NEWS 事務局からのお知らせ

オンラインサミット2/20 第1部 各地の実践報告

「オンラインでもっと広がるヘルスケアアート」
2022年2月20日13:30-16:30 @zoom 参加無料・要申込


本事業では2018年度よりヘルスケア分野のアートマネジメント人材育成のために、講座やワークショップを展開する中で、各地での豊富な実践や関心の高まりを知るとともに、皆さんとのつながりが生まれました。このサミットでは全国の活動報告とディスカッションから、ヘルスケアアートの全国的な盛り上がりを確認し、これからさらに広げていくために「ヘルスケアアート宣言2022」を発表しました。この記事はその前半、第1部の実践報告のまとめです。
イベント告知ページコチラ

第1部 ヘルスケアアートの活動報告:各地の実践発表

1. 鈴木賢一(名古屋市立大学大学院教授、なごやヘルスケア・アートマネジメント推進事業実行委員長)
2. 上原耕生(袋田病院アートスタッフ、現代美術家)
3. 佐野正子(社会福祉法人賛育会 賛育会病院 アート・ディレクター)
4. 由井武人(京都芸術大学 非常勤講師、画家)
5. 川西真寿実(ひといろプロジェクト代表、ホスピタルアートディレクター)
6. 加藤隆司(大阪府豊中市 都市活力部魅力文化創造課)
7. 田中佳(徳島大学総合科学部 准教授)


1. 鈴木賢一「なごやヘルスケア・アートマネジメント事業と学生との取り組み」


私は建築計画の教諭で、「子ども✕環境デザイン」をテーマにしており、その一環で子どもの療養環境にも取り組んできました。利用者目線のデザインや、人の気持ちに寄り添うデザインについて取り組んできました。

なごやヘルスケア・アートマネジメント推進プロジェクトは文化庁から支援をいただき、今年度は「ヘルスケアアート活動をつなぐオンラインネットワークの構築」を掲げ、3つのプロジェクトと今日の全国サミットを行いました。



オンライン美術館 高齢者のアート」では、看護学部の山田紀代美先生と金城学院大学の加藤悠介先生にご協力いただきながら、参加者の皆さんから事例を発表していただきました。施設のインテリアに関する事例や地域に密着した事例など、ご自身の関わる事例のほか調べた事例が集まり、対話をしてきました。
(参考記事:高齢者のヘルスケアアート事例紹介WS第5回ゲスト対談レポート





コロナ病棟のアート企画ワークショップ」では、名古屋市立大学医学部附属の東部医療センターのコロナ病棟に向け、その設計をされた篠原さんや、デジタルアートに強い吉岡さん、東部医療センターの別の病棟でヘルスケアアートを手がけた高野さんにサポートいただき、オンライン上で企画や議論をしながら、現場にアートを届けました。
(参考記事:コロナ病棟のアート企画実施WS 最終報告会





イギリスの報告書の輪読ゼミ」では、2017年に発行されたレポート『Creative Health』からヘルスケアアートについて学びました。他の事業も同様ですが、全国から多様な年代・職業の方に参加いただき、多角的な視点で読むことができました。椙山女学園大学の阿部先生に取り回しいただき、最終回はNational Centre for Creative HealthのディレクターAlexandra Coulterさんと対話をいたしました。
(参考記事:英国レポート輪読ゼミ 最終報告会





このように3つの事業をオンラインでやってきました。

さて、ここからは大学における取り組みを紹介します。学生たちによるデザインやアートの企画・制作は、2000年から40病院以上に実施してきました。最近の取り組みをいくつかご紹介します。
ヨナハ丘の上病院(三重県桑名市,2021年)では、地域や病院に愛着を持っていただけるようスタッフの皆さん、設計者の方と相談しながら「海と丘のメモリー 〜ボトルのおもいで〜」というストーリーを提案しました。





看護学部の「こころの看護相談室」が殺風景だと相談があり、学生と手作りで改修を行いました。一体どういう場所だったらこころに問題を持った方が落ち着けるだろうかということをみんなで話しながら、部屋の中につつまれるような場所を作りました。

