2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第4回 2019.8.1

ヘルスケアにおけるアートの可能性 〜英国の事例から〜

ブリティッシュ・カウンシル アーツ部長
湯浅真奈美

もくじ


本記事は、2019年8月1日に開催された「2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第4回」のレポートです。

まずブリティッシュ・カウンシルについてお話します。活動の中心は、Cultural Relations(国際文化交流)。人と人、市民と市民、アーティスト、いろいろな方々の知識を交換し、双方向の関係をつくっていこうというのが私たちの仕事です。主な活動の分野は、教育、英語、アート。この3つを柱に、英国も他の国から学び、英国の実践もご紹介しながら、共同の未来をめざして創造していきましょうというものです。

今日のテーマはヘルスケアアート、アートと医療ですが、これは英国でも非常に感心の高い重要なテーマになっています。英国と日本はどちらも成熟した国であり、少子高齢化や人口減少もはじまっている、そして歴史的にもつながりの強い国と国になります。そこの中で、英国ではもう30年ぐらい前から、文化芸術に関わる団体、アーティストが医療に関わるものにかぎらず、幅広く市民に関わる活動を非常に多くしています。
本日みなさんと一緒に考えたいのは、一つはなぜアートなのか、なぜアーティストでないといけないのか、ということです。福祉や医療におけるアートの可能性、アートにはこんなことができるのかと気づくきっかけになればと思います。もう一つ、こういう活動が広がっていくことが求められています。英国も日本と同様、文化予算がたくさんある国ではありません。でも社会課題が多いなかこうした活動を進め、広げていくには何が必要なのでしょうか。このふたつを、考えながら聞いていただければと思います。
今回は、オーケストラ、美術館、劇場、そういう公的な資金が入っている文化施設や芸術団体が、医療関係者や自治体と連携して行っているプロジェクトをいくつかご紹介します。


すべての人に文化芸術にふれる権利がある


なかでも特に、認知症や高齢化などに関わる事例をご紹介します。まず英国の状況を押さえておきたいと思います。


英国の高齢化率は17.8%といわれています。日本は65歳以上が26.7%。だいたい4人に1人が65歳以上という状況です。2040年になりますと、英国は今の日本に少し追いついて24.2%。日本は36.1%と3人に1人が65歳以上になる、そういう社会に私たちはいるわけです。
数年前に英国で、高齢者とアートについてのリサーチが行われました。65歳以上で一人暮らしの方は36%。つまり孤立が大きな課題になっています。高齢者を対象にしたアンケートでは、アートプロジェクトに参加することによって人に会えることがいい効果だと。これは特に病院でということではなく、美術館に行くのもそうですし、アートによって人と触れあえる、という結果でした。

日本でオーケストラや美術館は、わりと年齢層の高いお客さまが多い印象だと思います。しかし実際は、だんだん出かけるのが億劫になるなど、半数の方が20代30代の頃と比べて行かなくなった、というデータがあります。
すべての人に文化芸術にふれる権利があります。けれど、いろいろな理由でアクセスできない人たちがいる。放っておいていいのだろうか。例えば、英国は、高齢者を対象にした多様なプログラムが行われています。その背景にあるのは、劇場やオーケストラ側が、我々は市民の税金で運営しているのだからお返しすべきという強い使命感、モチベーションがあります。チケットさえ売れればいいのではなく、来られない人がいるなら出かけて行こうよ、といろいろなことが行われています。


領域を超えたアートのネットワーク


英国のマンチェスターの事例です。マンチェスターは、65歳以上が9.4%と全国平均と比べると少ない、大学があるのでまだ若者が多い地域です。
マンチェスター市では、「Age Friendly Manchester」というイニシアチブを、10年前から進めています。国連WHOが「Age Friendly City」という、高齢者にやさしい、高齢者が幸せに暮らせる街づくりを推進する都市を認定していて、英国で初めてマンチェスターが認定されました。
高齢者は負担となる存在ではなく、社会に貢献している、コミュニティの一員であるという前向きなイメージをつくっていくこと。また、高齢者がサービスを受ける側ではなく、主体となって生き生きと暮らせる街づくりを目指していこう、という取り組みをしています。例えば高齢者が自分たちでラジオをつくるスキルを身につけて、取材に行って、コミュニティラジオが立ち上がった、そういった主体的な実践がたくさんあります。
マンチェスターは地方都市なので、財政は厳しいです。そのなかで交通関係者や商店、いろいろな人たちがネットワークを組み、こうしたプロジェクトを推進しています。



特徴的なのは、マンチェスターにある美術館、劇場、オーケストラなどあらゆる分野の芸術団体が「Age Friendly Manchester」のカルチャーグループというネットワークを組んで事業を推進していることです。どの団体にとっても、高齢者に関わるプロジェクトは新しい分野なので、芸術団体のなかにコミュニティの担当は一人か二人しかいないのですが、その人たちが横につながり、ネットワークを組んで推進しています。
実際、アートの領域を超えたネットワークはなかなか難しいです。英国でもオーケストラ界と美術界と演劇界がネットワークを組むことはほとんどないですが、マンチェスターではさまざまな分野が一緒にプロジェクトをし、情報交換をしています。
いくつか具体的な事例を紹介します。


