英国レポートの輪読ゼミ 第4回(10/19)第6章の発表とディスカッション
第6章 幼少期・青年期・若年期(Childhood, Adolescence and Young Adulthood)
「イギリスのヘルスケアアートの英語の報告書をみんなで読もう」
第4回輪読ゼミ 2021年10月19日(火)19~21時 オンライン開催
6章の発表とディスカッション
・発表1:第6章6-1,6-2/松本さん
・発表2:第6章6-3/猪村さん
・発表3:第6章6-4,6-5/永井さん
・発表4:第6章6-6,6-7/岩田さん
・6章全体のディスカッション
第4回の輪読ゼミは第6章(Childhood, Adolescence and Young Adulthood)、生まれるところから児童期、青年期、若年成人期の章になります。4人の方からご発表をいただきました。
発表1:第6章6-1,6-2/松本さん
松本さん「章のはじめには、Marmot Reviewの提言から一部が引用されていました。『身体的、知的、感情的な人間の発達のほぼすべての側面の基礎は、幼児期に築かれる』と、やはり健康は幼児期に築かれ、そして胎内で始まると強調されていました。かつ、このケアが健康や福祉に生涯にわたって影響するという非常に強い言葉が最初にあったのも印象的でした。
いろいろなデータの中から、生活に困窮されている家庭のお子さんたちが、その後の人生で非常に病気にかかりやすいであるとか、平均寿命が短くなるとも添えられていました。
そして、こういった環境がどのように健康に影響するのか、そして芸術がどのように両者の改善に貢献するのかというところで冒頭は締めくくられていました。」
6-1 妊娠・出産(Gestation and Birth)
「母親とアートに関して、Marmot Reviewの提言を実行するために設立された団体が行ったレビューでは、出産前後の母親の行動、喫煙・飲酒・薬物などの重要性を主張されていて、特に栄養状態にフォーカスしていました。妊娠後期の短期間であっても母親の栄養状態が良くないと、赤ちゃんにも影響して非常に重篤な病気に紐づいてくるとも書かれていました。
次に、ロンドンの貧困地域で行われた調査では、アートに関わった人々のうち、79%がより健康的な食事をし、次に77%がより多くの運動をし、そして82%が幸福感を得ていると書かれていました。
『Birth Project』という事例が紹介されていました。1つはアーティストがデザインしたカーテンを分娩室に設置したプロジェクトのようで、効果として陣痛時間が2時間以上短くなり、痛み止めの要求も低くなるという非常に印象的なデータがありました。2つめは、自分で選んだ音楽を聞くという事例で、その効果は女性が出産の痛みから気をそらすことができて、帝王切開への不安も軽減されたそうです。これらの事例からアートの介入を正常化することが示唆されたとレポートされていました。
新生児とアートについての記述もありました。例えば、新生児室で生演奏をする事例や、新生児室と保護者もいる場所でビジュアルアートをおこなう事例などが紹介されていました。」
6-2 周産期メンタルヘルス(Perinatal Mental Health)
「次が、周産期のメンタルヘルスの内容になります。母親に注目しており、5人に1人は妊娠中または産後1年以内に、不安やうつ病に悩まされるとありました。
しかし効果的な周産期のサービスが非常にないということがデータとして上がっていて、その解決策として、まず資金不足を補い、次に2018-19年までに9,000人以上の母親を支援することを目標とすると書かれていました。」
「そして周産期のメンタルヘルスに関するアートプログラムの事例が3つ紹介されていました。
1つはうつ状態になっている女性に向けて、グループでの歌唱、コーラスなどを皆でやるというもの。
2つ目は『Creative Families』という、うつで生活に非常に困っている方々に対してのプログラムです。印象的だったのは白人の参加者がわずか28%で、移民や白人以外の参加が多いとのことでした。
3つ目が『Dreamtime Arts』プログラムで、母親がプログラムを受けている間、子どもたちは近くの保育室で過ごせると、包括的なケアが行われるという点が印象的でした。
最後に、地方自治体は、こういった取り組みに周産期の女性が参加することで非常にメリットがあるとまず専門家に伝えること、その上で妊婦さんや母親たちにメリットがあることを伝えること、この2つが大事だと、締めくくられていました。」
