第2回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 2018.07.11

公共施設とアートマネジメント

株式会社アールアンテル 代表取締役
田中 孝樹

もくじ


本記事は、2018年7月11日に開催された「第2回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座」のレポートです。

パブリックアートの仕事

「なぜパブリックアートの仕事をするようになったか」とよく聞かれます。私は学校でフランス語を学んでおり、留学をしたパリでたまたま美術の仕事に出会いました。パリで個展をされる日本のアーティストの簡単な通訳などのアルバイトでした。その仕事をオーガナイズしていた日本の会社が㈱現代彫刻センターで、帰国後に就職しました。現代彫刻センターが解散後は、㈱アールアンテルという会社を立ち上げて、今年で13年あまりになります。

現代彫刻センターでは美術商的な仕事と展覧会の企画、そしてパブリックアートのプロデュースをしました。ちょうど「まちに彫刻を」という動きが1980年代の半ばぐらいから起こってきました。彫刻といっても大事なのは、既製作品ではなくて、コミッション・ワーク(=発注作品)であるという点です。洋服のオーダーメイドとちょっと似たところがあります。これぐらいの予算で、いつまでに、この場所に良いアートワークをつくるという注文を受けてやっています。発注者は、自治体、企業、法人。デベロッパーの注文もけっこうありました。

アートプロジェクトには委員会形式が有効

仕事の流れは、まず作家と作品の選定です。候補作家・作品の提案・協議・説得、予算交渉などいろいろあります。お客様のリクエストやお話ししているうちに決まってくる方向性にある程度沿って、国内外のネットワークの中から具体的な作家を選ぶ。作品はまだ世の中にないわけですから、こういう作家さんにこういう系統のものを作ってもらったら、あるいはこの作家さんにアイデアを出してもらったら面白いんじゃないですか、という提案をします。

それから協議をするわけですが、誰でも意見が言えるのがアートの特殊性だと思います。性能とか数値的な判断基準はないわけです。好みの問題みたいに言われてしまうことが多いかもしれません。ということで、意見をまとめるのが時として非常に大変です。そこで委員会を作るのがいいと思い、ちょっと大きいプロジェクトでは委員会を作るご提案をしてきました。あとから何か言ってくる可能性のある関係者をすべて委員にする、もしくはあとから意見を言いにくくする。どういうことかと申しますと、委員会を作って議論を積み上げて、だいたいこれでいきましょうということになると、突然、偉い方から「天の声」が降りてきたりするんですね。「この作家を使ってもらえるとありがたいんだが…」と。その作家さんでうまくいかない場合、どうやってお断りするかというので、その自治体なり企業のご担当者がものすごく困ります。こういう場合、委員会は非常に効果がある。きちんとした議論を経て、それに従ったアート計画ができるということになります。アート選定委員会を初めて採用したのは、東京都丸の内ビルディングの建て替えのアート計画でした。極めて稀なことですが、進め方を含めてかなり早い段階から相談をしていただいて、最終的にはロンドン在住の建築家とパブリックアートの専門家、アメリカの有名な美術雑誌の編集者の3人を入れた委員会を作りました。



アート選定委員会の構成例


委員会の構成で特筆すべきは、日本最初のPFI病院である高知医療センターです。PFI (Private Finance Initiative)は、事業主体は医療法人あるいは県、市などになりますが、民間のお金と知恵をお借りしようという考え方です。イギリスのサッチャー首相が提唱した方式で、民間のお金で公共的なものをつくるというものです。PFI事業の事業主体であるSPC(Special Purpose Company)は非常に事業主が複雑で、オリックス、竹中工務店(施工業者としての竹中工務店ではなくて出資者として機能)、高知県、高知市で構成されていました。委員会の座長は当時の高知県美術館館長にお願いしました。地方都市では、大きな病院はなかなかつくれないけれどつくる必要がある。しかも、最新の医療設備を揃えた最新の運営でないと、患者はもちろん医者や看護師などが集まらない。それで困っているのです。高知の場合も、県と市が一緒に病院をつくることになったわけです。

兵庫県の山間部の北播磨総合医療センターも、隣接する小野市と三木市の2つの市が共同して病院をつくりました。そうすると、ここでもいろいろなことを決めることが大変だと容易に想像できます。私はアートワーク担当でしたので、座長を当時の国立国際美術館の館長にお願いして、そのほかに病院の関係者、設計、施工、SPCの方々を入れて委員会を作りました。



