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英国レポートの輪読ゼミ 第5回(11/9)第7章の発表とディスカッション

第7章 働き盛りの成人期(Working-Age Adulthood)


「イギリスのヘルスケアアートの英語の報告書をみんなで読もう」
第5回輪読ゼミ 2021年11月9日(火)19~21時 オンライン開催


7章の発表とディスカッション
・発表1:第7章7-1,7-2/中野さん
・発表2:第7章7-3,7-4/嘉野さん
・発表3:第7章7-5,7-6/長妻さん
・発表4:第7章7-7,7-7-1/魚谷さん
・発表5:第7章7-7-2,7-8,7-9/長妻さん

第5回の輪読ゼミは「第7章 働き盛りの成人期(Working-Age Adulthood)」で、5人の方からご発表をいただきました。当日はPCの不調などで発表順が異なりましたが、この記事ではレポートの内容順に紹介いたします。

発表1:第7章7-1,7-2/中野さん




7-1 職場の健康(Workplace Health)
中野さん「前回までは若年層に対するケアでしたが、第7章は大人に対するケアになります。
現状の英国のworking ages、生産年齢における問題点として、仕事は健康の決定要因の一つである。しかし、質の高い仕事へのアクセスは社会的な勾配の中で偏っていると。仕事がないことによる社会的孤立によって、冠状動脈性心臓病のリスクが50%増加するという報告が上がっています。」




「また仕事があっても健康を害する要因として、下記の6つが挙げられていました。」


・仕事の内容をコントロールできない高い要求
・高い努力と少ない報酬現場
・職場での社会的孤立
・仕事の不安定さ
・組織的な不公平
・交代勤務

「そして、英国では貧困状態にある勤労者世帯数が増加していて、それが家族に慢性的なストレスを与え、身体的な影響を及ぼしているということです。
これらによる国の損失として具体的な金額が各項目挙げられていました。大きな額ですけれども、個人の損失だけではなくて国全体の負担となっている点がポイントかなと思います。」


これらに基づいた関連組織の動きとして、レポート発行時点では芸術についての言及はないようですけれども、右のスライドのような3つの動きがあります。度々出てくる内容ですが、つまりは健康におけるアートの幅広い検討が含まれることを期待しているということです。




7-2 メンタルヘルスとウェルビーイングの向上(Improving Mental Health and Wellbeing)
「仕事環境とは別に、成人期の精神疾患というテーマで7-2が進められています。
・診断可能な精神疾患にかかる人は、成人の1/6人、そのうち1/3が幼少期の不利な経験に起因。
・65歳未満(working ages)の健康問題の約半分は精神衛生上の問題で、それが病気による欠勤の主な原因。
・この経済的損失としてNHSの全体予算に近い年間1千億ポンドに達している。
・Mental Health Foundationという部門が行った調査では、世帯収入が最も低い層の4分の3近くがメンタルヘルスの不調を訴えている(収入が高い層では5分の3が不調)。
人間の身体的健康面では多くの分野で進歩が見られるにもかかわらず、メンタルヘルスにはそれが反映されていない。むしろ後退しているのではないか?

そして、メンタルヘルスとウェルビーイングの向上に関して、実践例を募集したところさまざまな事例が挙がってきて、このレポートの執筆者はこう断言しています。
『軽度から中等度の精神衛生上の問題を抱える人々のかなりの割合が完全に回復する。第5章の芸術の処方の議論で見たように、創造的な活動は心理社会問題からの回復に有益な効果をしめしている』」




「その言葉を裏づける事例がいくつも紹介されていました。左のスライドの3つの事例は音楽に関わる事例ですけれども、それぞれに具体的な効果が出ています。見てわかる効果や、医療の専門家による数字的な効果のほか、専門機関から表彰を受けた事例などがあります。
右のスライドの編み物や、プロのアーティストの指導によって様々な技法や素材を使った手作業によってケアを行う事例もあり、それらもやはり数字で効果が出ているそうです。」



「このように効果の出た事例のほかに、このレポートの執筆者は、今後見込がある分野をたくさん挙げています。例えば、Mental Health First Aidの導入に関して、これはメンタルヘルスの理解やサポートするための教育コースで、まだ芸術は取り入れてないんですけども、NHSイングランドが従業員のメンタルヘルスを向上させるための活動にアートを含めることを強く望んでいる、と。このようにヘルスケアに関する事例を取り上げながら、アートの可能性を次々に列挙しており、社会に訴えかけていこうとする執筆者の情熱を感じました。」


