第8回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 2018.08.29

学生によるヘルスケア・アート

名古屋市立大学芸術工学部 教授
鈴木 賢一

もくじ


本記事は、2018年8月29日に開催された「第8回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座」のレポートです。

1. 専門は建築計画学(子どもの環境デザイン)


私の所属する名古屋市立大学芸術工学部は22年前にできました。その時に、何か地域に貢献できることはないかと、「ヘルスケア・アート」に取り組むことになりました。今日はそのあたりのことをお話ししたいと思います。

「ヘルスケア・アート」というテーマに取り組んでいるので、「先生は芸術家ですか?」とよく言われますが、ぼく自身は建築学科を出たエンジニアです。一級建築士の資格を持ち、一時期は民間で設計をしていたことがあります。



教員としては、「子どもと環境デザイン」というテーマを掲げていて、今日お話しする「子どもの療養環境」、それから「小中学校の計画設計」も一生懸命にやっています。瀬戸市でつくっている大規模な小中一貫校のお手伝いをしたり、学校づくりのために岡山に学生さんたちとワークショップをやりに行ったりということもやっています。

大学生のみなさんはいろいろな興味を持って建築を学ぶわけですが、もっと早い時期から建築のことを知っているともう少しいろいろなチャレンジができるのにという思いもあって、子どもたちに建築を教える「子どもの建築学習」もやっております。また、各地でいろいろな「まちづくり」をしていますが、その中でも大人ではなく子どもをターゲットにして「こどものまちづくり」にも取り組んでいます。

私は建物を設計するときに、できるだけ「人の心に寄り添うデザイン」、「利用者中心のデザイン」をしたいと思っていますが、「学生によるヘルスケア・アート」はそのことに貢献すると強く思っています。

学生というのは、つまり「若モン/よそモン/馬鹿モン」。この言葉は、まちづくりをやっている方はよく聞かれると思いますが、まちづくりの中で意外にキーマンになるのが、地元にどっぷりつかった人やお年寄りではなくて、若い人。それからよそから来た連中。それから馬鹿なことを考えているというか、予備知識のない人なんです。そういうことを良い資質として考えたらいいのではないかと思います。


2.「ヘルスケア・アート」の最初の活動


「ヘルスケア・アート」に取り組む最初の活動は、あいち小児保健医療総合センターという子ども専門病院をつくるプロジェクトの動きの中に入れていただいたことです。当時、子どもの専門病院はどうあるべきかを、「そもそも」というところからきちんと議論しましょうと、大勢の方が集まっていました。

通常、病院の設計をするときは、医療コンサルタントの方にかなりのスペックを作っていただいて、それから設計者が設計をすることが多いわけです。看護師や患者さんの意見を直接聞けることが、あるようでない。そうすると、自分の経験の中でしかわからないということになる。子どものための病院というときに、その辺も含めて考えましょうと、大勢の方が集まって議論を重ねました。

そこで、「子どものことを考えているのは自分だけと信じていた」と小児科のお医者さんがおっしゃいました。小児科のお医者さんは、子どもの生命のために一生懸命にやられていてすごいと思うのですが、「自分だけが」という思いの中に入り込んでいたわけです。たくさんの人が寄って話すことで、「なんだ、子どものことをみんながいろいろ考えてくれているんだ」と、開放感のようなものがあったようです。


どんな方が集まったかというと、図の左が医療者、右がデザイナー・設計者。なかでもとても重要な役割を果たしたと思うのが、真ん中にあるチャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)です。これはアメリカの職能で、患者さんと医療者の間に入って、医療行為がスムーズに行くように、患者さんが気持ちよく治療を受けられるようにする役割を果たしています。それから、養護の先生。医療者ではありませんが、子どものことをよく知っていて、気持ちを代弁できる人たちが入ることで、非常に理解が進みました。

いて、気持ちを代弁できる人たちが入ることで、非常に理解が進みました。
実は、病院建築は僕自身ずっと避けてきました。機械のように冷たい感じがする、人間の暖かさを感じる建物と違うという直感があって、タッチできなかったんですけれど、この時にいろんなことを勉強させてもらいました。


3. 病院建築とはどのような環境か


そもそも「病院建築という環境」はどんなものか。僕はずっと学校建築をやってきましたが、学校と病院はベースとして、制度に基づく非常に硬い建物だということです。

学校や病院が嫌いな人たちは、面白みがない・つまらない・工夫がない・遊び心がない・殺風景、さらには「工場みたい」とか、「刑務所のような…」と最悪な言い方をします(笑)。それは、そういう部分を内包しているところがあるからです。