東部医療センターの救急車のラッピングデザインも現在進行中です。救急医療の現場に何か別の視点が入ることで今までと違うことが起きるんじゃないかと、現場の先生方は大変楽しみにしていらっしゃいます。まもなくリリースしますので皆さん楽しみにしていてください。私からの報告は以上です。



2. 上原耕生「袋田病院におけるアート活動」


袋田病院は北関東の最北にある小さな町、茨城県大子町にある120床の精神科病院です。2001年からアート事業に取り組んでいて、大きく2つの事業があります。1つは「袋田病院AIR」というアーティストインレジデンスで、もう1つが今日お話しするイベント「袋田病院Atrfesta」です。2013年から始まり、普段閉鎖的な精神科病院を地域に開くことで、病院での造形活動や精神科医療の実態などを認知してもらう試みです。「アトリエ ホロス」と呼ばれる造形活動では、デイケア利用者さんたちが20年前から絵や版画、ステンドグラスを制作していて、その作品を病院内外に展示しています。



音楽イベントも同時に開催して、地域の高校生ブラスバンド部を招待したり、職員や利用者さんたちで音楽が得意な人が一緒にセッションしたりしています。
診察室とか普段殺風景な場所は逆に見栄えがするので、ギャラリーに向いています。外来の受付前にも展示場所を仮設で設置しました。翌年は発展して、デイケアで使っている足湯をインスタレーションの場とし、足湯しながら作品を見てもらうようにしました。デイケアで制作している利用者さんは10年近く版画をやっていて100枚以上溜まっていました。





左下の保護室は自傷他害のおそれのある方を保護する目的の部屋で、今は使われてないのですが、この場所も使って絵の展示をしました。クリーンなイメージを出していきたい気持ちもある一方で、実際にあった精神科医療の歴史として紹介しています。
下の中央も、旧病棟の今は使われてない病室の一部で、昔は配膳や薬の受取時に整列をしていた様子を見える化しようと、作品として患者さんたちや看護師さんたちと一緒に作り、一般の人たち公開しています。右端は、統合失調症の人の幻聴とか幻視の症状はなかなかその気持ちや感覚がわからないので、作品を通して擬似体験、見える化して、みんなで問題共有するという試みです。
去年と一昨年は一般公開ができませんでしたが、普段外になかなか外出できない患者さんたちに屋外の展示会場でスタンプラリーや音楽鑑賞の機会をつくり、公開できないからこそ内部へむけてコロナ対策を徹底しながら開催しました。





最後に、僕らが大事にしていることをお話します。1つは患者さんのこだわりや生きがいを、制作を通してここに居る時間を豊かにしていくサポート。2つ目が問題提起です。精神科医療の実態を作品を通して社会に発信しています。3つ目は環境づくりです。アートフェスタもそうですが、展示発表や制作できる環境を作ること。これらはどれも欠かせない大事な取り組みです。



3. 佐野正子「賛育会病院のハッピーサークルproject」


賛育会病院は東京都墨田区にあり、199床の地域密着病院として、また周産期地域母子医療センターとして診療しています。「ハッピーサークルproject」は、病院創立100周年の記念プロジェクトとしてホスピタルアートを導入したいと、病院スタッフとして私が提案しました。院内の医療安全管理委員会が募集していたQC(業務改善)活動にエントリーして実施に至りました。



実施したのは産科病棟へ続く渡り廊下の入口のスペースで、出産する母親と家族の面会場所でもありました。そこをもっと温かい場所にしたいという思いに、病院スタッフの”まごころ”を重ね、それから非日常と日常をつなぎホッとできる空間を作るために、アートの力がを使えたらと。そうした熱い想いを論理的にプレゼンしていきました。そして、取り組みの際にはNPO法人アーツプロジェクトにご協力いただき、延べ100人以上のスタッフや患者さんが参加する楽しい取り組みになりました。
完成後もこの場所は季節ごとに装いを変えています。退院前にここで記念写真を撮る方もおられ、そのときに季節感があった方が良いですし、何より常に生き生きとした場所であってほしいからです。