「私の個人的な関心もあり、フィンランド発祥のネウボラの仕組みは、やはりお母さんやお子さんたちを長期的な目線でケアするので、今回のテーマにわりと近しいのかなと思って載せました。アートはあまり注力していないのですが、ネウボラ的なところにアートプログラムが入ってくると、より有効なんじゃないかなと感じています。
あともう1つ、これは『ベビーと一緒にミュージアム』という、ちょっと子育てに疲れてしまったお母さんとかそのご家族をご招待する美術館プログラムです。私が仕事とは別にNPOと一緒にやっている取り組みで、参考までに載せさせていただきました。私からは以上です。」
阿部先生「ありがとうございました。ご自身のプロジェクト、ぜひ他の皆さんもご紹介ください。松本さんは今回担当されてどのような感想をお持ちになりましたか?」
松本さん「妊娠中にある母親学級のようなものに母親を取り巻く人たちも一緒に参加してもらいつつ、アート活動がすごくいいんだってことを定着させていきたいなと思いました。
そしてやっぱりアートに遠い人たちにアプローチするには効果があるんだとデータを示すことが必要なのかなと思います。」
阿部先生「ほんとうにそうですね。どなたかご質問やご発言はありませんか?」
山本さん「いくつか事例がありましたが、具体的な内容やどのような効果があったかなどが分かるといいなと感じました。」
松本さん「そうですね、発表では省きましたが原文では具体的な団体名の記載もありました。ただ効果の内容までは記載されていないので、今後さらに調べていきたいなと思いました。」
発表2:第6章6-3/猪村さん
続いて猪村さんに6章3節をご発表いただきました。
6-3 幼児期の発達(Early Childhood Development)
猪村さん「今回私が担当したのは、幼児期の発達における音楽やアートの効果です。まず『すべてのこどもに人生最高のスタートを』というマーモットレビューの言葉から始まっています。才能を伸ばすのに必要な公平なチャンスであったり、こどもたちがアートに触れる機会を作るためには、社会的な勾配などいろんな制約がある中で、こども達の環境や条件に合わせて対応していかなければいけないという抽象的なところから入って、具体例を用いて示していました。
1つ目の例『Reading Well』は、貧しい家庭と裕福な家庭とでは言語的な発達環境として差が生まれてしまうため、その差を埋めるために図書館や公の機関が行っているプログラムです。
2つ目の『ライブアートの体験』は、低所得がゆえに家庭環境が悪化し複雑な環境でストレスを抱えているこどもたちが、本質的なアートに触れることでストレス解消スキルの習得をする事例で、結果として家庭環境の改善に繋がったという数値も紹介されていました。
3つ目の『Movement Works』は、実際に音楽や表現などのアクティビティを通じて幼児期の発達や学習の促進をするものですが、先の2つと違うのは発達障害の初期症状を抱え、発達の遅延があるお子さんへの介入に効果があるということでした。」
「そうした発達障害の子も含め、状態に合わせて創造的な活動を導入していくことで、入学準備体制の強化に繋がると書いてありました。ロンドンでは5人に2人の子どもが学校に通うラインに達しない家庭環境にあり、そういった幼児期に介入することで、まずは学校に行けるようになって基本的な知識や読み書きの能力をつけ、社会的なスキルの担保につながるということでした。」
「『グループでの創造的な活動が社会的・精神的にメリットがある』とスライドに示しましたが、こどもたちが1人で参加するよりも、言葉を交わしたり、難しい学習ではなく音楽やアートという自由が認められる中で行うことで、こどもたちはすごくのびのびと成長して自分を認めていくことができるのかなと思いました。
右のスライドは『The Art Room』という活動を紹介したもので、突発的な行動や言動の問題から学習に参加することが困難なこどもにアートを提供する団体です。」
「最終的な帰着として、そうした自閉症スペクトラム障害や、暴力のトラウマを抱えているお子さんにとっては、言葉によるセラピーよりも、アートを通じたケアやプログラムの方が彼らの気持ちを引き出すということで、効果があると。だからこそ幼児期の発達において音楽やアートは大事だと書かれていました。」
阿部先生「ありがとうございました。社会的格差が健康格差にもなるから、できるだけ若い時期にアートも使いながら改善に向けた介入をという内容でしょうか。猪村さんのご感想をお聞かせください。」
猪村さん「もともと私も闘病中のこどもたちに対して音楽とか表現の支援を行っていて、ちょうど来年からピアノのレッスンを通じた心的なサポートを始めたいと準備を進めていたので、今回、とてもいい文章と出会えて本当によかったなと思いました。」
