連続講座 第3回「芸術系大学と大学病院が協同したデジタルアート」開催
2022年度の連続講座は、ヘルスケア分野のデジタルアート事例に焦点を当てて学んでいます。
第3回は、筑波大学芸術系・村上史明先生の実践をおうかがいしました。同大の学生さんや筑波大学附属病院の医療者の方々とともに展開されてきた多彩な取り組みを紹介くださいました。
※本レポート記事では、講義の流れに沿って、一通り発表を追えるようにまとめています
1.第3回の概要
日時:10月21日(金)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:村上史明(筑波大学芸術系助教)
2.「芸術系大学と大学病院が協同したデジタルアート」
●講師の村上先生 自己紹介
村上先生は、現代アートが専門で、「病院アートが専門ではありません」と前置きをされました。そこでこれまで展開されてきた作品を、何点か紹介されました。上の画像のような、特定の場所に設置し、その場を訪れて体験することで楽しむ作品を得意とされています。
筑波大学芸術系 村上 史明
名古屋造形大学、筑波大学で学ぶ。高校教員、ケルンメディア芸術大学研究員を経て、筑波大学 芸術系 総合造形領域 教員。テクノロジーと芸術の関係性をテーマに作品制作を行う。第9回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。
●村上先生の考えるデジタルアートとは?
村上先生が考える「デジタルアート」について、聴講者に示唆くださいました。
今の表現技術のほとんどにコンピューターが関わっているため、ほぼすべてのアートがデジタルアートに当てはまると考えられるが、とくに村上先生の観点では、「伝統的な絵画や彫刻の概念では捉えることのできないアート表現」と説明されました。(上記スライドを参照)
同様に、自己紹介で挙げられた村上先生の作品づくりも、これまでの伝統的な絵画や彫刻といった作品の概念にとらわれない作品づくりです。それは今回紹介する「病院アートでも同じ」と考えられます。このことが、村上先生が病院アートに携わるときのモチベーションにつながっているそうです。
ここから、村上先生が携わった病院アートの紹介をしてもらいました。大きく2つに分けてお話しています。
医療空間に対して提案するもの(映像、写真、体験型、どれも空間で展開する)
疾病の予防を目的とするもの(医療者からの依頼が多い)
筑波大学附属病院における病院アート【前編・空間への提案】
●病院の人に聞いてみよう
外来の待合の患者さんは待ち時間も長くなるため、3つのモニターを設置した「デジタルサイネージ」(建築物として設置されたもの)を活用した映像を考えました。
これは、医療関係者のことを知ったり、待ち時間を楽しく過ごせたりできる作品。YouTubeのように「どこでも見られる映像」ではなく、「この場所でしか成立しない映像」になっています。
患者さんが出演して、医師や看護師にインタビューするような構成になっています。
この作品が病院側に評価され、それ以降の展開につながっていきました。「ホスピタルクエスト」というアニメーションシリーズも制作されています。
- 「ホスピタルクエストアレルギー編」 …アレルギー症状について理解を促すコンテンツで、専門医の監修のもとで医療的に正しい内容が学べる。制作したのは芸術系の学生。
- 「ホスピタルクエスト インフルエンザ編」 …インフルエンザを専門にする医師のもと、RPG風のアニメーションを制作した。
三面モニターを利用するメリットは、データを用意すればどんどん映像をオムニバス的に流しておけること。デメリットは、建築の内装に比べて著しくモニターの寿命が短いこと(5年ほどしかもたない)。また業務用モニターの設置費用が非常に高額であること。そうした話もうかがいました。
●緑のすきま
映像をプロジェクターで、天井に投影する作品です。
場所は小児病棟で、普段は入れません。子どもたちが基本的にストレッチャーで病棟内を移動することが多いと聞き、無味乾燥とした天井を少しでも利用できる方法がないかと考えました。
こちらのデメリットも、ランニングコストの問題。1年に1度ほど電球を交換せねばならず、その電球が安価なものではない。また、通常入れない病棟のため、電球が切れても気づく人がいなければ、放置されてしまうことなどがあるそうです。
●光の宅急便
こちらは、学生さんが個室(成人病棟)を巡回して短い映像を投影しながら朗読をするというパフォーマンスの取り組みです。
映像は学生さんが制作。実際にやってみると、とても好評で、患者さんは学生さんに対してよく話しかけてくれたそうです。そのため、一つの部屋の滞在時間が何十分にも及ぶ様子がありました。このことから、「ただ映像を流す取り組み」ではなく、「映像はコミュニケーションのきっかけであった」ということが新しい発見でした。
●ドリームポートレートシリーズ
次は、写真を活用したプロジェクトです。
医療者のステレオタイプなポートレートではなく、職員にインタビューをおこない、職員の夢や得意なことなどとからめて、現在の職業を紹介する写真を制作しました。写真はCG技術で合成し、実際にはあり得ないような不思議な世界を演出しています。