「レポートの内容は以上ですが、関連して私の方で少し思いついたことを最後のスライドにまとめました。産業医が、日本でも職場でのメンタルヘルスについてアートでアプローチできるのではないかなと。厚生労働省から一定規模の事業者には産業医の配属が定められていますし、開業医側も積極的に産業医として企業と連携する姿勢も感じています。ここでも日本はイギリスの状況と似ていると思うので、アートが入る余地があるんじゃないかなと感じています。以上です。」



阿部先生「ありがとうございました。最後の産業医の分野でのアートの提案、興味深いですね。中野さんの発表に対してご発言いかがでしょうか。」

古川さん「私は子どものころ問題児で、それもあってアートを始めたんですが、日本でのアートは完璧を求められる傾向もあって、自分には回復の手段とはなりませんでした。その後イギリスに行って、自分らしさを出すことが正解なんだよという教授法を受け、自分に合うものと出会うには多様性が必要だと感じる一方で、病院などでのアートにはやっぱり寛容さだとか意図がなければ効果は発揮できないのではないかとも思いました。」

佐藤さん「私たち作業療法士は、陶芸や手作業を手段にして治療していたりするんですけど、リハビリを苦痛に感じてる患者さんが結構多くて、そういう場合に自分が教わる形で聞くと笑顔になって、楽しかったと言ってくださったりして。そういったことは作業療法の身体障害領域だけじゃなくて精神障害領域も関わってくるので、共通するものを感じながら発表を聞いていました。」

阿部先生「やっぱりコミュニケーションなんでしょうね。アートの介在のさせ方でいろいろ展開が生まれると。」

岩田さん「ヘルスケアアートとしてのあるべきアートは決まってないと思うんですが、ケアの現場にどういうものが実施されるべきなのか、思考の訓練や技術を持った人が間に入って調整する必要性を改めて感じました。」


発表2:第7章7-3,7-4/嘉野さん




7-3 病気からの回復と長期的な状態の管理(Recovery from Illness and Management of Long-Term Conditions)
嘉野さん「7-3には疾病別の芸術Artによる取り組み事例と、その効果への期待が書かれていました。病気の例としては脳卒中やパーキンソン病、慢性閉塞性肺疾患、がん、冠状動脈性心臓病で、苦痛や不安に関連することも挙げられていました。
右のスライドは、それぞれの病気に対して行われた芸術artの取り組みです。脳卒中は合唱団で歌うことや音楽制作、絵を描くこと。パーキンソン病は歌唱活動と短編映画の制作、バレエやダンス。慢性閉塞性肺疾患は歌唱方法から呼吸法の学習。がんや冠状動脈性心臓病、全般的な苦痛や不安に関連することに関しては、音楽療法が取り上げられていました。」



「それぞれの得られた効果をまとめました。」


・『脳卒中』では、芸術活動が脳の形態を変化させ神経損傷からの回復を早めることが確認され、証拠の蓄積が多いので積極的に取り入れる必要がある。
・『パーキンソン病』では、歌うことによって認知やコミュニケーション、身体機能、ウェルビーイングの向上がある。
・『慢性閉塞性肺疾患』では、グループシンキングプログラムという音楽やアートを使って考えていくプログラムがなされていて、肺機能と生活の質の改善が見られた。
・『がん』では、音楽の介入によって身体的・精神的苦痛や治療の副作用を軽減する。
・『冠状動脈性心臓』では、音楽を聴くことで、心拍数、呼吸数、収縮血圧が低下した。
・『苦痛や不安に関連すること』では、音楽にって、手術を待つ患者や術前の不安を軽減する上で鎮静剤よりも効果がある。

「脳卒中に関して行われたResearch for Patient Benefitプログラムで参加者の方が言われたことが次の内容です。『自分以外に集中できるものを提供してくれた。アートセラピーのグループでは、新しいスキルを身につけ、自信を深めることができた。体力を少しずつ回復させることができた。』こうした声から、精神的にも元気になり、それが体にも良い影響が出るんだろうなと強く認識することができました。」



「デジタルアプリケーションの試験実施に関する円卓会議も紹介されていました。このアプリを通して、自分のNHSの記録の閲覧や検査結果の受け取りができるようになるそうです。また長期的な症状の詳細や、それらを管理するためにコミュニティーで利用できるサービスも提供されることで、芸術活動の記録を残し、成果につながったかどうかのデータを得ることもできるようになるとのことです。」


