとき、想像以上に伝えたいことが伝わってくるものになったな、という印象を持ちました。病院にそれが入ってくるという目で見るので、写真から具体的なものが表現されているとやってみたいなと思えます。そしてやはり費用に目が行きます。これは職業人だなと、アンケートの「ヘルスケアアートを選ぶ際に重要なポイント」で回答数が最も多かったのが「費用」という結果はよくわかります。ヒアリングに同席したかったですがコロナの影響で行けなかったのは残念でした。
◇山本さん(建築設計)
パッケージ型のアートカタログという取り組み。自分がこれまでやってきたことは、設計した空間に対して唯一のオリジナルの環境芸術を導入するということだったので、それとはまったく違う手法でとても面白いと思いました。もっと皆さんと議論して内容の質も上げることができたと思っていますが、カタログを受け取った方に「ヘルスケアアートってこういうものなのね」と思っていただけたことはよかったです。
3つの病院のヒアリングに同席したところ、病院はそれぞれ、独自で取り組んでいることはあって、殺風景な病院は少なく何かしら取り組んでいました。十分それがヘルスケアアートだと思うのですが、コントロールできていないのが実態で、キーになる誰か、動かしていく組織や助けがあるといいと感じました。
私はヘルスケアアートを初めて取り入れた日本の病院は亀田総合病院ではないかと思っています。癒しのアートなんて言葉がない時代から、環境を変えていこうと取り組んでいる。そこにお金をかけてやるという発想はなくて、ヘルスケア空間を少しでも利用者にとってやすらぐ空間にしようとされてきた。お金をかけないでもできる方法を提示したり、どうすればそれをバックアップできるか考えていけるといいと思います。紋切り型の壁画アートだけがヘルスケアアートではないことが、今回のカタログを通じて伝えることができた。今回は8点だったが、数を増やし、ビジュアルを見せて、あれもいい、これもいいとなるといいなと思います。
◇佐藤さん(名古屋のK病院・作業療法士)
自分の作業療法士という仕事は個別性が高いものです。その方のやりたいことや周りから望まれることに個別対応する仕事をしているので、カタログに載せるアートを作業療法から提案するのは難しく、アートの意見をなかなか出せなくて苦労しました。
職場でヘルスケアアートのブックレット1(小児の療養環境)を見せたとき、リハビリの職員は若い人も多いので反応はよかったのですが、壁画アートの印象が強かったようです。そのあとで今回のカタログを見せたら、内容がとても幅広かったので「これもそうなんだ!」と驚いていて、いろんな形があるのだと見せられたことがとてもよかったです。カタログ自体のデザインの評判もよく、「本当にカタログみたいだね」という感想をもらえました。
◇三ツ川さん(グラフィックデザイナー) ※ヘルスケアアートカタログのデザイン担当
自分なりのヘルスケアアートのイメージを形にできたらと考えながら取り組みました。病院目線と患者目線、大きく二つの側面があったので、どう表現するか迷うところをみなさんと話し合えてよかったと思います。デイ施設でカタログの印象を聞いてみると「ツールとしてこういうものがあると話すきっかけになる」ということでした。ボリュームを増やして、多くの人に見せて使っていけば、興味を持つ人は増えそうです。
自分としては患者さん目線のヘルスケアアートをもっと入れたいと思います。プレゼンの相手は病院側の方で、経営者が気に入ってくれるかという視点になりがちですが、病院に長期滞在している患者さんにとって有効なアート、環境が必須だと思っています。そこをもっとマネジメントできたらと思います。
◇小野さん(アーティスト) ※カタログWSのファシリテーター
ワークショップは、どのフェーズも大変だったなと振り返って思います。アイデア出しもカタログとして取りまとめる作業も落としどころが難しく、手探りの状態でしたが、みなさんの知恵を出し合ってできたと思います。もっとやりたかったこともあると思うのですが、病院から意見をいただくツールができたということが大きく、啓蒙するきっかけとなり、期待や可能性が同時に見えました。これがヘルスケアアートの導入につながらなくても、病院とつながるきっかけになったことがすばらしいと思います。
◇高野さん(彫刻家) ※カタログWSのファシリテーター
いままでぼんやりしていた費用の話に取り組み、提案する側としても分かることができたことがよかったと思います。医療者同士でアートの話ができるツールができたこともよかったと思います。ドクターの声を盛り込むと説得力が増すなどの、いただいた意見をさらに反映していけると、もっとよいカタログになっていくのではないでしょうか。
(4)ヘルスケアアートカタログのこれから
実際に運用することの難しさ
皆さんのご意見は、個人の考えにとどまらず、職場の仲間からの具体的な反応など病院関係者としての客観的な視点をもったもの、これまでヘルスケアアートを考え携わってきた経験から発せられるものでした。あらためてヘルスケアアートカタログの有用性を把握することができました。
このカタログを実際に運用するには、制作時に感じた多くの困難と再度向き合い、解決していかなければなりません。困難とは具体的に以下のような点でした。
- アート企画の費用の算出が難しい
- アート企画の普遍性と具体性の両立が難しい
- 医療・福祉施設の現場の状況把握が難しい
- アート企画にセラピーを含めることの迷い
- 受注を担える組織や相談の受け皿が必要、現状はない
最後に挙げている「受注できる組織」というのは、すぐに解決に動くことができません。そのためこのヘルスケアアートカタログを実際に運用することは、現時点では厳しいと言わざる得ません。
カタログ? ガイドブック?
議論では、カタログという形ではなくても作品集のように眺められるもの、作家別に見られるようなカタログ、ただ事例を並べたもの、そういったファイル、デザインブックでもよいのではないか、という話はありました。この背景には、ビジュアルの力、冊子として持ち運ぶことで啓蒙活動がしやすい、ガイドブックのような専門的な内容でなくて気軽に見てもらえる、渡せるといったカタログのメリットがあると思います。
同時に、おしゃれなやつだねと思われて効果に気付いてもらえないのはもったいない、ちゃんとやりたい人に向けてはエビデンスやアートの効果も含めた情報提供が必要という意見も挙がりました。こちらの意見には、ガイドブックという形が効果的と思います。
Web? 紙?
今後、運用できるカタログではなくとも、本事業のなかで事例集に位置付けられるものの立ち上げが必要そうだという共通認識で会を終えました。「使う側としては、Webと紙の両方がほしい」という声も強くあるため、両方できるのが理想ですが、事務局としてはまずWebでの事例集について検討することになっています。
事務局寺井の参加した感想としては、zoomであってもまた皆さんとお会いできて具体的な感想やご意見を聴くことができ、有意義な時間が得られたと率直に感じました。メールだけのやりとりではなく実際に話をするというのは、合意を取ったり意見を深め合うためには必要で、すばらしいことだと改めて思いました。
また新たな動きを報告できると思いますので、続報お待ちください!