事例1:ウィットワース美術館「Coffee Cake and Culture」


マンチェスター大学付随のウィットワース美術館は、美術館は市民のもの、あらゆる市民が集う場であるべきだとして、専門家や所蔵品などの資産を活用し、赤ちゃんから高齢者まで、また社会で孤立してしまいがちな妊婦さんやお母さんたちが集えるプロジェクトをしています。

映像「コーヒー・ケーキ&カルチャー COFFEE CAKE AND CULTURE」



認知症患者とその家族や介護者を対象に、博物館の訪問をフルサポートする月例プログラムです。スタッフやアーティストは、事前に認知症サポーターのトレーニングを受けたうえで、プログラムの運営にかかわっています。そして、こうしたプログラムの効果を、マンチェスター大学やそのほかのリサーチ機関と連携し、効果検証をしています。


事例2:「Music in Mind」自発性が生まれる音楽療法



「Music in Mind」は、室内楽のオーケストラであるマンチェスター・カメラータと、アルツハイマー協会、ケアUKという医療ケア団体、そしてマンチェスター大学が連携したプロジェクトです。
このプログラムでは、プログラムに参加する認知症の方やその家族に、譜面通りに演奏することを求めるのではなく、主体的にアイデアを出し、プロの音楽家と共に即興的に音楽を作ります。英国のオーケストラは、多様な市民を対象に、こうした参加型の音楽のワークショップを数多く行っており、そうしたプログラムをリードできる音楽家の育成も長年にわたって行っています。


このプログラムでは、認知症の当事者だけでなく、家族などの介護者、ケアホームのスタッフのQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上も目指しています。プログラムを通して、認知症の人と介護者がともに豊かな時を過ごすことにより、関係性の向上などの効果がみられるといいます。
マンチェスター・カメラータは、マンチェスター大学の認知症研究や医療の専門家と連携し、こうしたプログラムの効果検証を行っています。

あるプログラムの参加者からは、
「以前よりも積極的になった。自信がついて、みんなといっしょだと思えるようになった」
「参加してから、薬を飲まなくてもよくなった」
「いっしょに楽しい時間を過ごして、人生の最後のステージを迎えている母親との時間が豊かになった」
という声があったそうです。また実際、薬の摂取量が減った、抗鬱剤などを用いなくても気持ちが安定したという結果も見られ、こうしたエビデンスをもとに、さらなるプログラムの開発や医療・福祉関係者との連携を強めているそうです。


効果検証の重要性とアーティスト側への効果


こうした芸術団体による高齢者を対象とした活動には資金や、医療・福祉関係者とのパートナーシップが必要です。そのために、研究機関と連携した効果検証を行い、具体的なデータを提示しながら、高齢者や介護者に対する音楽やアートの効果を訴えます。また、高齢者を対象としたプログラムを実施できるアーティストなど人材の育成にも力を入れるとともに、高齢者施設や病院などの関係者に対しても、アートを取り入れたプログラムの運営についてのトレーニングを行うこともあります。こうしたプログラムに参加することにより、音楽家自身にも変化がみられるそうです。通常の演奏会では得ることのできない体験をすることにより、音楽家の意欲の向上や、演奏活動へのプラスの効果も見られるそうです。


事例3:「House of Memories」記憶から会話がつながる


次はリバプールの「ナショナル・ミュージアムズ・リバプール」で行われている、認知症の方に向けたプロジェクトについてお話します。


約10年前にスタートした、「House of Memories」では、介護者を対象に認知症についての理解を深め、美術館のコレクションの活用法を伝えるトレーニングプログラムを開発しました。さらに、認知症の人が介護者や家族と一緒に利用できるタブレット用のアプリ「My House of Memories」も開発しました。

現在は、リバプールだけでなく、英国各地の美術館・博物館にプログラムを提供するだけでなく、海外の美術館・博物館にもその経験を共有しています。
この「House of Memories」が目指したのは、ケアスタッフの認知症に対する知識と理解の向上、リスニングやコミュニケーション、共感など介護に必要なスキルの向上、回想法などについての知識・スキルの向上、クリエイティブでインタラクティブな手法を取り入れたトレーニングプログラムと、認知症ケアにおける美術館や博物館の価値についての理解向上です。そしてその先には、認知症の方たちの豊かな毎日がある、ということを目指している。
こちらも研究機関と連携し、効果検証も行っています。