7-4 成人向けヘルスケア環境(Adult Healthcare Environments)







「7-4では成人向けのヘルスケア環境として、3つの施設が紹介されていました。代表的なものがブリストルのサウスミード病院(2014年)で、責任者の一人が次のように話しています。」


『院内のアートは人々の幸福感を高めるために重要な、美的感覚に優れた環境となっていると、この病院の方がおっしゃられています。人々が静かに考えを巡らせることができる特別な場所があり、気分を明るくさせたり慰めたりするものがある。アートは患者・訪問者・スタッフにとってサウスミード病院をより良い場所にするのに役立っています』

「以前の対話にも出てきましたが、いろんな人が訪れる場所なので多様さ、いろんなアートの展示や活動が必要なんだろうなと思いました。この計画はウィリス・ニューソンという専門の会社が110万ポンドのプログラムを管理して、プロのアーティストが病院のコミュニティと協力して物理的なケア環境とケアの文化を向上させた例になります。」




「ケンティッシュ・タウン・ヘルスセンターでは、施設内で様々な空間体験、気持ちを変化させるような場所やアートに取り組む場所を作っていました。」




「以前のゼミで出ていたマギーズセンターも取り上げられていて、世界的な建築家も設計者に入りながら、『センターを利用する人が、人生を受け入れ、元気に暮らせるようサポート』するという心理社会的面が焦点となっていると、まとめられていました。他の病院でも必要なことだと思いました。」



「最後に。身体の回復をするためには医療の介入が必要なように、精神的な健全さを回復するためには芸術の介入が本当に必要な時代になっているのかなと思いました。また、建築を例にしますが、公開空地をつくると建築の法規で容積率の緩和があるように、医療関係の場所でも芸術への取り組みが可能なスペースを設けると何かが緩和されるといった仕組みがあるとよいのかなと思いました。」


阿部先生「ありがとうございました。どなたか発表を聞いての感想をお聞かせくださいますか。」

吉見さん「今回、正解がないものを多様に受け入れることがアートにとっては重要な価値なんだなと知りました。とはいえその多様さが曖昧さやエビデンスの取りづらさなどの背景にある思うので、やはり誰のための何のためのアートなのかという問いが大切で、そこに何かしらの科学的な根拠とアートの融合接点があるのかなと全体を通じて感じました。」


発表3:第7章7-5,7-6/長妻さん


7-5 刑事司法制度(The Criminal Justice System)


長妻さん「7-5は刑事司法制度についてで、具体的には受刑者や勾留者のことです。イギリスでは過去20年間で刑務所に入る人が2倍になっていて、そのほとんどが社会的階層の低い人で一般の人よりも平均寿命は15~20歳短くなっているということです。ここでも健康格差が生じています。ですので受刑者のニーズをより早期に把握して必要な支援を提供するためにいろいろなサービスを導入する計画が報告書により示されています。」



「イギリスで再犯により政府が被る費用は年間95~130億ポンド、日本円で約1.5兆円という大きな額なので、予算をかけて対策する価値があると。そして刑事司法の場に芸術活動を取り入れ再犯からの離脱の足がかりを与えることは、結果的に行政にとって経済的な利益ももたらすということですね。
そういう犯罪者の活動のひとつが『HMP Aylesbury』で、受刑者から『感情や考えをアートとして自分の外に出すことにより、今まで向き合えなかった自分の感情と考えの間に距離ができて客観的になることによってコントロールできるようになれた』という発言があったそうです。
ある教授はアートプロジェクトに参加することによって、『自分との関係』『他人との関係』『教育との関係』に変化が起こると発言しています。創作活動でスタミナや決断力が試され、それによって自尊心が高められて人生の課題を克服できる自信につながっていく。それが『自分との関係』の変化ですね。そして他者と一緒に活動をすることにより、社会スキルを高めて共感や信頼を生み、他者の考えを理解するようになると。また刑務所の中で質の高いクリエイティブなアート教育を取り入れることによって、従来の学習環境で学べなかった人に教育とのつながりが再構築され、それが健康にもつながってくると示されていました。」