健康回復のために病院に行くのだけれど、そこで病気になってしまう人もいると聞きました。「施設症候群」とか「施設病」という名前が付いているそうです。直接は知りませんけれど、そういう症状の人たちがいる。環境がそうさせているのか、病院や学校にいる人間がそうさせているのか。病院では、本来そうあるべきではないことが起こっているということに気がついたわけです。


よくよく病院の中を見てみると、日常生活では見られない空間、人物、物が本当にたくさんあります。

学生時代、北大の脳外科手術室を見たことがあります。看護師さんたちの動線調査のために行ったのですが、そこに置いてある物といったら、キラキラピカピカチカチカの、ノコギリやトンカチみたいなすごい道具。ここにはとても入りたくないという物ばかり。多くの医療機器のコード類が束になって絡まったような手術室の様子は、医療者にとっては日常でも、患者にとってはちょっと辛い場所です。

こういったいわゆる施設である―日本語の「施設」はちょっとマイナーなイメージを持っているところもありますが―病院や学校は、利用者から見ると、例えば空間としては、非常に大きい、複雑だ、あるいはプライバシーが欠如している。時間割があってそれに従わねばならない。ルールがある。言葉が指示、命令、禁止で、こうあらねばならぬという上から目線の教育的なところがどうしても多くなる。従順な良い患者や良い生徒を演じなければならない場面も時々出てくる。どうしてもストレスフルなものを持っている空間であり人間関係だと強く思うわけです。


4. 小児の療養環境としての病院


特に小児の療養環境は、1週間や2週間ならともかく、1か月も2か月も、ひょっとしたら1年もということになってくると、本当に小さな空間の中でご飯を食べ、勉強もし、遊ぶ、テレビも見る、すべての生活をここでする。これは、病院関係者の方にはたいへん失礼ですが、地獄のような、そういう側面があります。

この写真は神戸のチャイルド・ケモハウスという病院と住宅の中間的施設で、そこの人たちがお金を集めるときにHPにアップしたものです。現実ではなくモデルで作ったものですが、こんなに悲惨な状況だというのをリアルに問題提起しています。ベッドの隣では付添いのお母さんが非常に狭い空間で生活しているという状況です。


あいち小児保健医療総合センターの議論の中で教えてもらった文献では、海外のある人が、特に子どもを不安にする病院の特徴というのを研究されていました。

身体に痛いことをされる、両親と別れざるを得ない場面がある、見たこともない物・知らない物・びっくりするような物がたくさんある、これをしちゃいけないと行動が制限される、わがままな状況ができなくなる・自分の自律性を喪失する。子どもにとって病院は、そういうところ。病院で助けていただいているので、この事ばかり強調してはいけないと思いますが、ある意味ではそういう部分を持っているということだと思います。


5. 名古屋大学医学部付属病院小児病棟


1)病棟全体を一つの違う空間にする―ストーリー性のある環境計画


そういう議論を重ねている2000年に名古屋大学医学部附属病院の新病棟が建ちあがりました。国立の最先端の大学ですので、いろんなことを考えて先端的な病棟を建ち上げられたと思います。


これが小児外科病棟の廊下です。みんなで見学に行ったら学生が、「先生、最新の病棟というけれど、あれは倉庫にしか思えない」と(笑)。当時の学生さんたちは一人も入院の経験がなかったので、言いたい放題でした。

すると師長さんが、「鈴木先生、どう思いますか?」という問いかけをされたんです。建ちあがったばかりだけれど、何とかしてほしいという希望がありました。僕も入院経験が一回もないので、病院で子どもたちが何を考えているかがキャッチできない。そこで思いついたのが、カメラを子どもたちに渡して、病棟の中で「好きなところ」と「嫌いなところ」を撮ってきてもらうことでした。言葉では表現できないので、そういう作業をしたのです。



これは「好きなところ」。プレイルーム、ナースステーション―看護師さん大好きという子どもがたくさんいました。ピングーの置物、テレビが見える、鶴舞公園がすごく良いと。「子どもなのにジジクサイな」と思っていました(笑)。


