連続講座 第6回「これまでの講座のふりかえりと交流」開催
2022年度の連続講座は、ヘルスケア分野のデジタルアート事例に焦点を当てて学んでいます。
第6回は、第1~6回の講座をふりかえって、デジタルアートの特徴や課題、可能性について、受講者の方々の声も聞きながら考える時間としました。
1.第6回の概要
日時:12月2日(金)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:鈴木賢一(名古屋市立大学大学院芸術工学研究科、なごやヘルスケア・アートマネジメント推進プロジェクト実行委員長)
【当日の進行】
1.事務局から第5回までの発表内容のふりかえり
2.鈴木教授の各回のふりかえりや感想
3.運営や参加者のふりかえりや感想
4.星つむぎの村の高橋さんの感想
5.デジタルアートを俯瞰した気づきの共有
6.デジタルアートの課題
第1回:看護ケアを担うデジタルアート
第2回:「病院がプラネタリウム」の実践と展開
第3回:芸術系大学と大学病院が協同したデジタルアート
第4回:イギリスのヘルスケア分野のデジタルアート
第5回:フランスのヘルスケア分野のデジタルアート
2.鈴木教授の各回のふりかえりや感想
- 第1回、吉岡さんのお話からは「デジタルによるアートは、圧倒的にアナログとは違う」という印象を強く受けた。アナログよりも優れているという意味合いではないが、デジタルならではの特色があって、適切に医療のなかに使うことができたら、大きな可能性があることを感じた。デジタルアートはいわゆるビジュアル(見るもの)に加え、音・光・動きなど、五感に働きかけるダイナミックなもの。
- 第2回、高橋さんの星つむぎのお話は、吉岡さんとはまたニュアンスが違ったものだった。星野道夫さんの大自然の写真(高橋さんが大好きだった)の紹介があり、今はご自身が病院の中でプラネタリウムを実施されている。星と命(生きていること)が重なり合うという、題材そのものがすばらしい。そして高橋さんのお話の仕方(声のトーン)もすばらしいと感じた。星や宇宙というものが語り掛けてくるすごさが圧倒的だった。
- 第3回のお話では、メディアアートを専門的に取り組まれる村上先生が、病気予防のための教材や、保健分野に対する提案をされている。病気で弱ってからのアートではなくて、病気にならないために、さまざまなツールを開発して、健康保持・病気予防、ウェルビーイングにまでつなげていこうとされている。川上(かわかみ)にあるヘルスケアアートとして貴重な取り組みで、ぐっと感じるものがあった。
- 第4・5回、イギリスとフランスからは、さまざまなコンテンツを実践されている様子が伝わった。どうしてこれだけのことができるのか、豊富なお金や、それを支える人材がいるのだろうと思う。お金のことばかり言いたくはないが、数々の実践を支えられる環境がうらやましい、やってみたいことをやれる体制を整えていることがすばらしいと感じた。効果と検証についての話が多く、「エビデンスはあとでいい」という考えもあるが、調査研究をきちんとやることに関しては日本は後れを取っている。フランスの事例では、お医者さんご自身が関心を持って実践されているのも、すばらしいなと思う。
3.運営や参加者のふりかえりや感想
高野さん プラネタリウムやアクアリウム、スリープポッドなど、一見して「アート?」と思うものも積極的に展開されている。デジタルアートの「幅広さ」と「動的であること」の2点を強く感じた。個人的には星空に感動してしまい、日頃の生活でも星空を眺めるようになった。死生観、マクロ視点、メタ視点、そういった視野を広げていただける、心豊かになる経験ができた。星空にアンテナが向くようになり、心が豊かになったと感じている。
諸岡さん 海外の事例を豊富に聞けたことが貴重だった。病気やけがを治すような時間以外の、治療をしていない時間を、いかに実りあるものにできるか。人によっては過酷な治療から、いかにエスケープさせられるかが大切になるのだと感じた。そのヒントをたくさんいただいた。
石黒さん 療養中の心身ともに弱っているときに、入っていける世界。危険がなく安心できる、リラックスできる取り組みは、助けになると感じた。
大島さん デジタルアートという分野の広さを感じた。まさしくアートだと思った。とくにいいなと思ったのは村上先生のお話されていた疾病予防で出てきたコンテンツ。子どもたちへの影響や予防などについて、効果が見えるところまできているのはすばらしいと思った。医療者として効果や予防の話が出てきたことに感銘を受けた。また、フランスの先生の痛みを測定するというのは、やっていそうでやっていなかった画期的なことだなと思い、勉強になった。