「女性の受刑者は人口の5%と少ないですけど自傷行為をする人が4分の1もいて、多くの女性が虐待やトラウマを経験し、精神的な問題や薬物乱用につながってる人も多いということです。
『Clean Break』という1979年に設立された団体は刑務所内で演劇教育をしていて、受刑者はロールプレーなどによってメンタルヘルスやセルフケアを自分で行えるようになって、変化や成長が促されるそうです。」



「刑務所でアート活動の効果は、これからも研究が必要ですけれども、いろいろな活動の結果により政策に反映させられるエビデンスがあるそうです。また就職の可能性を高め、ウェルビーイングを向上させる効果もあるそうです。」


7-6 心的外傷ストレス(Post-Traumatic Stress)





「次に『戦闘によるストレス』について。退役軍人のメンタルサポートをする慈善団体もあるそうです。トラウマの記憶は感覚的なもので呼び起こされるので、アート制作などで克服できるそうです。
NHSも心的ケアを行う規約を設けていますが、実際に相談や対応を求める人は半分程度で、相談しても適切に専門家を紹介されることはあまりなかったそうです。2017年から退役軍人を対象とした精神保健サービスが始まり、NICEのPTSDガイダンスでもトラウマに焦点を当てた心理療法などを推奨していますが、アートには言及してないようです。ただ効果があることは経験でわかってるそうです。

事例として、シェイクスピアの詩と呼吸法に焦点を当てて演劇をするものや、デンマーク王立バレエ団と提携してピラティスを取り入れたプログラムが紹介されていました。
やはり戦争を終えた後は別の環境に身を沈める、没頭する必要があって、アートに没入することもその1つになると。それに左脳と右脳の活動を正常化して、退役軍人が受けたトラウマを克服できるアプローチになるということで、アメリカでは資金提供を受けて芸術療法が進められており、英国でも同様に取り組まれているそうです。」



「心的外傷後ストレスを経験するのは兵士だけではなく、戦争や暴力、虐待で苦しんでいる子どもたちや移民・難民もいて、受け入れ側の国との相互理解のためにもアートの役割は大きいということで、City of Sanctuaryという芸術活動が英国全体で展開していると書かれてました。また刑事司法制度の中でもアートが必要で、特に拘置所は勾留が長引くことにで自尊心がなくなっていくので、アートが精神に栄養を与え自尊心を取り戻して挑戦への手助けとなる、ということがまとめとなります。以上です。」


阿部先生「犯罪者だけじゃなくて、退役軍人や移民難民、虐待で苦しんでいる人とか、つらい境遇に置かれてる人たちのウェルビーイングに非常に役に立つという対象の広さに、驚きました。どなたか感想などいかがでしょうか。」

宮坂さん自尊心を取り戻すことがすごく大事なんだと思いました。やっぱり最後は自分自身の中で解決しなきゃいけなくて、そこでアート活動が手助けしていること、それを再教育につなげているのはとても興味深かったです。」

阿部先生「つらい環境にいて無力感になった人が、例えば絵を描くことで色や形を決めて行く。比較的小さな決断ですけどもそれを積み重ねて行く中で自尊心につながるんですかね。」

山本さんアートを通じて誘導する、チューターの力量がすごいのだろうなと思いました。」

鈴木先生「イギリスの小中学校を見学するとドラマ、演劇という科目があって教育に取り入れているんですよね。ヘルスケアアートにも演劇がちゃんとあって、演じることで客観的に自分を見つめる経験になるんですかね。」

吉見さん「以前、ソーシャル・インパクト・ボンドSIBについてお話しましたが、その初のSIBは再犯防止で、イギリスで2010年のことなんです。SIBで再犯防止のプログラムが組まれる事例はすごく多く、日本でも今年の夏ぐらいに組成されていて、SIBと再犯防止は相性が良いのかもしれません。アートが関係しているものはまだないですが、このあたりが取っ掛かりになるのかなと思いました。」


発表4:第7章7-7,7-7-1/魚谷さん


7-7 健康教育における芸術(The Arts in Health Education)




魚谷「僕は『7-7健康教育における芸術』を担当しました。
はじめに英国貴族院のNHSの長期的持続可能性に関する特別委員会で、今後10~15年の間に医療・ケアシステムが必要とする、十分な訓練を受けた献身的な労働力を確保する国家長期戦略が存在しないことが最大の脅威と書いてありました。それで、教育の抜本的な改革が必要だと。
ヒース博士は、実戦よりも理論、患者経験よりも病気、説明よりも数を優先してきたことを残念に思っていて、そこに対して芸術はバランスを取り戻すために大きな役割を果たすと主張されました。そして、芸術と人文科学は患者中心のアプローチと共感できる医師を促進して、批判的思考と社会的関与を重視する知的文化を作り出すことで、患者ケアの欠陥を解決できると。

