2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第1回 2019.7.11

子どもと家族と療養環境 日英仏の事例から

椙山女学園大学生活科学部生活環境デザイン学科 准教授
阿部 順子

もくじ


本記事は、2019年7月11日に開催された「2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第1回」のレポートです。

2018年度の阿部先生講義記事はこちら


建築・インテリアは生活の枠組みをつくる


今日は、日本とイギリスとフランスの話です。私はフランス近代建築の歴史で博士の学位をとりまして、年一度学生をフランスに連れて行って建築を見せたり、西洋建築の勉強をしています。専門は古くなった団地をどう生き返らせるか。フランスの事例を調べてこようというのが私の仕事のひとつです。

リヨンの場合、川沿いの旧市街は世界遺産にもなっていてとてもきれいですが、山の上のごつい建物が団地。地理的に階層が可視化されています。たまにフランスで全国的な暴動が起きているのはこういうところなんですね。だからやはり、人間、住む場所は本当に大事です。


近くでみるとこんな感じですが、自分の住む家がどこかわからない。だから場所に対する責任がない。そうすると荒れる。こういう団地をヒューマンスケールの良い感じにしているのを見にいって情報をえたりしています。Residentialisation 。レジデンス化するという言葉があります。「荒れた団地のあちこちを直しながらもっとヒューマンな景観に直す」という意味です。1990年代からフランスでさかんに行われるようになって、賛否両論ありますが、私はうまくいっていると思います。この言葉を日本に紹介したのはなにを隠そう私です(笑)。


こういうフェンス、ゲートがついていますが、これだけのことなんです。やったところはきれいに保たれる。やらないところはボヤが起きています。人間は思っている以上に環境に左右されるんですね。


仕切るならこのように自然の素材を使ってもいい。管理の主体をはっきりさせるためなら、このように低い柵でもいいし、出入り自由なところがあってもいい。ただ、このレジデンス化の失敗は簡単にわかります。ここ、フェンスがひとつないですね。通り道にあると邪魔。だからこわされたんです。


コンクールで選ばれたグレーのフェンス

このグレーのフェンスは工事現場で使うようなアルミの素材です。コンクールで1位になった若手建築家の作品ですが、住民からは不評です。だって、おしゃれなつもりで使っているけれど工事現場っぽいじゃないですか。結果、あまり使えていないと思います。


デザインのあるゲート

隣の住棟の少しデザインがあるもの。それほどお金はかかっていないけれど、こうしたほうが荒れない。住民が満足するんです。

こうしてみると、建築・インテリアは生活の枠組みをつくると思います。みなさんも、からだの部分だけが自分ではない。着ている服、住んでいる部屋、自分の範囲は実は大きくて、建築・インテリアも自分の一部なんですね。
建築・インテリアは「あなたを大事に思っています」というメッセージを伝えることができます。みかん箱の上の紙皿でごはんを食べてもおいしくないでしょ。高級ホテルは高級なインテリア、高級な素材を使っていることで、私たちがそこにいくと大事にされていると思う。アルミのフェンスが住民に不評だったのは、工事現場の素材で囲まれてうれしい人はいない、ということなのです。


付き添い家族から見る療養空間の非日常


そんな私が、41歳のときに第二子を名古屋で出産しました。生まれた子に重症の先天性心疾患があって、生まれて12時間で救急搬送、生後3日目で1回目の手術、1か月半で2回目、7か月のときに1週間に2回の手術。それで自力で呼吸ができなくなって、人工呼吸器になってしまいました。


人工呼吸器をつけた息子

このとき9か月。見た目も痛々しいし本当によく泣きました。ICUのトイレで朝1回泣いて、1時間息子と過ごして、仕事にいって、夕方仕事から戻ったらまた1時間息子といて、帰り際にまたトイレでひとしきり泣いて。「お母さん、離職を考えてください」といわれたときは、いままで20年間色々と歯をくいしばってがんばってきたのにと、目の前が真っ暗になって、眠れないし食べられないし、1週間に体重が4キロ落ちました。でも、私が倒れたら上の子はどうなるんだろうと思って、心療内科に通って睡眠薬を飲んで必死にもちこたえました。
名古屋市内の病院に入院していたのですが、「いまここで息子を抱いて飛び降りたら楽になる」と思ったことが何回もありました。でも幸い、設計がうまくできていて、飛び降りる隙間がなかったんですよ(笑)。

1歳の誕生日はICUで医者や看護師さんやみんなにお祝いしてもらい、これはこれで幸せでした。そうして少し落ち着いてくると、建築・インテリアのだめなところが目についてくるわけです。
小さい子どもにとって、付き添い家族、母親の存在は絶対必要。どうしてこんなに疲れるのだろうと思ったら、日々、非日常なんです。眠ること、食べること、入浴することに、すごく制限がかかります。いちばん基本的な生理的欲求のところにさわってくるので、たいへんしんどい。


サークルベッドで寝る親子

具体的にはこういうサークルベッドにふたりで寝ている。息子が2歳半。15時間の大手術をする前日ですが、これは、夫に写真を撮ってもらったんですね。このころになると私も腹がすわってきて、「この経験を研究者として絶対とりかえしてやる」、と思っていますから。