このハッピーサークル以外のプロジェクトも紹介します。コロナ禍で「こんな時にアート?」という空気がある一方で、「いやこんな時だからこそアートを」という方もいます。私自身もモヤモヤとしていますが、今できることをと医療者応援を意図したアート活動を実施しています。例えば都内の小中学生からの応援メッセージが教育委員会から届いたので院内に展示したほか、耳原総合病院からアイデアを頂き「Clear Sky Project」や、海外のムーブメントからヒントを得て「ハートフルProject」を実施しました。それから、新江ノ島水族館のご協力により実現したプロジェクトもあります。





その他、各病棟でも小さなアート活動が広がっています。実習に来られる看護学生さんたちにアート活動に参加していただき医療の中のアートの役割について考えてもらったりしています。これは地道な啓蒙活動と思ってやっています。
今後は、手術前の待合や霊安室へのアート導入や、院内画廊のオープン、助産師さんと絵本作りなど、温めている企画はいくつかあります。そして、ホスピタルアートが病院において、持続可能な活動になるための仕組みが絶対に必要だと思っています。


私の本職は音楽療法士で2014年からホスピス病棟とNICUで患者さんに音楽で寄り添う活動を賛育会病院で続けています。私がアートディレクター職に就任したのはハッピーサークルの完成後で、誰かが責任を持って継続的にアートをケアして行くことが絶対に必要だと事務長にアピールしました。すると経営部門の理解が得られ、私が非常勤のアートディレクターとなりました。残念ながら今の日本で、病院のアートディレクター職の求人はなく、やっぱり内部外からの働きかけなど、そういった成功事例を積み重ねていくしかないのかなと思っています。



4. 由井武人「学生がヘルスケアアートを行うことの意義」


HAPii+(はぴい)プロジェクトは、京都芸術大学の芸術教養センターが学生の社会実装を目的として産学連携で行っている授業の一つで、学生は1回生から3回生までいろいろな学科の学生が受講することが可能です。2009年にスタートして現在まで12箇所のアートを施工してきました。
学生ですので斬新なアイディアが出やすいだとか、若い世代がヘルスケアートに関心を持つことなどがメリットかと思います。デメリットは、芸術学部の学生ですので医学や病院に関する知識はほぼ0であることかと思います。



斬新なアイデアと絵柄が作りやすい事例として、2018年施工の陽子線治療室のお話をします。子どもが治療のために何度も通う場所で、しんどい治療でもあるので、学生たちは初め癒し等のイメージで考えていたのですが、ヒアリングの時に医師から「子どもが前向きな気持ちで治療に臨めるようなものを作って欲しい。これを乗り越えたんだからこれからは何でもできると思えるような」と力強いお言葉をいただき、子どもが喜んで通いたくなる状況を考え、キャラクターのスタンプがもらえるようにしました。モチーフは注射器などの医療器具です。ちょっと怖い印象を持つ医療器具が、自分を守ってくれると想像させることが目的です。
もう一つメリットとして、卒業後にいろんなジャンルに進学就職して行きますので、色々な業種にヘルスケアートの経験者や、その価値を理解している人を増やしていくことがあるかと思います。




でも本当に学生でヘルスケアアートのクオリティは大丈夫なのか。以前学生にアンケートでホスピタルアートを行う上で不安や難しいと感じることを聞いたところ、一番多かったのが「アイデアを出すこと」、次に「自身の技術や能力が足りない」でした。美大生は絵が得意とか、柔軟な発想があると思われるかもしれませんが、実はそこが一番自信がないと。また「病院や治療、施工場所に対する知識不足」も挙げられ、これらをどう補うかを考えていかなければいけません。




まず、過去のプロジェクト経験者に継続して学生アシスタントとして入ってもらいます。定例ミーティングの進行やメンバーのメンタル面のケアなど、さまざまなチームマネジメントを彼女たちがしてくれます。
もう一つは、秘伝のタレの継承と呼んでいますが、全活動をまとめたアーカイブを作っています。内容は、場所ごとによって絵の具象度・抽象度、色調のコントラスト強い・弱いなどです。これまでの経験から得た壁画の技術とか絵のスタイルを蓄積しています。



