NEWS 事務局からのお知らせ

連続講座 第5回「フランスのヘルスケア分野のデジタルアート」開催

2022年度の連続講座は、ヘルスケア分野のデジタルアート事例に焦点を当てて学んでいます。

第5回は、2名の講師にご発表いただきました。アール・ダン・ラ・シテというフランスのヘルスケアアートの団体で代表を務められている、医師のRaphael Vialle(ラファエル・ヴィアル)氏と、同団体の事務局長でありアートディレクターである Rachel Even(レイチェル・イーブン)さんです。

下記のサイトでは、本講座の開催以前にコーディネーターの亀井克之先生が開催されたオンライン講演会や、フランスで「Illuminart イリュミナール」を撮影された実演動画がご覧いただけます。
◎フランス Art dans la citéのデジタルアート

この講義は動画での視聴もできます。



Art dans la citéとは


Art dans la cité(アール・ダン・ラ・シテ)は、フランスのヘルスケアアート団体。20年来、医療機関へのアート導入に取り組んでいます。イリュミナールというデジタルアート等を開発し、フランス国外へも展開しています。ウェブサイトはこちら

1.第5回の概要



日時:11月18日(金)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:
ラファエル・ヴィアル Raphael Vialle(Art dans la cité 代表 / パリ第6大学 ピエール&マリ・キュリー大学 アルマン・トルソー病院小児整形外科部長 / 教授)、
レイチェル・イーブン Rachel Even(Art dans la Cité 事務局長)

コーディネーター:関西大学 教授 亀井克之
通訳:シベルタン-ブラン 由季子
後援:NPO法人コミュナール、日本リスクマネジメント学会


2.「フランスのヘルスケア分野のデジタルアート」



まず、ラファエル・ヴィアル医師、次にレイチェル・イーブンさんから発表いただく、2部構成で進めました。


3.ラファエル・ヴィアル医師の発表


パリのトルソー病院におけるさまざまなアートについて、「イマーシブル・セラピー・イン・ホスピタル」と題して発表します。


●アクアリウムを病院の待合室に導入


もともと私はスキューバダイビングが好きで、世界で潜ってきました。勤めているパリのトルソー病院に、海の世界を取り入れて患者さんたちの癒しにしたいと思い、本物の水を入れ、光を当てた水槽を設置することにしました。これは大成功をおさめて、患者さんもスタッフも、多くの人がアクアリウムを見に来ました。


パリのトルソー病院。もとは普通の絵が飾ってあるくらいの待合室でした。


本物のアクアリウムを待合室に設置すると、大人気となりました。


●痛み軽減効果を測定


アクアリウムを見ることによって、痛みが軽減されるか、科学的な調査をおこないました。具体的な方法は、痛みを測定する機器(電気で痛みの強さを変え、どのくらい痛みに耐えられるか測る、といったもの)を用いて、アクアリウムの前で、患者ではない大人に対して、どれくらい痛みに耐えられるか(アクアリウムが痛みを抑制する効果があるかどうか)調査しました。


痛みを測定する装置、PAINMATCHER(ペインマッチャー)。


左の黒いボタンを押すと電気が流れます。三段階の数字があり、「1」はほぼ感じないくらい、「3」は電気がもう少し流れてくるのを感じる、「18」というのはボタンを押していられないくらい痛みを感じる。この数字で「痛みにどれだけ耐えられるかを測る」ということをしています。痛みそのものを測っているわけではありません。これを患者さんの子どもにやってもらうのは難しいと考え、ボランティアの大人に頼んで、効果測定しました。


グラフは調査結果。アクアリウムの前に立っている時間が長ければ長いほど、痛みを抑制する効果が上がっている、という結果を示すことができました。



●デジタルアクアリウムを導入


トルソー病院は老朽化が進んでいたため、2018年に大きく改装することになり、それまで設置していた本物のアクアリウムは取り除くことにしました。本物のアクアリウムは清掃も必要であるし、生きた魚を採ってこなければならないし、その魚が死んでしまうこともあります。こうした衛生面や環境保護の考えから、再び設置することはやめました。


そこで、バーチャルなアクアリウムを設置することにしました。何よりメンテナンスが簡単で、設置にあたっても水のように重くなく機器は軽く、海の環境への影響はありません。バーチャルなアクアリウムでも、本物と見違えるような出来栄えとなりました。簡単な操作で、内容を変えることもできます。


デジタルアクアリウムでも、前述の痛み軽減効果を測定したところ、デジタル媒体を使っていても同様に患者さんの痛み(ストレス)を軽減効果があると、示すことができました。


