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連続講座 第1回「看護ケアを担うデジタルアート」開催

2022年度の連続講座は、ヘルスケア分野のデジタルアート事例に焦点を当てて学びます。講師の方々は国内外の実践者です。

さっそく第1回は、先駆的な取り組みを続ける吉岡純希さんからお話をうかがいました。
※本レポート記事では、講義の流れに沿って、一通り発表を追えるようにまとめています


1.第1回の概要


日時:9月30日(金)19時~21時
場所:オンライン(zoom)
講師:吉岡 純希 (NODE MEDICAL 代表 / 看護師 / デザインエンジニア)

吉岡さんは、発表資料をzoom画面だけでなく、各自がブラウザで表示できるようにして、講義してくださいました。


2.「ヘルスケアアートのDX?/看護ケアを担うデジタルアート 」


●講師の吉岡さん紹介


株式会社NODE MEDICAL プロフィールページより


集中治療室や在宅での看護師の臨床経験をもとに、テクノロジーの医療現場への応用に取り組んでこられました。2014年より病院でのデジタルアート「Digital Hospital Art」をスタートし、患者・医療スタッフとともに病院でのプロジェクションマッピングや、身体可動性に合わせたデジタルアートを制作・実施しています。

2018年より、研究の実践を社会に実装するため、株式会社NODE MEDICALを設立。詳細な経歴等は、株式会社NODE MEDICALのプロフィールページで確認できます。


●デジタルアートとは? インタラクティブ性を実感する


色のついた球体が、形を変えながらくるくると回っている3Dモデルが表示されています。複数人で参加できる、インタラクティブなプログラムの例。


画像は、デジタルアートではどんなことができるのか。直感的に体験するために、吉岡さんが提示されたものです。「自分」がオンライン上で操作すると、「見ている相手方」にも反映されるしくみになっています。


講義のテーマ「ヘルスケアアートのDX?」


DX:Digital Transformation


このテーマは、吉岡さんの課題意識もあって挙げてくだったもの。

DXとは、既存のものごとに対してデジタル技術を活用し、効率化などを図り、新しいビジネスモデルを創出するときに用いられる概念。吉岡さんは、「そのデジタル化で、今までやってきたアナログなヘルスケアアートがすべて置き換えられてしまうのかは、これまでヘルスケアアートに携わってきた方々にとって、重要な問題ではないか」と話しました。

この問いを頭に入れて、次の「デジタルアートとは?」に続きました。


デジタルアートとは


コンピュータを使って芸術作品をつくること


「とても広い文脈で、大雑把に、デジタルでつくったものをすべてデジタルアートと言っています」と吉岡さん。大きく2つに分けて、事例を提示してくれました。


  • ソフトウェアでつくられるもの(例:モーショングラフィック、デジタルイラスト)
  • プログラムでつくられるもの(例:センサーを用いたインタラクション、ウェブ上のデータをリアルタイムに活用するもの、ジェネラティブアート)

センサーを用いたインタラクションの例(画像をクリックすると、YouTubeで見られます)


ヘルスケアアートのDXを議論する上での、4つのキーワード


1.アーカイビング(保存・複製・再利用)


終末期ケアとしてのデジタルアート(吉岡さんのポートフォリオより)


デジタルアートは、プログラムでつくっているものがほとんどであるため、しくみを保存し、再利用することができます。これによって、一度きりではなく、複数の場所に展開することが可能となります。

難しいシステムであっても、一度つくってしまえば、プログラムをコピー&ペーストするように複製し、場に合わせて修正。使い方を説明すれば、別の場所にも広げることができます。


2.開発プロセス・製作プロセス



本事業の2021年度のワークショップの様子から


設計・開発・テスト後に、実際に現場で試してもらって(リリースする)、その意見を受けて(レビューをもらう)、直したり追加したりする(アップデートする)ようなやり方もできます。「アジャイル的な開発」といわれている方法で、デジタルアートならではの特徴です。


3.データの活用(inputとoutput / リアルタイムデータ…)



吉岡さんが日頃デジタルアートを開発するときは、「入力・処理・出力」の3段階を考えているそうです。「人が近づくと、赤外線センサーが人の距離を認識して、扉が開くように設計されている自動ドアは、インタラクションを身近に体感できるもの」。


4.メディアの性質


発表資料より


従来のヘルスケアアートは、どちらかというと想像や解釈の余地があるメディア。こうした性質は2つに分割されるわけではなく、グラデーションになっていることを補足しました。

以上が、デジタル化を考えるうえでの4つのキーワードでした。


デジタル化でできるようになること(事例の紹介)


次に、吉岡さんの、病院や医療の現場を対象としたデジタルアートの取り組みについて紹介いただきました。多数あり、詳細は吉岡さんのポートフォリオサイトで参照できます。


元気になる病室デザインコーナーでの展示(クリックして詳細を確認)


コロナ禍での取り組み


コロナ禍を経て、物理的に医療施設に出入りすることが困難になり、設置したデジタルアートを保守する難しさを感じていたため、ブラウザベースのデジタルアートに挑戦しています。

こちらは、時間に応じて絵に変化を持たせられる、デジタルアート(iPad利用)。インターネット環境さえあれば実施でき、エラーが起きても遠隔でサポートすることができるそうです。


時間とともに映像が変わっていくアート。日中は明るく、夕刻はオレンジ色がかり、夜になると暗くなるようなプログラム。


ブラウザを用いるのは、さまざまな面でメリットがあったそうです。現在、アナログな絵画とデジタルアートの効果の違いも、研究しています。


看護ケアを担うデジタルアート…?