もう1つの、病院の知識に対する不足を補うのは、現場で働く方々とのコミュニケーションに尽きます。プロジェクトの流れは、病院からの依頼を受けて学生とチームを結成してヒアリングを行い、アイデアの中間報告を行ってプレゼンをし、さらにデザイン修正を行い、現地制作という流れです。このヒアリングから制作まで医療従事者の方々と直接コミュニケーションをとってアイデアをブラッシュアップしている部分で「いっしょに考えて、いっしょにつくる」をキーワードにしています。

ヒアリングの目的はその場所で求められているものを探ることです。ヒアリングを元に中間報告を作っていきますが、ここからが難所で、学生が苦しみ抜いて作るところです。プレゼンの後にもさらに「ビジュアル選手権」という、全員で案を出して幅を広げて一個に絞る作業し、とことんまでブラッシュアップを重ねていきます。そして現場でもモチーフの大きさや色の調整をして完成度を上げていきます。現場でどんどん良くなり、絵ができ上がっていくので、学生にとってはご褒美みたいなときです。





やっぱり学生とは言え、10年20年と残る壁画なので、いかに絵のクオリティを上げていくかに取り組んでいます。若い感性を最大限に生かすためにも、学生の経験や技術の不足をフォローしながら進めていく体制は重要です。そして何より大切なのが、医療従事者との率直なコミュニケーションです。現場ではどんなアートに価値があるのか、何が求められているのかを、現場の人と一緒に意見を交わしながら見つけていきます。
最後に、「ヘルスケアにおけるアートの価値とは、アーティスト(学生)と医療従事者がどこまでいっしょに本気になれるか!」ということをまとめとしたいと思います。


5. 川西真寿実「医療・アート・社会をつなぐ ホスピタルアートinギャラリー」


ひといろプロジェクトは大学や病院には属していない、小規模の任意団体です。アーティストやボランティアにはその都度コラボしていただいています。
私たちの活動は、「ひといろ」という文字通り、医療や福祉の場の「ひと」を主役にした「いろ」を届けたいという理念からスタートしました。医療で色に特化した活動がまだあまり見られなかったので、役割を開拓したいという思いもありました。色は空間に広がってやがてアートになりますので、今ではこの「いろ」という言葉はケアに繋げる色やアートという広い意味で使っています。
具体的には、患者さんの個性を大事にする「じぶんのいろ」、 病院での時間を豊かにするための「まわりのいろ」、社会みんなで考えるための「つなぐいろ」です。



活動の中でも特徴的な「ホスピタルアートinギャラリー」は医療・アート・社会が オープンでフラットな関係になれる場を考えました。ホスピタルアートは、関わりのある人以外は知らないし、機会がなければ伝わらない。そこで他の方に共有できる方法をと考え、街のギャラリーにベッドをおいて展示や企画をし、そこで交流できたら有意義だと思ったのです。これまで3回開催し、毎回、医療従事者やアーティストのほか、病気の経験者から研究者まで参加いただき、色々な視点を共有しています。




また、私は同じアート作品でもその時々の心の状態等によって見え方が変わる経験をし、医療に向けてのキュレーションに関心がありました。ギャラリーでは毎回テーマを設定して、アーティストと相談し展示の構成を決めていきます。搬入時にはアーティストがベッドに寝たりして患者目線を確認します。作品同士はわざと干渉し響き合うように設置していきます。アーティストにとっては普段の個展とは目的が大きく異なりますし、医療に向けての制約は逆に思わぬ発見もあったりするそうです。




そしてギャラリーでの展示だけに終わらず、病院での展示につなげるまでの一年がかりの企画です。患者さんと作ったパーツが入った作品もあれば、対話や行為そのものがアートと言えるものもあります。はじめから医療従事者に深く関わってもらって制作を進めることもあります。時間はかかりますが、自分たちでストーリーを作り上げると納得ができ、後々大事にしてもらえると思っています。