アートマネジメントの役割-コンサル・調整・監理・設置


アートマネジメントとはどんな仕事なのか。

1つめのコンサル業務の核は、良いアーティストをどれだけ具体的に知っているかという、作家さんのネットワークだと考えていただければいいと思います。日々いろいろな展覧会へ行ったり、存じ上げているアーティストからご紹介いただいたりすると、この人とは仕事をしたいなと思う人が必ずいるわけです。嗅覚も必要です。これは非常に大事で、ごく稀ですが、一緒に仕事をするとやりにくい作家さんがいます。そういう人を早期に嗅ぎ当てて避けて通ることも必要です。

2つめの仕事は調整業務(施主、設計、施工)です。建築関係以外の方はご存知ないかもしれませんが、建築の現場は責任範囲が非常にはっきりしています。例えば、壁にレリーフを付けるとします。付けた作品が落っこちないように、壁を補強しないといけない。壁に鉄骨が入っている場合もあるし、ただ石膏ボードがついている場合など、いろいろなケースがある。どのように補強をして、どういう形で取り付ければ安全かという考え方をどこが責任を持つか。施工は誰がやるか。多くの場合はゼネコンや設計者の方と協議をして決めていきます。工期の問題もあります。現場が他の仕事で忙しいときに、レリーフを付けるために補強をしてと急に言い出したりするとうまくいきませんから、そういうことがないようにしていきます。

3つめは作品制作の監理です。いつまでに完成して、いつまでに設置をすると契約をするわけですが、途中で経過報告をします。ここはちょっと普通の作品と違うのですが、実際にものを作ると、300キロでつくる予定が500キロになってしまったということがあります。こういう方法でやろうと思ったが、別の方法でやらざるを得ませんでしたということもあります。中間で報告していかないと、関係者のみなさんが心配されるわけです。そして設置するときには、大きな立体物ですと夜間作業になります。都市では何時頃設置するのか、クレーンをどこに置くか、道路占有許可を警察に出さなければいけないなど、細々したことがあります。そういう計画書を作って、警察に出します。


ミッドランドスクエアのアート計画


実例として、名古屋駅のミッドランドスクエアをご紹介します。施主はトヨタ自動車、東和不動産、毎日新聞社。設計は日建設計、施工は竹中工務店です。

僕はあまり営業が上手ではないのですが、トヨタが大きいビルをつくると聞いて、この仕事をやらなきゃいけない、やりたいと思って、アポもなく、「アートの仕事をやっているので、アートの仕事をさせてください」と言いにいったんです。そうしたら東和不動産の常務さんが会ってくれて、設計者に相談をしたらいいんじゃないかと言ってくれた。まだ設計者が公表されていない、かなり初期の段階です。たまたま設計者がよく知っている方でした。これは僕の仕事の歴史の中では非常にうれしい話です。

ここも委員会を作りました。みなさんの目に触れないところにも、かなり作品を置いていますが、いちばん目立つのはエントランスホールと南側の公開空地の作品です。

この写真はオフィス棟の1階です。素材は、前に建っていたトヨタと毎日新聞のビルの壁面に使われていた石です。すごくいい大理石で、かつ今はもう採れない。捨てるに捨てられないということで、資材置き場にあったのを発見して、「よし、これを使おう」と。作家さんを選び、仕上げの良さを見せる工芸的なものをつくりたいと思いました。


西洋美術史的に言うと、19世紀後半から20世紀にかけて、物をどう見るか、見えたものをどう表現するかということに行き詰り、いろいろな発展がありました。一つは、写実主義的な流れの延長で印象主義があります。朝見たらこう見えて、夕方見たらこう見えたというもの。自分の網膜に映ったその印象がリアリティだから、と視覚を通した現実を表現する。それが印象主義だとすると、見えるものにもこだわらないでというのが、キュビズムとかシュルレアリズムです。どんどんコンセプチュアルになってくる。いちばん大事なのはコンセプトですから、アートがアイデアになってくる。ものすごく乱暴なまとめ方ですが、西洋の美術はどんどんそうなっていった。日本の工芸というのはそんなことを考えず、きちっきちっと細かいところを丁寧につくる。ディテールで勝負、細部に神は宿ると。日本的な工芸と西洋的なアートはちょっと乖離しています。


トヨタはものづくりの会社です。ものづくりできちっとしたものを見せるアートの側面があってもいいなと思っていました。実はこれ、ものすごく作るのが大変です。以前のビルの壁面にあった大理石をきれいに研磨し直して、最大6枚の石が一つの点で出会います。(ちなみに、作品の長さは、天井の高さと同じです。ここまでは自由に入れますので、ご覧になって、天井の高さと比べてみてください。)