部屋に2つベッドがあって、ひどいときはこの部屋に4人入る。ベッドから見えるのは、向かいのナースステーションで人がばたばた立ち働く姿。音もうるさい。かなり非人間的な場所だと思いました。明日たいへんな手術があるのでナースステーションにとめおかれるのは分かるのですが、落ち着かないですよね。プライバシーもないし。


病気だからこそ、生活の質を高く保ちたい


こんなものかな、とあきらめていたのですが、これは九州にある公立の小児病院の個室です。
このソファがソファベッドになっています。夜は布団を貸してくれるので寝られます。うれしくて、うれしくて。公立の病院ですが、気持ちさえあればできるのだな、と。ソファベッドはリビングがわりに使える。病室の中にはバリアフリーのトイレとシャワールームがついていて、シャワールームまで息子を心配しながら走っていって戻るというのがなくなって、本当にありがたいことでした。
公立病院でここまでできるというのは、目からうろこでした。お金の問題でできないと思っていたのが、志の問題だとわかりました。


小児病院のソファベッド

小児病院のソファベッド



玄関で迎えてくれるドキンちゃん

関西のとある公立のこども病院の入り口です。入った瞬間にすごくうれしかった。かなり重症の子どもが来る病院です。小さい子どもにしたら、そういうときに入り口にでっかいドキンちゃんがいるだけでうれしい。おしゃれである必要はなくて、子どもの気持ちに寄り添ってくれる施設なら、親は安心します。



名古屋市内のとある病院の耳鼻科(左)です。隣の小児科(右)になるとすごくいい感じになりますね。以前は耳鼻科と同じようだったのが、ある日突然こうなっていて、雰囲気が本当にかわった。絵を描いただけなのにこんなにかわるんだ、というのが衝撃で、よく見たら名古屋市立大学と書いてあって、どうやら鈴木賢一という人がいるらしいと分かり、のちのち弟子入りをさせていただくことになって、今日にいたります(笑)。
今日はライオンさんの部屋だよとか、お猿さんが手を挙げてるところだよとか、会話のきっかけになりますよね。本当に小さなことだけれど、大事なことです。子どもたちは好きで病院にいっているわけではないので、少しでもこういうことをしてくれると、ありがたいです。
病気だからこそ、生活の質を高くたもって、できるだけポジティブに闘病できる環境がほしいですよね。


耳鼻科と小児科

耳鼻科と小児科


イギリスの事例 気持ちを切り替える工夫


同じ経験でも、とらえかたでかわります。私も5か月くらいの息子の付き添いで入院していましたが、途中から研究テーマとしたことで、急に気持ちが楽になりました。なんでもいいから、気持ちの持ちようをかえないと。そして、そんなときにアートは、意外にききます。
療養環境とアートについて、今日は私の専門であるフランスと、英語での検索で見つけたイギリスの事例についてお話しします。ただ、この2か国が最もすぐれているというわけではありません。北欧も優れていると思うのですが英語で発信されているものが見つかりませんでした。私が使えないドイツ語、ノルウェー語などの言語では調べられていないので、今日はたまたま、フランスとイギリスの事例です。


イギリスの子ども病院の外観とエントランス

イギリスの子ども病院の外観とエントランス

イギリス・リバプールのこども病院(Alder Hey Children’s Hospital)です。EU全体から子どもたちを引き受けている大きな病院で、2016年のヨーロピアンヘルスケアデザイン賞(European Healthcare Design Award 2016)を受賞しています。
この病院のいいところは、入ってすぐ、コーヒーショップがあってコーヒーやスイーツの匂いがするところ。メインエントランスから見下ろしたところですが、これだけ見ると、病院と思わないですよね。これはすごく大事なことで、この病院にはある程度重篤な症状だから来ているわけで、子どもはかなりびびっている。こういうふうにしてくれるだけで、ずいぶん違います。


お祈りの部屋

メインエントランスから見た奥にある、大きなさかさまのプリンのようなもの、中はいろいろな祈りに対応した場所になっています。


外観です。全室から外が見えるように病棟が3本の指を広げたような設計になっています。病院の中にいると社会から隔絶されたような気持になりますが、こうして外を見られると楽になります。自然だけでなく車や誰かの動きをみているだけでもうれしくなります。


動画で見るフランスの事例1 プロの芸術家と過ごす感性豊かな時間


次にフランスの二つのNPOの活動がわかる動画をご紹介させて下さい。最初のものは、プロの芸術家を派遣するNPO、二番目のものは、造形芸術のワークショップをこども病院内で展開するNPOのものです。フランス語の意訳が下手だったり小さなミスがあるかもしれませんが、だいたいのところは間違っていないかと思います。私のフランス語力の限界をあらかじめお詫び申し上げます。動画内の様々な芸術活動を楽しんで頂けたら幸いです。

Tournesol, Artistes à l'Hôpital à la rencontre des patients | Film
(ひまわり・病院の芸術家と患者の出会い|映画)