課題としては、見る方も作る方も、医療との関わりによって差があり、経験していない状況をイメージすることへの壁を感じます。それを埋めるためには、伝えるための工夫が必要だと思います。病院への提案でも、伝え方は信頼に直結します。一方で成果として、4年間の活動を通してこの分野への認知や意識の向上を感じます。
今後はアーティストはもちろん、色々な方々が医療に向けてのアウトプットに参加してもらえる機会が出てくると思います。また病院外の様々な立場の方々にも、ヘルスケアアートの実践が病院で行われていることを知ったり見たりすることにより、何か響くものがあると感じています。小さいながらも独自性を大事にして社会に広げる姿勢をこれからも持ち続けたいと思っています。


6. 加藤隆司「豊中市の地域資源を活用した文化芸術活動」


豊中市は大阪府北部にある人口約40万人の中核市です。大阪市に隣接し、交通利便性が高く、美術館の設立には至っておりません。今年度が市制施行85周年にあたり、この2月~3月には田園都市を理想に郊外住宅地として発展してきた市の来歴と魅力の企画展示や演奏会などを開催しています。



今日お話しする「赤ちゃんのための美術鑑賞」は2021年3月に開催しました。3~12ヶ月の第一子とその親の2人1組で各回3組、4回の開催でのべ12組の参加でした。コロナのため人数を絞りました。
前半に美術鑑賞を30分、後半に親のくつろぐひとときとして25分の構成です。鑑賞は3室に分かれ、3組の親子が巡りました。最後は全員集まって分かち合いをしました。




美術鑑賞のナビゲーターを武蔵野美術大学の杉浦先生に、語らいの場のファシリテーターを岡本助産師の先生にお願いしました。全体構成と鑑賞の手引きの作成を主催者側の私が担当しました。


前半の美術鑑賞は、乳幼児の心理的発達への寄与と、親子で間近に実見・触知するアート体験となりました。参加動機には、「美術館に赤ちゃんを連れていけない」、「子どもの刺激になるのでいろいろなものを見せてあげたい」などがありました。杉浦先生のご研究から、赤ちゃんは原色などはっきりした色に反応するといった鑑賞に関わる知見を学び、作品選定や赤ちゃんの見守りの時に参考にしました。




床置きの日本画を前にいて、父親に支えられた赤ちゃんが等身大の女性像の胸元に手を伸ばそうとするのは授乳に対する生命知を感じる場面でした。壁面展示の作品ではそれぞれの親子で様々な鑑賞スタイルがみられました。




後半のプログラム「初めてのママやパパもくつろぐひととき」には、妊産婦への心理的支援と、パートナーへの配慮といった課題性が背景にありました。妊産婦の大変な状況にアートが役立つという視点は、イギリスの報告書『Creative Health』などの先行研究を参考にしています。社会的処方という考え方も最近注目されているところです。


最後に鑑賞の手引きを配布しましたが、美術作品自体の解説に加えて今回は特に赤ちゃんの心理的発達に関わる視認特性や、豊中市近代の田園郊外として発展した文化的特性も盛り込みました。



まとめます。まず問題意識として、赤ちゃん対象のアート企画が少ないこと。初めての子育てに向き合う親の心身の負担に加え、コロナで引きこもりがちな生活実態があることが挙げられます。この企画は、0才児という超初期学習者の美術鑑賞の機会であり、親子で一緒に味わう機会でもあります。さらにアートの共通体験をもとに親もくつろげる語らいの時間をもち、そうしたことで、赤ちゃんの成長への寄与と親の安らぐ場づくりを統合的に構成しました。
市の所蔵美術品の可能性としては、美術館がなくても気軽にアート体験ができること、著名作品でなくても赤ちゃんからの評価による作品性という新たな観点が見いだされること、都市魅力と文化特性を作品を通じて顕在化させることができたのではないかと思います。



最後に。平成29年に改正された文化芸術基本法や、豊中市の文化芸術推進基本計画、文化芸術創造都市部門での文化芸術長官表彰の中でも、文化芸術の創造性を社会的な課題の解決に生かすということが今後非常に重要視されています。文化芸術政策とヘルスケアアートの定義とは大変親和性が高く、両領域を横断する相乗効果に大いなる可能性を見出しているところです。