これがもう一つの南の広場の作品です。南の広場をなんとかしてほしいということでした。前はわりと雑然とした場所で、南の広場の力で将来的に周囲を変えていこうという夢を持っていたのです。またプリウスをすでに販売していたトヨタ自動車にとって、「エコ」はキーワードです。エコをスケール大きく解釈した作品、何か意味のあるものにできたらいいなということで、たほりつこさんという作家さんにお願いしました。


南の広場デザイン全体を仕事としてやらせてもらいました。ここは強調したいところですが、大球体上部が生の芝です。こういうものをつくるときには、ものすごい抵抗に合います。なぜか。みなさんおっしゃるんです。「メンテナンスフリーで頼む」と。作家さんがやりたいとおっしゃるので、僕は生の芝がいいと思って、最終的に「メンテナンスフリー、メンテナンスフリーとおっしゃるけれども、手入れをするという大事なことを忘れてはいけないのではないでしょうか。一生懸命気持ちを込めて手入れをするという精神が失われようとしています」と説得をしました。すると、「わかった」と。芝を張り替えるのにカセット方式で、数秒で取り替えられる仕組みを作りました。それから自動灌水装置も設置しています。私は気になって名古屋に来るたびに見に行くのですが、いつも完璧な状態です。トヨタってすごい会社だなと思いました。


大きい球があって、小さい球が2つあって、LEDの照明がつくのですが、他にいろいろ目に見えない仕掛けがあります。大きな球は焼きものです。瑞浪の大きな工場で焼きました。毎日新聞の古新聞を焼いた灰を調合して、黒灰、茶灰など釉薬の研究みたいなことをして、それで模様を描いたり、象嵌みたいに穴を開けて違う粘土を入れたりして模様を作りました。埋めてあるLEDの上には3㎝ぐらい隙間を作り、そこに青いガラスを入れて、青く光るようにしました。青いガラスは、トヨタの車体処理工場の粉々になったガラスです。誰も気がつかないですけど、こういうことをやって作品ができました。てっぺんの樹は生きたサカキです。神社っぽいでしょう。アニミズム的なもの、八百万神的なものと言っていいかもしれない。そういうものの思いが込められています。


アートワークというのは文字で説明できないからアートワークなので、何か感じていただければいいなと思います。宇宙的なスケールでエコロジーを考えようよと、「30億年のゼロ」という作品になりました。


東京都健康長寿医療センターのアート計画


医療施設にふさわしいもの・ふさわしくないもの

医療施設のアートについては、実は自分ではやるとは思っていなくて、「病院のアートって面白くないよね」と言っていました。今考えると非常に不遜でした。患者さんのことを何も考えていなくて、アートとして面白いかという視点しかなかった。その分、現場でずいぶんもまれたかなと思います。いろんな立場、見方があることがわかりました。

「委員会形式」は大きな病院だと必ずやろうとしています。医療施設の場合、コンセプトとは別に、こういうのはいけるかなと皆さんにご相談する必要があります。それぞれの主観でいろいろな捉え方がありますから、皆さんに見ていただいて、これだったらいいかなという「ふさわしいアートの議論」をしなければなりません。それから、医療施設の特殊性ももちろんあります。

私が今までにやった比較的大きな病院は、高知医療センター、愛育病院、東京都健康長寿医療センター、北播磨総合医療センター、富山県リハビリセンターです。今回は東京都健康長寿医療センターについて具体的にお話しします。

委員会はすごいメンバーが揃っていまして、まとまるのかなという感じでした。レベルの高い話し合いができて、結果的には良かったと思います。


ミッドランドスクエアのように、近代的な建物にサカキなんか良いよねという感覚を個人的には持っていまして、ここは「うさぎ」にしました。一つだけ台座がついているのは、車椅子でそばに来て頭をなでられるように。ウサギの頭をなでると病気が良くなるという都市伝説を作りたかったんですが、ちゃんとそうなりました。近代医学の象徴である病院におまじないはどうかというお考えもあろうかと思いますが、これは非常に評判がいいです。


絵についての議論では、視線を感じるものは怖いからやめてほしいと言われます。僕はだめと言われたらやりたくなるタイプで、子どもの視線でも怖いのかと、世界中の子どもの写真を撮影された非常に有名な方にお願いして、写真を構成していただきました。そこまで言うのならいいかということで、これはリハビリ室に置いてあります。ふさわしいもの、ふさわしくないものをいろいろ言っていただいて、ふさわしいものでラインナップを揃えなければならないわけですが、それだけだと面白くないので何か新しい提案をしたくなるんですね。


他にふさわしくないものは、食べ物です。食べられない人が食べたくなってしまう。それから、暗い、色がどぎつい、何の絵かわからない、昇天(死)をイメージさせるもの、そして渦巻きはある病気の方がご覧になるときついということで置いてはいけないと。私はまったくこういうことを知りませんでしたので、いろいろ教えていただいて、それを避けるようにしました。