スタッフォード病院では2005年から09年にかけて何百人もの患者さんが苦痛を受けた事件があり、その調査を担当した弁護士ロバート・フランシス氏は、献身的で思いやりのある、ケアの行き届いた医療サービスの中で、患者を優先することが大事だと主張し、次のようなまとめがされていました。


3つC、"献身 Commitment"と"思いやり Compassion"、"ケア Care"、この価値観がアートと健康の活動の中心



「そして、より良い医療を提供するために芸術が役割を果たすべきだと先のロバート氏は言ってました。
医療機関とか教育機関では先の『3つのC』をどう育てていくかを再検討しており、医学部では健康の社会的決定要因をテーマにした授業があって、芸術と健康や福祉との関連を示す証拠を検討する余地があると書いてありました。
芸術や人文科学が医療教育にどのように使われるのかを研究する中に、医療人文学という分野があるそうです。そして、医学人文学の研究者が芸術と健康の仕事をより意識し、医学教育においてより身体化されたアプローチを採用する余地があり、芸術は、学部・大学院での医療専門家の教育・育成や、専門家育成トレーニングに大きく貢献することができると書かれていました。」


7-7-1 学部・大学院教育(Undergraduate and Postgraduate Education)



「ここからは学部と大学院の教育事例がひたすら書いてありました。簡単に紹介すると、プリマス大学のペニンシュラ医科歯科学校とエクセター医科大学で、統合医療人文学プログラムがもう医療カリキュラムになっているほか、ブリストル医科大学の新カリキュラムで同じような方法で医療人文学を取り入れようとしていると。
写真を掲載したルイーズ・ユーニー博士は、自分の手術室をベースにしたアートプロジェクトを学生に結びつけているそうです。」




「医学部の芸術系プログラムではアーティストや芸術団体を招いたりしているけども、今のところアーティストや芸術団体とのコラボレーションが深まることはほとんど見られないそうです。
ただ例外として、スージー・ウィルソン博士が率いる劇団活動が紹介されており、パフォーミング・メディスンプログラムという医学生や医療従事者を対象に芸術的手法を用いた教育コースやワークショップを提供しているそうです。
他にもたくさん事例がありますが、スライドを参照ください。」




「そして、さきほどのロバート氏の『3C』に加えて、2人の看護師さんが"能力 competence"と"コミュニケーション communication"、”勇気 courage"も大事だと挙げていました。

最後のスライドです。多くの場合、医療従事者のトレーニングに芸術や人文科学がオプションとして組み替え込まれてはいるんですけど、ほとんどあるいはまったく評価されていないという現状があるみたいで、医療審議会とか医療ロイヤルカレッジが、芸術の重要性を認識することを期待してると書いてあり、まだ課題があるのかなという印象を持ちました。以上です。」


阿部先生「お疲れ様でした。たくさん事例はあるけども、医学部の教育の中ではアートを取り入れることはまだ普通ではないということでしょうか。」

魚谷さん「そうですね。今回事例がたくさんあったんですけどなかなか調べられなくて、この鈴木先生の事業のサイトのようなプラットフォームが大事だなと感じました。」

阿部先生「ヘルスケアアートに関心を持った方がアクセスしやすいプラットフォームがあるのは重要ですよね。どなたかご感想などあればお願いします。」

嘉野さん「大学で勤務していると、大学の中で医療従事者にアート関連の業務を増やすのは難しいように思いました。専門外のことはどうしても表面的にしかできないので、芸術を実際されている人を中心にしてサポート的な関わり方がよいのかなと感じました。」


発表5:第7章7-7-2,7-8,7-9/長妻さん


7-7-2 スタッフと患者のウェルビーイングの向上(Improving Staff and Patient Wellbeing)




