事例紹介

アートと医療・福祉施設の空間デザイン

吉岡 恭子

株式会社アートココ 代表取締役

もくじ


私は建築の中にアートを使って環境をつくるという分野のアートプロデューサーをしています。担当する物件は、総合病院、子ども病院、精神科などの医療施設や、庁舎や図書館、文化施設、再開発、マンション、商業施設などで公共の空間にアートを取り入れていく仕事です。アートココの「ココ」は「心」。アートを通して心をサポートする、心をつないでいく、ということを大切に日々の仕事をしています。

本記事は、2018年8月22日に開催された「第7回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座」のレポートです。

「心のトーン」を上げる環境づくり


病院のアート<ホスピタルアート>を最近では目にすることが多くなりました。今日は外来・検査エリア・病棟など病院建築のなかに、アートを使って環境を創る仕事を通して、日々大切にしているマネジメントのお話をしたいと思います。

エントランス空間や大きなホスピタルストリートにはシンボル的役割として、また総合受付などにはおもてなしの意味合いを込め、待合など時間を過ごす場には癒しの役割として、アートを入れていきます。特に病院からの希望が多いのは、子どもや女性のエリア、緩和ケアなどですね。年齢や性別、体の状態など、限られた方が利用される場所に、診療スタッフの皆様とのコミュニケーションを通して、患者さんにとって心地の良い空間とはどんなものかを考えながら計画していきます。アートワークが記憶に残りやすいという特徴を活かして、サインの代わりに、もしくはサインに追加してアートを取り入れていくことも増えてきました。分かりにくい空間にアートを入れることで分かりやすさをプラスしていくという役割を持たせています。これをウェイファインディングアートと言い、人を導く、迷いにくくする、という役割をしっかり持たせて入れていくアートです。


医療施設の環境づくりの関わるコミュニケーション

さて、この様な作業を通し、「心のトーンを上げる環境づくり」がアートココの使命だと思い仕事をしています。病院は様々な身体の症状と心の状態の方がいますが、そういう方々に対して何をプラスしたら気持ちが上がるのか・・・例えば、子どもたちに対しては明るく楽しい空間や、心が尖ったり不安になりがちな場所には、それを少しでも和らげることを考えたり、外出できない方々に対しては、アートを通して外と繋がっている感覚や、一人じゃないよ、という気持ちにさせてくれるようなものも含めて、心のトーンを少しでも上げていく環境づくりを大切にしています。


多種多様な方々とのコミュニケーション


私たちの仕事は病院のなかのアートワーク制作全般に関わります。提案・運営・調整・管理・現場で設置するまでの全て。言ってみればアートに関係するものは基本的に担当者が一人でやっていくということです。具体的には、営業から始まり、企画提案、予算管理、スケジュールの組み立て、より空間に馴染んだ状態で設置するために設計サイドとも調整します。例えば壁紙、照明はどうするか、といった内容で印象が大きく変わるため、実際には多くの方々の専門的な提案や調整を頂きながら空間を創っていきます。では、どの様なコミュニケーションかというと、関係は二つあり、一つ目は作家(アーティスト)とのコミュニケーションです。物件毎のコンセプト、希望する雰囲気や素材など様々な要素を考え、作家に制作を依頼し、作品について打ち合わせを行います。

二つ目は建築側(施主・設計・施工)とのコミュニケーションで、施主が医療施設の場合は病院の準備室、建築課、施設課、企画課が担当することが多いです。また、建築に合わせてアートを計画しますので、設計者とのコミュニケーションは非常に重要になります。施工会社との調整は、現場での作業に於けるスケジュールや設置方法の打ち合わせの他、契約先となる場合は価格交渉などもしていきます。

病院の場合、実際には関係者がもう少し多くなります。例えば施主として、院長先生、理事長先生が施設の長としての意見を述べられることがあり、小児科や周産期、産婦人科、緩和ケア、放射線治療のエリアなどではドクターやスタッフの方々が打ち合わせに参加し、希望を述べられることも多いです。

病院という地域に密着した施設柄、他との差別化という意味も含め地域性をアートに反映させてほしいという希望に応えていくことも増えてきました。病院は、施設を利用する患者さんや付き添いで来られる方も含め、年齢や性別も関係なく、健康な方から治療を受けている方、そして命が生まれて命が亡くなるまでの、本当に幅広い方々が利用されるので、非常に細やかなシミュレーションをしていくことになります。

このように異なる立場と様々な価値観があって、感性も違う多種多様な方々とのコミュニケーションを繰り返し積み重ねながら空間を創っていきます。


事例1「共に」をコンセプトにした中東遠総合医療センター


次に、事例を見ていただきながらお話しします。

中東遠総合医療センターは、静岡県の掛川市と袋井市、二つの市の市民病院を日本で初めて市を跨いで一つに統合した総合病院です。「二つが一つに」ということでアートワークは「共に」をコンセプトに掲げました。