清掃などを考えて本物のアクアリウムをやめ、バーチャルに変更。


本物のように見えるデジタルアクアリウム。ボタンを押すだけで内容を簡単に変えることができ、いろいろなアクアリウムを楽しめるようになりました。


音楽コンサートを開くなど、没入型のアート・娯楽を、他にも企画してきました。とくに小児科の場合、ここが病院だと感じないくらいでちょうどいいと思います。アートに浸って不安や恐怖を取り除く方法は、さまざまにあることが分かってきました。


トルソー病院でのコンサートの様子(2015年)


トルソー病院の壁画制作の様子(2019年)。3か月かけて絵を描き、その間も病院の利用者と会話をするなど、アーティストにとっても特別な経験となったようです。


壁画制作で、デジタルアクアリウムの世界を拡張するような絵も描いてくれました。デジタルとアナログが調和することは、とても大事なことと思います。


●デジタルミュージアム~24時間オープンしている美術館~


病院にアクアリウムを取り入れたとき、アール・ダン・ラ・シテの団体(レイチェル・イーブンさん)と出会いました。コンテンツを体験するなかで、デジタルミュージアムは24時間いつでも、没入体験によって気晴らしができるすばらしいプログラムだと思いました。


アール・ダン・ラ・シテの「デジタルミュージアム」の様子。美術館の中をバーチャルに散歩することができます。


●スタッフにとってのアートの重要性


病院で働くスタッフたちは、とても難しい仕事をしており、ストレスも溜まります。たとえば整形外科の仕事は、とても細かい器具を使い、集中力を使ったオペをしています。スタッフがリラックスするためにも、こうした没入型アートは大切なものでした。病院の中にデジタルアート、音楽、絵画などがあることは、心を癒すためにとても効果的で、コロナ禍で大変だった時期も笑顔を忘れずに仕事を続けることができました。


整形外科医の道具は、とても細かく、神経を使います。


4.レイチェル・イーブン事務局長の発表


アール・ダン・ラ・シテでは、約10年前からデジタルアートの開発に力を入れています。デジタルのデバイスは小さな空間でも使うことができ、患者さんたちの心を刺激して、アートの世界に引き込みます。効果測定を続けた結果、すばらしい効果を発揮することも分かってきました。


●Illuminart(イリュミナール)



「Illuminart」(イリュミナール)は、インタラクティブで没入型のデジタルアートです。タブレットとプロジェクターをBluetoothなどで接続し、タブレットの中にあるコンテンツを、壁や天井に大きく投影しています。※Illuminartの日本語表記は、他にも考えられますが、この記事ではイリュミナールと記載しています


現在、スイス、ポルトガル、スペインなど、フランスの国内外の約30の病院が導入しています。導入費用は、6000ユーロとなっています(2022年11月の発表時において。機器やコンテンツを含む、コンテンツはこれから開発される新しいデータも含む)。子ども、大人、老人などの、さまざまな対象者に向けたコンテンツを開発しており、利用者数でいうと、1年でそれぞれの病院において約1500人です。

もとは病室(おもに個室)で使えるようにしようと開発してきましたが、現在は人の集まる娯楽室やスタッフルーム、治療室など、さまざまな部屋で使われるようになりました。個人で使うことを想定していましたが、大人数での使用も増えているわけです。


タブレット(左)とイリュミナール専用プロジェクター(真ん中の画像)を使っています。


最新作の、かくれんぼを意味するカシュカシュパーク(動物のかくれんぼ)というプログラム。草むらから動物を探して、動物を学習できる、インタラクティブなコンテンツになっています。


●Illuminartの効果測定について


開発では、効果測定(インパクト調査)を必ず実施してきました。2021年から2022年にかけては、看護師さんを対象に調査をおこなっています。


  • イリュミナールは、「設置するのがとても容易だ」と87%の人が回答。
  • 「治療することの難しさが減った」と87%の人が回答。
  • 「イリュミナールを通して看護師と患者さんとの関係が親密になった、良好になった」と75%の人が回答。

上記のような、ポジティブな回答を得られました。


効果測定のサマリー。とてもポジティブな回答になっています。


グラフで、濃い緑と薄い緑は「10分以内で設置ができる」「使うことが簡単だ」というような肯定的な回答を示しています。


こちらは、どんな場所でイリュミナールを使っているか回答しています。


子どもに対する調査もおこないました。


  • 「激しい痛みを感じる割合」が、イリュミナールを使うと15.4%から6.5%に減少(子どもの注意をそらすことができるなどの理由があるため)
  • イリュミナールがあると分かっている場合、看護師さんがやや難しい治療を施しやすい。
  • 病室の空気を和らげてくれる。
  • 患者さんと医療チーム、患者さんの家族などとの関係性を向上させる。