長妻さん「この節はNHSスタッフの健康・ウェルビーイングを重視するという話から始まりました。
NHSでは救急隊員の51%、精神保健福祉士の43%が、仕事に関連するストレスが原因で欠勤しているそうです。スタッフの健康は、つまりは患者のためにつながりますし、スタッフの定着率も健康であれば高くなるので、スタッフの健康はすごく大事なものです。
NHSの病気休暇を3分の1に減らすことができれば5億5,500万ポンドの節減になると。そのために2015年9月にNHSは医療スタッフの健康を改善・支援する大規模な活動を開始し、4億5000万ポンドを投入しました。提言にアートのことは明言はされていないけれども、必要とされていることは明確だと。
実際にアートの効果やセルフケアの重要性として、いくつかの事例が紹介されていました。台湾の比較調査では音楽を週に2回10週間聴くことによってうつ病が統計的に減少していると。あとはPerforming Medicineという医療者向けのセルフケアのコースを提供して、言語・非言語コミュニケーションや人への理解など、アートをベースとする方法がスキルアップにも役立つという成果が得られているそうです。Equal Artsでは、ケアハウスの中でアーティストが主導してクリエイティブケアのスタッフを育成しているそうです。」


7-8 芸術関係者のルートとしての健康とケア(Health and Care as Routes for Arts Professionals)



「アートセラピストはHCPCという機関からAHP(Allied Health Professional)として認定され、資格みたいなものがあるそうです。どういった人がなるかというと、競争の激しいプロの世界での活動が難しくなった芸術家の方が少なくないようです。
やはり医療に即した質の高いアートの提供は、訓練を受けた実践者が必要で、アートをどのようにして医療や社会福祉に取り込むかの理解を深めて、トレーニングやサポート、基準が必要だと。先程の教育の議論がここに繋がっていて、コールドスミス大学とかラフバラ大学等にプログラムがあり、アーティストが自分の知識を医療現場で応用することを支援しているということです。」


7-9 パブリック・エンゲージメント・プラットフォーム(Public Engagement Platforms)




「7-9はパブリック・エンゲージメント、健康・医療・人生のあらゆるステージでの身体についてプラットフォームの構築に関心が集まっているという内容です。医療だけではなくいろいろな分野の人が、対話やパフォーマンス、ワークショップを開催することによって、視点や見方を共有し、社会的背景を理解するような取り組みがヘルスケアの発展に大きな役割を果たしていると。『Medicine Unboxed』という団体は、良い医療はエビデンスに基づく適正な技術や介入だけじゃなく、共感や道徳、苦しみの認識や知恵に基づく幅広い知識が求められているから、アートや人文学がこのような視点を明らかにし、私たちを議論に導いてくれる、と提言しているそうです。

7章のまとめです。
幼少期に経験した不平等は大人になってからも継続的に影響を及ぼして、健康や幸福を左右する。けれどもアートは自分の考えや感情を表現することを可能にして、現実に起こったことを客観的に振り返り、自分自身を見つめ直す行為を助けてくれ、社会復帰の一助となる。



「最後に。私は東京の病院で働いているんですけれども、このコロナ禍に何かアートを病院でできないかと、病院の100周年に合わせ写真展をやりました。取り壊し前の建物の生命力を収めようという写真ですが、アーティストと医療関係者が求めるものの違いを感じたり、難しさもありました」


阿部先生「ありがとうございました。最後の医療関係者とアーティストとの感覚のギャップのところすごく面白かったです。それはどうしていったらいいんでしょう。」

長妻さん「やはり伝えることだと思っていて、もう少し明るくしてほしい等こちらの要望を伝えた上でアーティストとしての才能を生かしてもらうと。ヘルスケアのアートはすべて自由というものではないんじゃないかと思うんです。」

嘉野さん「私は演出家の力が欲しいと思いました。」

永井さん「先ほどから少し出ているのは正解を求めないことが大事で、対話型鑑賞もそうですけど、自分が思ってることを表現し他者の多様性も認めながら気づきを得ることが大事だと思ってます。正解はなくて、どう相互に認め合うかなのかなと。」

堀川さん「写真に明るさをという話がありましたけど、実は暗く見えるぐらいが落ち込んでいる人に寄り添うような気もしました。永井さんがおっしゃったように正解はなく、多様性というか、いろいろな方が病院にいらっしゃり、皆さんそれぞれに響くアートが違うのかもしれないと思いました。」

長妻さん「お話を聞いて、たしかに私が明るい方がいいだろうと思っただけで、患者さんがどう感じるかは分からないので、本当に正解はないのかもしれないと、今、心が休まりました。多様性を私も信じようと思います。」

阿部先生「今日もいろいろな気づきをありがとうございました。」


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