発表3:第6章6-4,6-5/永井さん
続いて6-4と6-5を永井さんにご発表いただきました。
6-4 教育(Education)
永井さん「最初のスライドで発表の要旨をまとめました。
ここでは、ウェルビーイングの決定要因として教育の重要性について語っているのですが、所得格差によって教育格差が生じて、さらに健康格差にまで発展するということです。2016年にまとめられた文化白書には、芸術活動への参加の機会をいかに増やしていくか、政府をはじめ様々な機関が取り組んでいくべきだと書いてあります。文化白書について欄外に書き添えましたが、楽器演奏や絵画、モノ作り、ダンス、演劇の教育が子どもにとってはすごく大事であり、当局であるDCMS (Department for Digital, Culture, Media Sport) が、文化の提供機会から排除されている人に機会を与えていくべきだと書かれていました。
それから学校が芸術活動のための場となり、課外活動も重視され、カウンセリングサービスもされているそうです。学校以上に重視されている場のひとつがコミュニティで、学校から排除されているような若者に非常に重要な役割を担っていると。
政府も、教育省を含め縦割りの弊害を除いて、協調してやっていかなくてはいけないと書かれていました。教育省と教育水準監査局(Ofsted)は、全ての学校に対して一定のプログラムを満たしているかを格付けのように評価をしており、特徴的かもしれません。これは逆に差別を生んでいる可能性も否定できないと思います。そして、関係機関の連携により、子ども・若者の「精神的、道徳的、社会的、文化的な成長」をめざすのだそうです。
刑事犯罪を起こすような子ども・若者は社会からの疎外を受けておりチャンスが得られないでいるが、音楽を通じて自信を持たせモチベーション向上させることが非常に重要だと、書いてありました。」
「上のスライド以降は具体的なサポート資料になります。
例えば、英国の子どもの 4 分の 1 が貧困状態にあるだとか、先ほどの学校のパフォーマンスの評価についてが書かれています。やはり、ACE (Arts Council England)の影響は大きいようです。」
「学校以外にもいろいろと例が挙げられており、スライドにURLも紹介していますのでご覧ください。
養護施設のことにも触れられていました。英国では里親制度が盛んでそれに対してどうサポートしていくかも含め議論しているようでした。
「刑事犯罪について興味深かったのは『TR14』という郵便番号を冠したダンスワークショップの事例で、その郵便番号は英国の中でももっとも貧しい町の一つだそうです。」
6-5 病気の回復と慢性疾患の管理(Recovery from Illness and Management of Long-Term Conditions)
「それから、6-5の節の内容になります。
要旨としては、芸術活動はあらゆる年齢層の病気からの回復や慢性疾患の管理・改善に効果があるということです。特に即興ダンス、下のスライドにもあげたソマティック・ダンスという自分をさらけ出すようなダンスを通じて急性の痛みを和らげたり、慢性疾患にも有効だと。それから芸術活動への参加が、子どもたちのアクティブな動きに繋がるので、肥満の解消になるとありました。そして小児病院での活動も取り組んでいかなくてはいけないと書いてありました。」
「最後に感想ですが、ブレイディみかこさんの書籍『ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー』では中学生の息子さんの話が書かれていて、リアルの一端がここにあるように思いました。本の中で、学校教育では社会に出てから役立つ内容を取り入れていて、そこにアートや演劇があるということも書かれていました。ご参考になればとご紹介いたしました。」
発表4:第6章6-6,6-7/岩田さん
6章の最後は、岩田さんからご発表いただきました。
6-6 メンタルヘルスとウェルビーイングの向上(Improving Mental Health and Wellbeing)
岩田さん「チア!アートの岩田です。私もブレイディみかこさんの本読みまして、イギリスの文化的・教育的な背景を知る上で参考になると思いました。
私が担当した6-6『メンタルヘルスとウェルビーイングの向上』では、これまでの発表と同じように背景となる内容が書かれていて、特に低所得者の子どもとか少数民族、混血、それからアフリカ系の黒人の精神疾患のリスクが高かったり、当時はEU離脱前だったのでEU圏内でイギリスは失業世帯の子どもが多く、ウェルビーイングを低下させる要因が非常に多いと。そうした所得やマイノリティといった社会的要因が、メンタルヘルスへ影響していると強調されていました。」