アントニスさん デジタルアートというと冷たい印象があったが、人に寄り添った温かいアートだと思うことができた。以前、院内学級の教員をしていた。子どもたちの心が弱っていて授業どころじゃない子もいたが、医療的には数値に問題がなかったのでうまく対応できないことがあった。そのとき勉強に向かえない気持ちを色で表現しようという取り組みをしたことで、子どもたちの心を表現できたことがあった。アナログな取り組みと比較して、デジタルで何かを表現することに抵抗があった。しかし吉岡さんが、「数値じゃなくてもにょもにょしたものを通してコミュニケーションを取る」と表現されていたりとか、高橋さんの「外に出られない子どもにプラネタリウムで星空を見てもらう」取り組みなどは、病室の中でもすばらしい体験ができる、デジタルの力だと思った。感動を与えられる、生と死を語り合える、人に寄り添ったアートだった。フランスの実践では、「アートに親しんでいる国でもいろいろなハードルがある」という驚きを知ることもできた。価値観が変わることも多かったので、これからアナログだけでなくデジタルのほうも取り組んでみたいと思った。
室殿さん デジタルは中身を変えられるので飽きがこない。アナログだけではできなかったことができそう。もう一つ大きなことで、スタッフの方々の癒しになるという点は重要だと思った。医学部の先生と、スタッフのアンガーマネジメントの研究をしているが、日常的に怒りを感じてグッとおさえる、ストレスがたまっていて、癒しの場所がなくてトイレの中でしかホッとできないなどという結果がある。アートは、これからはもしかしたら、看護師さんなどスタッフのためにあるんじゃないかな…と感じた。そのためにはエビデンスが必要で「スタッフのためにどれくらいアートが必要とされているのか」を伝えられるようになるべきではないか。
柴さん 私もデジタルに対する抵抗があり、受講をためらう気持ちすらもあった。その中で、高橋さんの星つむぎの話を聞いていくと「科学技術はこうして命とつなげることができるのか」という発見があった。村上先生のお話にも死生観の話があった。第三者のコミュニケーションの入り口にデジタルがあることなど。見方を変えていくことができた。クリニックの中では、吉岡さんのデジタルアートに感化されて、壁に向かってプロジェクターで自然の景色などを映しているが、これも没入型まではいかないがデジタルアートなんだと思うようになった。高橋さんのお話を聞いたあとには、私も行動が変わり、山の中で星を見る会に参加するなどしてしまい、大きな影響を受けました。
山本さん デジタルアートに引けていたところがあったが、講師の方々が魅力的で、もちろんデジタルアートのコンテンツも魅力的で、可能性があり、いろいろなことに使えるということを今まで以上に実感できた。高橋さんは、138億年という天体の歴史、人類の科学を背負って展開されている。その世界は孤高のもので、奥行きがすばらしい。また村上先生の世界観はすごくて、デジタルアートも緻密で、ヘルスケアアートの世界に生かされていると感心した。いちばんおもしろかったのは病院の先生たちをインタビューで紹介するムービーだった。フランスとイギリスの実践では、デジタルアートの持っている幅広い可能性をたくさん見せてもらえた。従来のアートに負けない質感、手触り感まで感じられるのではないか、とすら思った。バーチャル美術館の取り組みなどは、実際にコンテンツをタブレットで自分で動かして使ってみたら、ゲーム感覚で面白く、没入できるだろうと感じた。デジタルアートの将来性を大いに感じた。
秋田さん いちばん感動したのは高橋さんのプラネタリウム。人を前にしたしゃべりはインタラクティブで、淡々としゃべるのに説得力がある。この部分はアナログだと思うので、アナログとデジタルがコラボしていた。デジタルは確かにすごいが、アナログでしかできないフレキシブルなこともある。どちらにもすごいところがあり、両方がつながると、もっといいものができると思った。
4.星つむぎの村の高橋さんの感想
- 皆さんの、「星が気になるようになった」という感想を嬉しく聞きました。これまでも、講演することはあったが、これほどの反響をいただいたのは初めてだった。それぞれの参加者さんからもご感想をいただいた。講演のあと見にきてくれて仲間になってくださった方もいた。向いている方向を共有できるベースが皆さんにあるので、その共感度がすごかったなと、私自身とてもありがたい経験をさせていただけた。
- インタラクティブ性、個々の主体性、参加性というところが大事なのだろうと思うが、私は今それをアナログな方法でしている。もっと当事者の方々に選択してもらう方法はないか……「どこの惑星に行きたいか」などを選んでもらえるコンテンツを考えているが、今は直接病院に入ることが難しいため、叶わない部分もある。