●アニメーション・ワークショップ
小児病棟の子どもたちが絵をかき、それをアニメーションに仕立てる2日間のワークショップもおこなっています。ここでもプロジェクターを利用し、天井に投影することで、星空を見るようにリラックスしてもらっています。
筑波大学附属病院における病院アート【後編・疾病予防】
●糖尿病予防に係わる キャラクターの制作・予防啓発マンガの制作
疾病の予防を目的としたプロジェクトも数多く取り組んでいます。
はじめに、糖尿病予防を専門にする理学療法士の方から相談を受けたもので、大人ではなく子どもの頃から、食べすぎ、飲みすぎなどの食生活に目を向けてほしいという話がありました。言葉ではなく、視覚的な表現で伝わるものを考え、怖いようなかわいいようなキャラクターを制作。
キャラクター化と同時にマンガの制作をしました。
糖尿病予防に関しては、ほかにも多様な展開をしています。
- ボードゲーム「めざせ健康100歳」 …クイズに答えてマスを進み、健康ポイントがプレーヤーが勝利となる
- カードゲーム「ポイポイグルッシー」 …キャラクターへの理解を深めるために制作
- 糖尿病予防に係わるアニメーションコンテンツ …児童館や糖尿病サマーキャンプで上映し、踊った
●認知症の予防を支援するアプリの開発
認知症予防に効果のあるトレーニングがあるが、なかなか続かないということで、継続するきっかけになるよう開発したスマホアプリ。ポイントがたまるため、楽しく継続的に訓練できます。特許の申請や、商品化も検討中です。
脳卒中を予防するための教材も制作しています。それは、小学校教師がクラスの児童に対して使用するもので、授業時間内で教師が活用できる構成になっています。
●ボードゲームと万歩計を組み合わせた糖尿病予防教材の提案
こちらは提案を考えている段階のもの。コマが万歩計になっていて、ゲームの前に「どれくらい歩いていたか」「どれくらい運動したか」を記録して、その数値によってゲームが有利になったり不利になったりするというしくみ。
対面でゲームをして遊ぶことで、自分がどのくらい運動したか、していないかを声に出すことができます。その、ちょっとした会話がじつはとても重要だとも感じたそうです。
デジタルアートは、ヘルスケアの起源に回帰している?
最後に村上先生から、フランス東部の町、イーゼンハイムにある治療院の中のチャペル前方に置かれている、『イーゼンハイム祭壇画』の紹介がありました。
「デジタルアートは、伝統的な絵画や彫刻の概念では捉えることができない」――と話しましたが、じつは中世においては必ずしもその概念にとらわれていなかったことが分かっています。その具体的な事例が、『イーゼンハイム祭壇画』。美術館ではなく、修道院の病院のような場所に置かれていました。この場所にあることに意味がある、立体的な作品で、左右の扉は閉めることができました。また視覚だけでなく歌や音楽といった聴覚も優位でした。
講義の冒頭で述べた「伝統的な絵画や彫刻」というのは、産業革命以降の話であることを補足し、デジタルアートがなんであるか、再度メッセージを投げかけて講義を終えました。
3.受講者の声
講義のあとの、受講者の方々からの感想を一部紹介します。
デジタルアートの可能性
- デジタル=バーチャルではない、という発見がありました。万歩計のコマを使ったボードゲームでは実生活の行動と結びついていたり、夢のポートレートで医療従事者の人柄が垣間見えたりする事例を見ると、むしろデジタルこそ、作品と人の距離を近づけることが可能な表現方法であると思えてきました
- 伝統的なアートの枠組みでは捉えられないアート表現がデジタルアートだというお話は、今後の広いアートの可能性を感じ、非常にワクワクしました。患者さんに寄り添うだけでなく、医療従事者側や、様々な疾病からの視点で多岐に渡ってアプローチされている点はとても勉強になりました
- 今回デジタルサイネージなどを利用したアニメーション等、ある意味すでに医療・公共機関に取り入れられているコンテンツを利用して、さらにユニークな楽しみや癒しを取り入れるというのが目から鱗でした
疾病予防のアートについて
- キャラクターを考えるだけでなく、そこからゲーム化や商品化などと発展させていき、習慣になるまでサポートするということが、必要ながら中々及ばないと思うので、そこまでしっかり追求されていることにとても感動しました
- 「疾病の予防を目的としたもの」というのは、今までのヘルスケアアートの中ではあまり出てこなかったことですが、そういう視点でのアートの活用というのも、とても大切なことだと思いました
デジタルアートのデメリットの側面
- 常設のデジタルアートは華やかな面にばかり目が行きがちですが、ランニングコストやメンテナンスという課題についても解決していかなければいけないのだと感じました。
- デジタルアートに関しては電気代や劣化等による問題があることも今後の課題の一つとして印象的でした。
村上先生、とても幅広い事例の紹介、新たな考えを広げてくれるお話を、ありがとうございました!