「そうした精神疾患を持つ若者のうち、実際に支援にアクセスできているのは25~35%で、できたとしても地理的に遠かったり待ち時間が長かったり、個別のニーズになかなか対応できていないというのと、精神疾患には早期の介入がとても重要で、4分の1は幼少期や思春期の早期介入で予防がある程度可能で、コストもコミュニティの段階で介入する方が入院に比べて非常に安く抑えられ、それから抗精神病薬を服用する必要性も少なくなると。
アクセシビリティや早期の介入予防が重要だと言われています。」
「そうした中で、アートでできていることの事例として、この『key changes』などが紹介されていました。コミュニティや病院の中に入り込んで子どもや青少年と一緒に作曲や作詞活動をしていて、プロのミュージシャンも介入しているプロジェクトです。めちゃくちゃかっこいい音楽でした。『Alchemy Project』も、なかなかケアにアクセスするのが難しい黒人コミュニティにダンスを通して入り込んでいくという取り組みです。
あとは、デジタルアプリケーションを活用した事例として、Webサイトにいろんなアートのレシピを載せているようなものとか、『Mind Emoodji』という写真を撮って絵文字で自分の気持ちをアップして、メンタルのグラフを作るアプリケーションも紹介されていました。」
「芸術療法の記載はあまりなかったんですが、臨床医が精神疾患の緩和のために芸術療法の提供も推奨されているとか、英国大学協会でも芸術療法には学生の不安を軽減するエビデンスがあると認めているとありました。
先ほどの音楽やダンスなどの参加型アートと芸術療法が、今は個々に実践されている状態だけれども、精神医療のシステム全体できちっと提供されるべきだと最後に協調されていました。」
6-7 子どもたちの医療環境(Children’s Healthcare Environments)
「次の6-7の節では、入院中の子どもたちの課題として、家族との別れや、慣れない環境の中での検査や治療、自己決定権の喪失などの不安があり、それに対して適切な情報提供や、治療のデザインに子どもたちをちゃんと参加させることで不安を低減できるということ。それとやはり子どもに優しい医療環境やストレスの軽減のための活動がウェルビーイングの向上に繋がると書かれていました。」
「ブリストルの王立小児病院では、建築家・アーティスト・デザイナー・患者がデザインすることで、建て替え前の病院に比べて保護者の満足度が上がったそうです。
そうした建築、ハードのデザインだけでなく、シェフィールド小児病院では病院専属のチャリティー団体が音楽やクラフトのセッションをやっているだとか、病院専属の団体ではなくナショナル・ポートレート・ギャラリーがロンドン市内の小児病院にいろんなプログラムを開発提供しているという、非常におもしろい事例が紹介されていました。HPにパッケージされたものがアップされていて、ダウンロードもできるようです。」
「最後にまとめです。
こうしたことをふまえると、幼児期に芸術が日常の生活の一部であることに子どもたちが慣れていれば、成熟期になっても、芸術を受け入れて親しんでいる可能性が高いので、社会的な階層を超えてこの若い時期に投資をすることが社会的なリスクとコストの回避に繋がるという内容で、この章が締めくくられていたのが印象的でした。以上です。」
阿部先生「最後に章全体をきれいにまとめていただきありがとうございます。幼児期や妊娠中からアートへのアクセスがあると、その後の影響が個人にとどまらず社会全体でみてもいいということなのでしょうね。」
6章のディスカッション
6章を4人の方から発表いただいた後で、参加者の皆さん全員とディスカッションの時間を持ちました。
その中で「アクセスビリティ」の話題から、貧困層のコミュニティへのアプローチについてや、乳幼児期の子どもには親の影響が大きいこと、対象を絞る以前に広く働きかけたり日常の身近なところにアートがあることの大切さなどに話が展開しました。一方で病院という場に外からアクセスする難しさにも話がおよびました。
ほかには、芸大の学生さんや地域の美術館・博物館を活用するアイディアや、芸術はけして優雅な趣味なのではなく芸術によって救われる場面があるんだという感想なども出ました。自身の活動や今後の取り組みに活かそうという前向きな発言も複数の方からあり充実した対話の時間となりました。
最後に、事務局から次回の案内と課題シートへの記入をお願いして終了しました。