「嫌いなところ」は処置室。痛いところは絶対にイヤ。でも、看護師さんがいろんなことを考えて工夫されていると思うのですが、そこにはピングーの絵が掛かっていたりする。上の写真の右は吸入器。あれがないと大変な子もいますが、見るからに不細工。プレイルームの段差。スタンドが引かかってプレイルームに行けない。そして、靴を脱ぎなさいというルール。靴なんて脱いでられるかということですね。そういうようなことを子どもたちからキャッチして、「さあ、どうしようか」というわけです。


これが小児病棟。いわゆる三角病棟というもので、真ん中にナースステーションがあって、その周辺に病室が並んでいます。


その時に、別の研究目的で海外の学校を見学しに行っていて、ピンと来たのがマイクロ・ソサエティ・スクールです。アメリカは自由にいろんな学校をつくっています。ここは、学校の中にFreedom Square という広場があって、銀行や裁判所―要するに社会に必要な施設がそこにあって、通貨を流通させている。社会生活を勉強しながら学ぶという学校でした。


出典『Designing the World's Best Children's Hospitals: The Future Of Healing Environments,Images,』2006.01

一方で、アメリカの病院はとんでもないことになっている(笑)。ディズニーランドと同じというか、いったいこの発想はどうなっているんだと思うくらい、子どもたちに対してこれでもかこれでもかと色彩や形でファンタジーを提供している。


そういうのが頭の中にありまして、名大病院でも、あの病棟を一つの違う空間にできないかと考えました。

学生さんと議論を重ねながら到達したのが、病棟全体を森の中の村と見立てて、ストーリー性のある環境計画ができないだろうかということ。もう一つは、非常に人工的な環境なので、季節感のある雰囲気にできないだろうかということでした。


2) 子どもたちが元気になって帰っていく森の中の村―小児外科病棟


そうすると学生さんのすごいところで、「先生、わたしマンガが好きだし、いくらでも描ける」と。彼女がすらすらと描いたのは、廊下を「小枝通り」とか「せせらぎ通り」とかいう道に見立てて、ここは村だということで、病室一つひとつに村人が住んでいるというシチュエーションでした。師長さんには村長さんになってもらおうと師長さんに言ったら、「明日から村長です」と乗ってくれました。子どもたちはこの村に来て元気になって帰っていくんだというストーリーです。


それで、こうなりました。我々がやったのは、病室の入口に屋根型のものを付けただけです。ペンキは塗っちゃいけないということだったので、嫌になったら元に戻しますからと、発泡スチロールに色を塗って屋根瓦まで一枚一枚作って、それを両面テープで貼りました。

そうしたら子どもたちにものすごく受けまして、照明を明るくしたわけじゃないんですが、看護師さんたちも「明るくなった。すごくいい」と驚いて。


「こんなことでいいなら、いくらでもやりますよ」ということで、ちょっと図に乗った部分もありますが(笑)、まず自然がないので「木を入れよう」と。

村長さんに相談したら、木のような不潔なものはダメとおっしゃいました。「ゴシゴシ洗うからだめですか」「それならよろしい」ということで、雑木林から木を採ってきてこういうことをしました。竹を入れたり。これが受けるんですよ。「すごくいい」と言ってくれるんです。「ホッとする」って。


それから、これです。「玉ねぎ婦人」や「トマト坊主」たち。学生の一人が「キャラクターを入れたい。野菜をキャラクターにする」と。僕はまっさきに「ダメ! 野菜なんかキャラクターにしたら子どもは嫌がるし、そんなものダメに決まっとるだろう」と言ったんですが、彼女はガンとして受け付けずに、「先生、絶対に良い。絶対これで行ける。ピーマンなんて最高だと思う」と言うわけです。それだけ言うならやってみるかと。年齢も彼女の方が患者さんたちに近いわけだし。

そうしたら、これが受けるんですね。どうして受けるのか、僕は今だにわかりません(笑)。


読売新聞 2000年6月6日

こうなってくると、今までの処置室と全く違う。赤ちゃんはわかっているかどうかわかりませんけれど(笑)、少なくともこの大人はめちゃくちゃ喜んでいます。みんなが嫌いだった処置室に、いろいろなキャラクターがいる。天井からはピーマンが覗いてオーイとやっている状況です。ここも絵で描いてはいけないと言われて、取り外しのできるようにしました。