映像「ハウス・オブ・メモリーズ」日本語字幕付き




事例4:「STOROKESTRA」音楽によるリハビリ



ロンドンを拠点にするロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラは、「STOROKESTRA」というプロジェクトを立ち上げています。オーケストラによる、麻痺患者のための音楽を利用したリハビリテーションプログラムです。

リハビリセンターとパートナーシップを組んで、グループで参加し、音づくりを通して回復を目指すという、リハビリテーションの一助になるような音楽プログラムです。
これは、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラが、イングランド北部のハル市のコンサートホールと関係を持ったことからスタートしたプログラムです。ハル市民と新たに関わるにあたり、コンサートで素晴らしい音楽を届けるのはもちろんですが、自分たちの持っている教育的プログラムやスキルを提供して役に立ちたいと考えました。そこでハル市役所に課題をヒアリングしたところ、麻痺の方が多くその医療コストが非常に大きいと聞き、始めたプロジェクトです。
音楽家と医療関係者がリサーチをして、麻痺のある方にどういう効果があるのか、何がいいのかを検証し、その後パイロットプログラムを6か月間やりました。6か月で、50人の患者と介護者、ケアスタッフと家族が参加し、4回セッションをしました。医療スタッフにもセッションをし、最後に発表という流れです。


プログラムの参加者や介護者にどのような効果があったか、効果検証を行ったところ、麻痺患者の機能回復につながる効果が見られたほか、やる気や自信の向上も見られたそうです。さらに、介護の方のQOLの向上も見られ、患者との関係が好転した、スタッフのやる気が出た、という効果もありました。
https://www.rpo.co.uk/rporesound/strokestra


事例5:「アルパニーで会いましょう」プロによる一番の音を


今度はロンドンの中心部から少し離れた地域の事例です。この地域では、ひとり暮らしの高齢者の孤立が課題の一つとなっているそうです。そこでアルパニーという劇場と、エンテレキー・アーツという団体が共同で、高齢者に対して、居場所や関係性をつくるプロジェクトを展開しています。



「アルパニーで会いましょう」というプロジェクトは、毎週水曜日の午前中にアルパニー劇場を開放し、地域の高齢者を対象に、アーティストと共に様々なプロジェクトを行っています。
ある参加者からは、旦那さんを亡くし生きる気力もなかったけれど、来てみたら人に会える、名前で呼んでもらえる、新しいことにチャレンジできる。新しい人生を生き直している気がする、自分はまだ価値があるんだと思わせてくれる、そんな声がありました。高齢になるほど自分には価値がないと感じ、自己肯定感がなくなる場合も多く見られますが、こうしたプログラムに参加することにより、人との新たなつながりが生まれ、まだできることがあると思えるそうです。


事例6:「ヘイデイズ」自ら選ぶことで変わっていく



こちらはウェストヨークシャーで行われている、認知症にやさしい街づくり、劇場づくりの事例「ヘイデイズ」です。毎週木曜日に劇場を開き、みんなで集まってさまざまなプログラムを実施しています。
参加者からは、認知症の母と一緒にすることができた、母の違う面が見えた、人生の最後に豊かな時間を過ごすことができた、という声がありました。
こうしたアートプロジェクトは、参加者が主体的に参加し、自ら選択する機会を与えます。それまで受動的だったものが、自分で選択をする、自分でオーナーシップをとる、ひいては自分がリードしていくことによって、人が変わっていく。高齢になるほど、体が弱まるほど、限度を決めてしまうけれど、そこを乗り越える機会にもなると思います。


アートの効果・目標を明確に


2017年には、こうしたアートによる健康と人々のWellbeingの効果について、超党派の議員グループ(APPGAHW)がレポート「Creative-Health : the-Arts-for-Health-and-Wellbeing」を出しました。これは高齢者だけではなくて精神障害や子どもといった医療・社会福祉分野におけるアートの効果などについてまとめたレポートです。
次のサイトから閲覧、ダウンロードができます。
https://www.culturehealthandwellbeing.org.uk/appg-inquiry/


その中でいろいろなデータも掲載されています。例えば、音楽プログラムに参加した認知症患者の67%は興奮状態が軽減され、薬の量が減ったなど。こうした多くのデータを可視化し提唱するとともに、提言も出しています。具体的には、いわゆるアートや福祉、健康、医療といった政策をバラバラに推進するのではなくて、それらを横串にさすような政策立案も大事だということ。それと、まだまだエビデンスが少ないので、その集積と領域を超えたリサーチが非常に大事だということが書かれています。
また、英国では病院の査定のシステムがあるのですが、その中で、アートをプログラムに入れているかどうかも、指標のひとつに入ってきているようです。さらに、人々の健康に対する文化芸術の効果について、リサーチを行いエビデンスを集積することの重要性も説かれています。



本日ご紹介した、英国の文化芸術団体による高齢者のための取り組みなどは、私たちブリティッシュ・カウンシルのWebサイトでも紹介しているので、ご興味がある方はご覧ください。
https://www.britishcouncil.jp/


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