計画を立てるときはまだ建物は建っていません。実在しないものに対して提案するので打ち合わせの基になるのは図面です。図面から、アートをどこに入れたら効果的か、意味のあるものとなるかを関係者の方々とシミュレーションしていきます。


大きな病院にアートを入れていく場合、まずは問題点となるところをクローズアップし、効果があるところにアートを入れていくことが大切です。例えばこの物件では「エントランスの壁の威圧感をなくしたい」「メインストリートはより印象的に」「小児科には楽しいものを」「健診センターは空間のグレードを上げたい」「放射線は緊張している患者さんに癒しを」など。効果的だと思われる場所を、病院全体を通してピックアップし、各関係者の方々とコミュニケーションをしながら、アートを使ってどう実現していくかを考えていきます。

患者さんは風除室から病院に入ります。入口真正面の壁には、風と共にふわりと中に誘う白い木のレリーフを設置しました。色を着けたり、大きなものを置くことはあえてせず、風と共に、患者さんと共に中に誘うようなイメージです。


一般病棟のエレベーターホールです。もとは、棚に小さなオブジェを提案してほしいという話からスタートしましたが、実際には何を目的にそうしたいのかを確認していく作業から始めました。そうすると本来の希望は、エレベーター正面のガラスから見える向こう側の建物の裏側を目隠ししたい、ということが1つ。でも光はたくさん取り入れたい、これが2つ目。そして3つ目に、同じ造りとなっている5階から8階の階層別ができると良い、以上の3点がアートに求められたものであることが分かりました。


そこで、各階にテーマを作り、それに沿った色とデザインで格子状のガラスのパーテーションを提案。コストを抑えるためにアートはデザインガラスのみで、それ以外はイメージのものを建築で製作してもらいました。建築とアートを通して、光と色に包まれる印象的な空間になったと思っています。


産婦人科、小児科がある4階の光庭のフロア。ここは当初予定がなかったため、予算をかけずにできることを考えていきました。先程のガラス作家に、アトリエに使うあてのないガラスはありませんか、と相談してみます。それをいっぱい集め、子どもたちのために並べていきたいと。ガラスを並べているだけですが、子どもの目線から見ると、いろいろな色ガラスがキラキラ光って、宝石箱をひっくり返したような空間が広がっています。


マネジメント その1 強みを活かす


私はアートの仕事をしていますが、美術系の大学を出たわけではなく、美術の勉強を専門的にしたこともありません。こういった環境、空間デザインの仕事がしたいという、それだけの気持ちで25歳の時にこの世界に飛び込み、30歳の時に事務所を立ち上げました。


25の時、採用して頂いた会社の関西事務所を立ち上げるスタッフとなりましたが、事務所には誰もおらず私一人。美術的な知識もなくて、さぁ何をしよう、という感じでした。教えてくれる人を求めて様々な分野の本を読んでいく中で、ドラッカーの本に巡り合い、この本を手に、マネジメントを自分なりに紐解いていく作業を始めました。最初に手にしたときは、難しすぎてさっぱりわかりません。何をどうしていこうかと、とりあえず手帳に書き留めたのが、これです。「マネジメントとは情報を知識に転換し、その知識を行動に具現化すること」。たった一行のこの意味を理解するために、自分なりに何をどうしていったらいいか探っていたのが20代です。まずは行動をしようということです。

情報というと今は手軽にネットなどから拾い集めることができますが、それは広くて浅いものが多かったりします。実際の情報は、そういったものを使いながら、自分の足で人に会いその人の感性を感じながら――私の場合はアートに関わる仕事なので、足を運んで作品を自分の目で見て何を感じるかというところも大事なことで、そういった情報を自分の身体と感性で拾い集めながら、どう知識に転換していくか。知識の部分は出会った方々の話や、そこから浮かんだアイデアなど、自分なりのエキスで混ぜ合わせ組み合わせ、かみ砕きながら考える・・それを持って、行動に移し、実現していくということを一つひとつ、小さいことからつなげていく作業を、今もコツコツと継続しているということです。

マネジメントの中で言われていることの一つとして、強みを活かす、ということがあります。自分の弱いところではなく、強いところにエネルギーを注ぐ。そうすることによって貢献する機会やチャンスが増えていくと捉えています。ではアートココの強みはというと、アートに役割や意味を持たせてそれを環境の中に使っていくこと。特に最近、地域性を取り入れてほしいという要望が出てくることが多く、その地域性をアートのスパイスとして取り入れるところも強みだと思っています。


スライド「地域性を取り入れる」

それは、地域ならではの良さをじっと観察し、いろんな人に会いながらその良さを更に見つけていく作業です。地域性とは、その地域に深く馴染んでいるもの・・文化や歴史、伝統や産業、自然・・などになるのですが、地域の方にとっては馴染み過ぎて新鮮さが感じにくいものになっている。でもそれって、すごく意味のあるものですよ、素敵なものですよ、ということを、ほんの少しの発想とミックスさせながら発信していきます。もともとあるものを活かして、何かを少しだけプラスしていくこと。それをどのように展開するかを考えて深めていくことが私たちの作業だと思っています。