ただ、暗いとかどぎつい、何の絵かわからないというのは、抽象的なものはいかがなものかということだと思いますが、このあたりはかなり主観的で判断が難しいので、ある程度具体的に「これはどうでしょうか」とご相談するしかありません。さらには、リハビリ、神経科など科目別にそれぞれニーズや許容範囲、考え方が違います。特に病院は粘り強く意思の疎通を図るしかありません。時間的なことも含めてかなり面倒なことですが、やらなくちゃいけないと僕は思っています。さらにここでは、必要に応じて対案、修正案を提示して、委員会で承認を取るということをやりました。その場合も、具体的にこれでどうですかという提示が必要です。

ふさわしいものは、和む・穏やか・優しい・柔らかい。わかりやすい=記憶しやすいもの、花・木・緑・自然…。これは全く知らなかったのですが、次亜塩素酸ナトリウムで掃除をして、作品が劣化したら困るよと言われました。さっそくいろいろ実験しまして、絶対に大丈夫な作品をお渡ししています。


伐らなくてはいけなかったケヤキの木を作品に


病院を新築するにあたって、どうしても大きなケヤキを伐らなくてはいけませんでした。その木を作品の一部にしたレリーフを十何点つくってもらいました。いろいろな木と組み合わせて作品を作っていますが、この作家はそのケヤキだけは色を塗らなかった。すばらしいアイデアだと思いました。よくこれだけいろんなパターンができたなと、その作家性に非常に感服しています。でき上がった作品は、みなさんに絶賛いただいています。


私は病院に限らず、新品の時が一番きれいで、5年10年経つと劣化して美しくなくなるようなモニュメントはやめています。30年、50年経って初めてそれを見た人が、「ああ、良いんじゃない」と思えるものをやりたいと思っています。今、すごくかっこよくても5年経ったらあきられるものではいけない。パブリックアートを仕事の中心としてやっている自分なりの発想だと思っています。

これが原案と実際の作品です(45-48)。嬉しいのは、「予想よりずっと良かった」と言ってもらうことです。



北播磨総合医療センターのアートワーク


北播磨総合医療センターの、天窓からさんさんと陽の光が一日中当たる贅沢な空間です。影がおもしろい抽象の作品を作ってほしいということで、予算が潤沢ではないのですごく困りましたが、こういうものを作る作家さんを見つけました。影がヘビのように一日中動きます。とてもおもしろい効果が出ました。

デイルームです。病院は明るい絵がいいと言われていますが、落ち着いた深みのある絵もいいじゃないかと。

ボランティアさんに協力していただける作品ができないかと思って、ボランティアさんにガラス瓶をたくさん集めてもらい、それを輪切りにして、コンクリートみたいなのに埋めて、きれいに磨いて模様にするという作品です。ボランティアさんにもたいへん評判が良かったです。


これは絵本作家の小笠原まきさんにお願いをして、現場で直接絵を描いてもらいました。廊下にも小さなオブジェをいっぱいつくってもらって、小児病棟を一つの物語で構成してみました。


めざすパブリックアートは「お地蔵さん」


プロジェクトに取り掛かる前提として、たとえば病院ではボランティアや看護師さんなど現場の声を反映させて、関係者すべてを巻き込むことが大切です。若干時間はかかるけれど、十分議論をするということが大事です。それが、設置後の作品への関心を高めます。「あの作品は私たちが選んだのよ」と、患者さんにお勧めしてくださったら嬉しいですよね。


それでも、やはり何かが足りないと思うわけです。精神性、自然が実感されるもの、身体が同調するもの、ふと手を合わせたくなるもの。こういうものが病院に限らず、モニュメント全体にほしいと思います。ミッドランドスクエアのサカキの作品をご紹介しましたが、私の好みと同時に、社会にとって必要なものじゃないかと思っています。それをみなさんに覚えて帰っていただくために、象徴的にお地蔵さんを提案します。


お地蔵さんは所有者が不明、みんなのものです。公園のベンチが壊れると区役所に電話をしませんか。しかしお地蔵さんが倒れると、自分で直す。お地蔵さんが寒そうだと服を着せる。これがパブリックアートの根本だと僕は思っています。愛着を持って、世話をする。傷つくと、自分が痛みを感じる。存在も様態も批評の対象ではない。モノとしてのお地蔵さんは、年を経るに従って「古色」という雰囲気が出てきます。お地蔵さん、いいじゃないですか。100年後のお地蔵さんを残していきたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。


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