※この動画はNPO・Tournesol, Artistes à l’Hôpitalが制作したものです。
 This video was made by Tournesol, Artistes à l’Hôpital

Tournesol, Artistes à l’Hôpitalは入院患者や社会から離れている人々に、プロの芸術家と過ごす感性豊かな時間を提供することを目的に、1990年にフランスで設立されたNPOです。動画に添付されている説明によると、音楽、ダンス、現代的なサーカス、朗読、視覚芸術、造形美術など幅広く提案・展開しており、病院だけでなく老人ホームなど医療福祉施設全般に活動の場を広げているとのことです。対象となる方々の年齢も状態も様々なようです。

この動画ではその活動の様子を垣間見るができます。動画の最後に医師が「ミュージシャンが次来てくれる時にはもっとよくなっている、と患者が感じること、ミュージシャンがもたらすこの感覚、人生が続いていくと感じること、それが重要なのです」と話します。私個人の経験ですが、長い入院生活のうちに、時として自分が社会から隔絶されて、自分がもう普通の世界に存在しないような感覚に陥ったことがありました。芸術家のパフォーマンスに接して感動を得ることで、感情の交流が生まれ、失われていた社会とのつながりを取り戻すような感覚があるのではないかと思います。そして、ひととき病気のことから完全に離れることができる、これも重要です。動画のなかの人々の表情やコメントからも、それはよく読み取れるのではないでしょうか。患者だけでなく、スタッフも楽しそうです。芸術家も幸せそうです。芸術の力がここにあります。


動画で見るフランスの事例2 上質な美術教育と発表の場


キュリー研究所の小児腫瘍部門の責任者のイニシアチブで2004年に生まれた造形芸術のワークショップが、10周年を記念してポンピドゥ・センターで子どもたちの作品展を開催しました。その活動を永続化し、他の医療施設でも展開しようと、2015年にパリでNPO・NOC!が設立されました。そのNPOの動画をご紹介します。

NOC ! Nous On Crée ! Arts plastiques à l’hôpital
(NOC!私たちは創造する!病院における造形芸術)



※この動画はNPO・NOC !が制作したものです。
 This video was made by Noc!

この動画は、2016年にパリのネッケルこども病院で開催された展覧会の様子とそこにかかわった人々(患児、病棟責任者、NPO創設者、造形芸術指導者、保育士、医師、看護師、企業支援者)のコメントが収められています。患児の入院生活の支援と上質な造形教育の提供というだけでなく、生活の場としての病棟とそこにかかわる人々を巻き込んだ、ある種の環境改善にみえます。
病棟責任者は「院内にとどまらない、外部の人も招いた、このような展覧会活動を定期的に続けることは、自分の夢です」と最後に述べています。病院の機能上、外部との交流というのは非常にハードルが高い、それにもかかわらず病棟責任者が定期的な開催を考えるほど、展覧会はかかわるすべての人によいインパクトを与えたということなのでしょう。
衛生管理からでしょうか、病棟の壁に展示されている患児の作品は額装されたものや、プリントされたものになっています。今回の大型写真プリントはキャノン・フランスの支援で実現しました。子どもの作品を展示するというシンプルな行為ですが、病棟内で実現するとなると、多くの人々の水面下の努力と強い意志が必要であることもわかります。


お金を集める仕組みも大切


興味深いことに、こうした動画はお金集めるツールのひとつにもなっています。サイトの動画のすぐ横に寄付ボタンがついていますから。


マクドナルドハウスで見つけた寄付集めの装置


お金をいかに集めるか。マクドナルドハウスという、子ども病院の横にあり、親が泊まれる施設があります。一泊千円ほどで、非常に家庭的な雰囲気です。神戸にあるマクドナルドハウスにこの寄付を集める装置があったんですが、硬貨を入れるとぐるぐる回って落ちてきて、最後にちゃりんと入る。入れるだけで楽しい。こういうふうに小銭を確実に集める仕組みも必要かもしれません。

お金は大きな課題です。あの手この手で、やれることを全部やってみればいいのではないでしょうか。いまも戦っているご家族の方、子ども病院にかぎらず、高齢者やいろんな苦しみや悩みをかかえて生きている方がたくさんいらっしゃいます。何でもいい。何かできること、ご自分の悩みの中で何かお持ちのものを出してくださればと願っています。
このような場にご参加いただけること自体、患者の母親として非常にありがたいことだと思っています。みなさまが考えてくださることで、うちの息子があのように生まれてきた意味がある、というようにもとらえることができています。今日は本当にありがとうございました。

まとめ

  • 多くの病院では、まだ「家族のための空間づくり」という概念は希薄 → family-centered care
  • 入院中も人生の一部、「人体修理工場」ではなく、より一層快適な「生活の場」が必要 →「病気だからしかたない」ではなく、「病気だからこそ快適な療養空間を」
  • 長期入院の場合、いかに「社会」につながれるか、「普通の世界から切り離された感覚」を回復できるか → さまざまなアートの活躍はその手段のひとつ
  • ボランティアのアートではなく、プロのアーティストのハイレベルな関わり → 「感動」は生きる喜び、入院生活をひととき忘れることができる「感動」が生きる力に!

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