7. 田中佳「Tokudai Hospital Art Laboの取り組み」



徳島大学で学生とホスピタルアート活動「Tokudai Hospital Art Labo」を進めています。2018年に徳島大学病院院長に請われて院内ギャラリーの展示整備やコンサートの企画などを行ったことがきっかけになりました。あるとき、階段利用を促進する方法を考えてほしいと依頼があり、階段を通りたくなるような場所にするためアートを導入しました。現場の条件から素材として使いやすかったマスキングテープを貼って、学生と階段の壁面に絵を作りました。高齢の患者さんが親しめるよう地域性を取り入れ、お遍路さんが四季をめぐる物語にしました。その後、廊下のサインなどにもこの方法を活用しました。



以降、徳島県内の複数の病院に活動の場が広がり、現在に至ります。
私たちの制作ではマスキングテープの扱いやすさを活かし、なるべく現場の職員さんや患者さん、地域の方に関わって頂くことを大切にしています。経験された方が、ご自身の職場などで実践されることもあり、そうして少しずつ地域に広がっていくことを期待しています。

一方で、車いすの方には、壁に直接テープを貼る作業はやや難しく、少し危険性も感じます。そこでフィルムシートを利用しました。あらかじめ机の上でマスキングテープを貼ってシートを用意しておき、現場でそれを貼り合わせることで、短時間で大きな壁画を作ることができます。剥がすのも楽で、短期間で作りかえる季節ものにも適しています。



実は、この方法は今年度新たなプロジェクトにつながりました。もともと私たちは美術の実技系の大学ではないこともあり、プロの指導を仰げればと考えていました。また資金的な問題もありました。こうした事情がある中、以前このなごやヘルスケア・アートマネジメントの講座で知り合った美術企画会社の方が、企業のCSRと結びつけてくれました。フランス系金融機関のBNPパリバは、社員の積極的なボランティア活動を社是としていて、新たなプログラムとして私たちのプロジェクトが採用されました。




徳島大学の学生とアーティストの西村公一さん、そしてBNPパリバの社員さんが協働してアートを作りました。オンラインで徳島と東京をつなぎ、西村さんによるワークショップで、計145人が20cm大のシートにマスキングテープでハートを作りました。これらを合わせて130 cm大のハート3つとそれをつなぐ波、幅650cmの作品を徳島赤十字病院に作りました。


マスキングテープとフィルムシート、そしてオンラインを活用することで遠隔地の人たちと一緒に制作することができました。コロナ禍が長引くなか、この方法は病院の外から患者さんや医療従事者の方を応援するツールとして、またこれまで関わりのなかった人たちにも参加いただく手段として今後も期待できると感じています。そして、このプロジェクトをきっかけにホスピタルアートを推進するNPO法人設立の準備を進めています。



ほかに、全国の大学でヘルスケアートやホスピタルアートに関わる教員や学生が、取り組みを紹介し合う「HA学生の集い」を主催しました。やはり社会に浸透して行くためには次世代の意識を耕すことは避けて通れないと思います。学生たちはその経験をすぐに生かせるわけでは無いかもしれませんが、社会の様々な分野にいることこそ重要なのではないかと、先ほどの由井先生と同じ考えです。こうして地道に種をまいていくことで、将来花開く時が来ると期待しています。



私はフランス美術史文化史が専門で、いわゆるファインアートを見ることを仕事にしています。3年前にたまたまホスピタルアートの世界に飛び込みましたが、改めて振り返ってみますと、私は常にアートと社会の関係、社会の中でのアートの役割を意識していて、自分の専門と通底するものを感じるようになりました。私の研究テーマであるルーヴル美術館の創設は、新しい美術の受容の場として美術と社会の関係が変化してきた結果生まれたという経緯があるからです。今後も社会との連携や、社会の関心をかき立てることに重点を置きながら活動を続けていきたいと思います。


サミットの第2部・第3部の記事は別で紹介します。


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