「デジタルアートが、ケアの一端を担えているか考えることは、重要です」と吉岡さん。そのために現場の医療に携わる人にもプロジェクトに加わっていただき、病院のなかで役に立つものか、ケアの論理で説明できるものか、評価することが大切になってきます。

看護ケアを担うデジタルアートの例として、入院中の父親が自宅にいる娘さんに絵本の読み聞かせをする事例や、誤嚥予防を担う小さいスプーンの役割などを、紹介されました。



ヘルスケアアートは、完全にデジタル化するのか?


デジタル化したヘルスケアアートと、従来のヘルスケアアートは、「媒体がそもそも違うため、すべてがデジタルアートに置き換わってしまうことは今後もないのではないか」と話しました。

「彫刻作品や油絵などの、手に触れられるような物質としての作品は、これからも求められていきますし、デジタルアートではカバーしきれないところ」。「別々のものをつくっていて、別々の役割をもっています」と吉岡さん。

今後への期待として、「アナログなものとデジタルなものとのコラボレーションは、効果が高いと言われているため、その多様な手法が広がるといいのではないか」とお話されました。


  • 立体物に投影するプロジェクションマッピング
  • 絵画に季節感を表現するために、デジタルな手法を使う
  • アナログ作品の良いものを広く展開していくときに、複製する手法としてデジタルを活用する など

新千歳空港のプロジェクションマッピングの事例。アナログな壁面に、立体的な木があることで、プロジェクションマッピングが生きている。


3.受講者の声


講義のあと、受講者の方々から感想をもらいました。一部を抜粋して掲載します。


  • デジタルといえば、キラキラしたイメージや先端技術の印象が強い、少し遠い存在の様な偏見がありましたが、例えば写真アルバムをめくるようなことや、子供に絵本を読んであげるなど、日常的なことなのに出来なくなったことを諦めずにすることができる、道具(ツール)になるのだと、改めて気付くことが出来ました。
  • インタラクティブである、という特色をもつデジタルアートは、自分から参与する機会の少ない病院においては、患者さんにとって貴重なものであるとともに実は必要不可欠なのではないかと考えさせられました。鈴木先生との対談の中で出た「自分の療養環境なのだから患者が参与していいんだけれど、現状として患者から病院の環境に働きかけることは難しい」とのお話を聞いて、自分の働きかけに対してリアクションをもらえるという双方向性は、「あったらいいな」に留まらず「必要なもの」として充実させていくべきなのではないかと感じました。
  • 患者さんが目指すゴールは一人ひとり異なると思いますが、吉岡さんの取り組みは、その一人ひとりに合わせてアプローチが可能という点にとても魅力を感じました。まさに「看護ケアを担うデジタルアート」だと思います。また、看護師としての視点からのお話は、医療の現場で適切に使われるためには、医療の言葉で説明する必要があるということを再認識させていただきました。
  • 病院という特殊な場所に医療関係者以外が何かをするということは、患者であっても禁止というイメージがありますが、「自分の療養空間」を快適にしたり、自分好みにすることはアートを通してできることだと思いました。特にデジタルアートは、そこにあるものをそのままにして、大きな環境変化を与えることができるので、それが強みですね。
  • 患者さんは自分の気持ちに対するリアクションが欲しいと言う話がありましたが、医療や福祉の分野のみならず、若者や高齢者など様々な世代の孤独を軽減する方法の一つとして、デジタルアートのインタラクションは自分のケアに積極的になれる、新しい見守りやコミュニケーションの設計になるのではと期待と希望が膨らみました。
  • ヒトのバイタル情報を表情や形に反映して壁に投影するアートは、患者と医療スタッフ間のコミュニケーションを深めるキッカケに使えるツールとして面白いと思いました。医療スタッフも、ベッドサイドモニタの数字を読み取るより、表情だと直観的にわかるので、ストレス発散になるかもしれません。
  • 「自分でカスタマイズできる」ことが今後の療養空間においてのアートで、大きいなヒントが感じられます。デジタルとアナログの融合手法も、ワクワクしますね!
  • 一番大事な患者ケアのどこに視点を向けるか、医療者とヘルスケアアートデザイナーの想いと知恵が問われるところだと、熱いものがこみ上げました。

講義のあと、吉岡さんと鈴木教授の対談がありました。


第1回の開催報告は以上です。吉岡さん、ヘルスケア分野におけるデジタルアートの可能性を拓くお話、ありがとうございました!


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