事例2 地域性を取り入れた病院


奈良県総合医療センターの病院のアートワークは、奈良らしさを取り入れてほしいということでした。そこでアートのコンセプトは内装のそれと同じ「やまとうるわし」とし、アートを含めた内装全体がこのコンセプトの基に計画を進めていきました。アートに奈良らしさを入れるのは手段であって、目的はその環境をつくっていくことですので、地元の方々にとって、新しいけど懐かしい、穏やかだけれどちょっと心が躍るような、心に働きかける環境づくりを目的としました。奈良の方々が使うこの病院に、馴染み深さや地元の誇りであるものを環境の中に取り入れていくということです。目的と手段をはっきり認識しながら作業していくことになります。


これは小児病棟で、黒板仕様の壁紙を建築で貼っていただいた上にイラストを描いていきました。地元のイラストレーターにお願いし、奈良らしく大仏や五重塔を描いて頂きました。


マネジメント その2 ぶれない、何事も明確に


さてマネジメントについて、次に大事なことと思っているのは、何事も明確にしていくということです。あやふやなものから生まれるものはあやふやなものでしかなくて、その状態ではきちんと人に伝えることができません。何か意志を持って人に提案していくときには、伝える側がぶれない明確なものを持って伝えていくことが大切になります。問題点は何か、何が望まれ必要とされているか、ということを明確にしていく。それに対してこちらはどのように応えていくのかをはっきりと示していくことです。提案する側が詰め切れていないものは、人の心を動かしていくようなものにはつながらないと思っています。物事を明確にする習慣をつけることが大切です。


スライド

そして混同してしまいがちな目的と手段について。目的は何か、その為の手段は何か、手段が目的になっていないか。例えば、私の仕事であれば、その目的は人の心をサポートする、心のトーンを上げる環境をつくることで、アートを使った環境づくりというのはそれを実現するための手段であると捉えています。アートを環境に入れること自体が直接の目的ではないということです。実際に計画を立てる中で、役割を果たさないのではないか、という場所にはアートは入れる必要はないと思っています。目的と手段を常に自分に問いかける習慣をつけていくことも大切だと思います。


共有こそ、コミュニケーションの目的


私たちの仕事は、自分の中だけで完結してしまっては意味がなく、他の人と共有していく作業が必要です。そこではコミュニケーションの重要性というものが出てきます。皆さんそれぞれに、コミュニケーションってこんな感じというものがあると思いますが、私たちがしている仕事の面でのコミュニケーションは、様々な考えや積み重ねてきた経験を発信して情報として共有してもらったり、現在の計画に対する要望や知らなかったことを相手から教えてもらったり、そういうコミュニケーション。目的は共有することです。

コミュニケーションというのは最強のツールだと思っています。なぜなら、初対面の方と一つの仕事をするということは、それぞれ異なる感覚や認識があって、最初は合わないのが当たり前ですが、コミュニケーションを取ることで、少しずつ目指す方向や考え方を合わせていく作業ができるからです。


スライド「成果について考える」

自分の思いや企画を伝えていくということは、今、ここにないものを提案していくことになります。ここで大事なことは、伝える側が明確できちんと頭の中が整理されていて、且つ、ぶれないということです。一つの病院の中で、様々な場所に、様々な作家の方々と様々な作品を設置していきますが、コンセプトがしっかりあって、それに枝葉をつけて計画されたものは、必ずプランに統一感が生まれます。そしてなにより、それをきちんと言葉で説明できるというメリットがあります。言葉で説明ができると理解してもらえる。理解が広がると、周りがそれに興味を持ってくださると言う効果も出てきます。それは興味の種をあちこちに蒔いていくことができるということです。そうすることによって、結果的にいい意味で、どんどん人を巻き込んでいける。人を巻き込んでいくと言うことは、アートを楽しみにしてくださる方が増えるということです。


自分のスパイスを加えることの大切さ


さてマネジメントについて。最後は成果について考えたいと思います。

何をもって成果とするか。ドラッカーの本には「成果は必ず外部に存在する」と書かれています。仕事の成果は「クライアントの喜びこそ」というものですが、私の仕事に関しては、空間を利用する方々の喜びこそ真の価値証明ということで、そこに成果があると考えています。私たちが物件を手がけていくときに、熱い思いを込めて計画していきますが、実際にものが立ち上がるとその場から離れていかなければなりません。その作品や環境から手を放した後は、ここの空間を使うのは患者さんであり、スタッフさんであり、病院の皆様や地域の方々で、そういった皆様にアートを入れて良かった、と思ってもらえることが成果なのではないかと。その中で、最初にお話ししました、「情報を知識に変えていく」、そこに自分なりのスパイスを加えて、自分が存在することで完成するものを考えていくことが大切ではないかと思います。

私の仕事を通し、マネジメントについて考えることをお話しさせていただきました。
ありがとうございました。


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