- エビデンスに関しては、アンケートや、医学的な方法で取れないか考えていたが、だんだんエピソード記述に寄っていき、森口先生も言われていた「エビデンスにこだわらない」という、どちらかというとその方向になっている。ただ一方で、協力してくださる方がいて、私たちにやれることがあるのなら、やってみたいと思っています。痛み軽減の測定など私たちだけではできないことで、逆に題材を探しておられる方がいたら、ご一緒したいなと思った。
5.デジタルアートを俯瞰した気づきの共有
事務局から、デジタルアートについて、全体を俯瞰した特徴をまとめてみました。吉岡さんが講演されたことと重なる部分もあります。
6.デジタルアートの課題と特徴のまとめ
特徴に加えて、デジタルアートを扱う際の課題の話し合いもおこないました。参加者の方からの発言を加えて、おおよそ以下のような点に配慮が必要になると考えました。
- 技術的にサポートできる人材の必要性
- 機器の導入のコスト
- メンテナンスの必要性(医療者の負担にならない方法)
- 視覚に偏りがちで、光の刺激への配慮が必要であるなど、病院へのふさわしさを十分考慮する必要がある(動きが忙しいものや色や光の激しいものは相応しいのか?)
- 場所・空間があってのデジタルアート、個別性のあるデジタルアート(YouTubeでどこでも見られるものだけでは効果が限定的。一人に向けてでも、集団に向けてでも、その場にために個別に用意されたデジタルアートであること。そこでしか成立しない、周りの環境を生かした工夫が必要)
これはデジタルアートに限った内容ではないかもしれません。アナログなアートとの共通項もあれば、デジタルアートに限定する話題もあるということまでは、その場で話し合うことができました。
上記に関連して、以下のような話題もありました。
一人で体験するのか? みんなで体験するのか?
高橋さんから、課題と特徴で挙がった「個別性」には2つの意味合いがあるのではないかと指摘がありました。内容の個別性とともに、「アートを一人で見るのか」「みんなで空間を共有しながら見るのか」という違いがあるのではないかと。プラネタリウムの場合は、みんなで見ることにとても大きな意味があると感じているそうです。個別でVRを見るものと、みんなが集まっていっせいに鑑賞するものでは、異なる効果があるのではないか?
フランスの事例、イリュミナールでも、もとは一人での利用を想定していたのが、現在は娯楽室などで集団で利用することが多くなった、という話がありました。一方でイギリスの事例では、特殊な目と耳を覆うセットを装着してVRを個人で体験する事例の紹介もありました。
デジタルでも、アナログでも、心が震える・動くことが大事?
デジタルアートの技術的なすごさ、派手さ、ピカピカ光って目を引くことだけではなく、ヘルスケアアートでは心が動くかどうかの鑑賞者の視点が大事なのではないか? という発言もありました。デジタルアートでは、クオリティの善し悪しが受け手に影響を与えやすいのではないかという発言もあり(稚拙な作品が、デジタルアートだと見るのがつらいが、アナログだとなぜか許せる?)デジタル技術を使用するアートには、アナログとは異なる要素があるのは確か。
イギリスのリラックスデジタルの話題では、すべての映像において内容をテストして、対象者や投影場所に適しているか判断しているという話がありました。またアーティストがとても長い時間をかけて撮影や準備をしているとのことでした。フランスのイリュミナールの事例でも、コンテンツを病院専用に開発し、1つ1つ作り上げて提供している様子が伝わってきました。
効果測定の必要性
ヘルスケアアートでは必ず話題になる「評価」「エビデンス」の話題も話し合いました。今回の連続講座では、日本の事例のあとに海外の事例を聞いたこともあり、海外の事例におけるエビデンスに対する意識の高さが際立って感じられました。アートにエビデンスはいらないと割り切る考えもありますが、コストがかかり導入に大きな時間と労力がかかることから、普及のためにはエビデンスの取得は大切です。海外の取り組みを参照して、日本でも研究が進むことを願います。
みなさんは、どのような点が印象に残ったでしょうか。最新のデジタルアートに対する驚き、デジタルとアナログが融合する成功例、近未来的なAIやVRなどを利用したテクノロジーのアート、それらを支えてくれる人材の必要性。課題も大きいですが、学びを続けて、ヘルスケアアートをますます有用なものにしていきたいですね。(寺井)