など、さまざまなメリットが分かりました。


子どもに対する効果を測定。


左・コーディネーターの亀井教授(関西大学)、中・イーブン事務局長、右・ヴィアル医師


5.受講者の声


講座では、動画でイリュミナールの利用風景などを見ました。こちらのお知らせ記事「関西大学 亀井教授のフランス Art dans la Cite訪問」の動画を参照してください。

下記に、受講者から寄せられた感想をまとめます。


デジタルアートのクオリティの高さ、効用


  • 一般の方向けのエンタメレベルの高いクオリティに驚きました。そして改めて美・生き物・光・色に触れることが、人間にとって癒しやエネルギー源になることを感じました。
  • 前回、イギリスでも動物のデジタルアートがありましたが、今回のフランスでは魚でした。やはり生き物は、子ども達にとって興味の対象になりやすかったり、癒し効果が高かったりするのかと思いました。また、デジタルアートを使って動物についての学習ができるコンテンツというのも興味深かったです。病室内で実際には行けない場所でもデジタルアートでその空間を作って学ぶなどのコンテンツも作れそうだと思いました。病気の子ども達の学びも充実させることができそうです。
  • アート作品単体ではなく、建屋外から移動しながら美術館の中に移動する動画や、ドローンを使って森を散策できる動画をインタラクティブに操作できるのは、ベッドにいながら1人でも複数人でも同時に体験できるので、非常に面白いツールだと思います。各種取り組みの軸は、人と人、環境とヒトのコミュニケーションを深めることにあることがよくわかりました。

アナログと併用する相乗効果


  • デジタルのアクアリウムと手描き壁画が一体となった院内を拝見し、「病院の子どもたちを別の区間に没入させる、病院ではない空間にしたい」という目的であったことに納得しました。手描きの大きな絵画がバーチャルと現実の境界をぼかす役割をしていて、その相乗効果が面白かったです。

医療従事者をも癒す


  • イリュミナールが、病院来訪者の孤独感・不安・ストレスの軽減だけではなく、医療スタッフのストレス軽減にも大きく寄与していることがわかりました。
  • オペの傷口の画像がややショッキングだったのですが、それを見たことで「医療従事者を日々の緊張から開放しリラックスさせるためにもアートが必要」ということがより重みをもって理解できました。

エビデンス取得への意識の高さ


  • アートの導入効果に痛みの耐性測定器を用いたり、アンケートを取ったり、エビデンスを明確にする取り組みが、大変参考になりました。因みに日本では類似の測定器は病院で使う医療機器で100万円程度する様です。
  • 今回、イリュミナートによる医学的なデータで、「アート」で「痛みの軽減」がはかられたなど、いくつものエビデンスが示されたことは、病院の中にアートを取り入れるべき理由になります。これからも医師や医療現場からの貴重な実践事例とデータを今回のようにご提示頂ければ、日本でのホスピタルアートも充実していくのではないかと思いました。
  • 欧米では、デジタルアート技術が進化しているだけでなく、エビデンスも充実していることが分かりました。また、実行している方々もお医者さんが多いのは文化の違いなのでしょうか。

フランスのヘルスケアアート導入の実際


  • アートの国フランスでも病院経営者のアートに関する理解が乏しいということに、衝撃を受けました。
  • フランスはアートが盛んなのでヘルスケアアートも広く浸透しているのかと思っていましたが、日本と同じように医療現場では理解を求めるのがなかなか難しい状況であることに驚きました。そんな中でのイルミナール等の試みは興味深く、効果も立証されており、メセナとして費用を寄付される企業がある部分はさすがフランス!と感じます。
  • フランスパリは芸術の都であり、美意識の高さやアートへのハードルはあまりないように感じてましたが、医療現場においてはやはり医師の専門性の重視や経営層のアートへの理解や優先順位はまだ低いのだとわかり共通の課題があると感じました。
  • フランスにおいても、病院にアートを導入することへのご苦労がVialle医師の表情や仕草から伝わってきました。医師や看護師のような現場スタッフをはじめ、事務の方々、導入を決める経営者まで、病院に関わるあらゆる方々のご理解が必要であることを痛感。
  • 文化に造詣が深いフランスでも、医師の多くはヘルスケアアートにそれほど熱心でなく、ディレクター(管理者)の理解が普及のポイントという最後の御発言は日本でも同様だと感じました。

アートに意識の高いフランスであっても、病院へのアート導入には困難があるという話に対して、とても多くの感想が寄せられました。日本と海外、同じところもあれば、異なるところもあり、刺激的な講座となりました。

次回(最終回)は、デジタルアートの事例を俯瞰して考えられる特徴や課題などを話し合いたいと思います。


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