これも、そんなに受けるということが信じられませんでした。建築仲間からは、「鈴木先生、あなた、子どもみたいな絵を描いて、いったい何をしようとしているんですか」という問い合わせもいくつか受けました。


3)ちょっとお洒落な街「ちゃいるど・E・たうん」―小児内科病棟


こうして小児外科病棟は華々しくデビューしましたが、エレベーターホールの反対に小児内科があります。小児内科の師長さんは「子どもだましみたいな空間は良くない。ああいうやり方はあまり良くないんじゃないですか」と、はっきりおっしゃいました。

僕もそれを押し通してやるつもりもないのですが、子どもたちが内科から毎日毎日外科の方に来て、ガラスに鼻をくっつけて見ているわけです(笑)。「外科は良い、外科は良い」と言って。その状況を見て内科の師長さんはついに折れて、「鈴木先生、なんかやって」(笑)。

そら来たかと思って、「じゃあ村長さんですよ」と言ったら、「町長がやりたい」と(笑)。それで、こちらは「ちゃいるど・E・たうん」というちょっとお洒落な街にしました。お店があって、後は全く同じやり方です。



みんなでパン屋さんやケーキ屋さんなどのお店を作って、ここで子どもたちが楽しく過ごすというストーリーです。これもペインティングではなく、カッティングシートを貼って、取り外せるようにしました。1か月くらいで取り外すつもりでいたのですが、取り外したら怒られそうな雰囲気なので、そのまま放置してありました。「これは良い、これは良い」とみんなが言ってくれるのです。


新聞記事

開村式みたいなものもやりました。マスコミのみなさんも「面白い」と、たくさん取り上げてくれました。


6. あいち小児保健医療総合センター


―テーマ「どんぐり君とマロンちゃんの冒険の旅」


それで、あいち小児保健医療総合センターの話に戻るわけですが、鈴木研究室ではデザインや施工の一部に参加しました。先の名古屋大学の試みが実験になって、「これは行ける」とみなさんが思われたんですね。


勢いに乗って、ここでは「どんぐり君とマロンちゃんの冒険の旅」というテーマを作って、それをモチーフにデザインしていこうということになりました。

地階から3階まであります。地階が川と海、1階が大地、2階が森、3階が空という設定をして、それぞれにふさわしい色をベースカラーとしました。これはわかりやすさとか、病院全体がそういう空間になっているということをビジュアルで伝える、非常にいいツールになったと思います。


アトリウムはちょっとした家型の造形で、ここは医療情報を提供したり、電話ボックスがあったりする空間です。家具も少し色目のあるものを入れています。ランドセルを背負っているのは、ここからお隣の大府養護学校に通っている子どもたちです。


真っ白な壁がたくさんあります。設計の段階で窓をちょっとレトロな感じにして、絵を後から描いています。これはプロの方の絵です。


小児病棟の入口には、病棟を見守ってくれる優しい木のおじいさんがいます。


何度も聞かされた話があります。子どもたちはベッドでいつも天井を見ています。天井には、ジプトーンという穴の空いた素材が張ってあります。その穴が蛆虫に見える。「蛆虫がおなかに落ちてきて僕を食べちゃう」と言う子どもが時々いるというわけです。そんなネガティブな気持ちになるのは良くないですから、その頃から天井のことをよく考えるようになりました。天井がデザインされてないよねと。これはよく議論しました。写真は処置室です。



手術室の電灯に色をつけました。また大型の検査機器には、イタリアで歴史的建造物のドームの天井画の補修をしていたという人にお願いして―丸いところに絵を描くノウハウがあるので―絵を描いてもらいました。


15年後の2016年にあいち小児保健医療総合センターは、救急棟が増築されました。ここでも、我々はまた駆り出されました。


集中治療室です。こういう緊急度の高い空間をどうするかというのをずいぶん議論しました。手術室の扉にも、「どんぐり君とマロンちゃんの冒険の旅」というテーマの延長で、ストーリーをそのまま絵にしました。検査機器にもシールを貼って。


外来の一部は芸術工学部の学生さんたちでやりました。設計者と学生さんが医療スタッフに、こんな絵を描くけれど良いだろうかと説明している場面です。


ゴーサインをもらっていよいよ現場に入って、ヘルメットをかぶって絵を描いています。
そのような大きな病院をお手伝いして、その後もいくつか、「あのようにやってください」というお誘いがあり、何度かやりました。


7. 名古屋市立大学病院小児科病棟のアート


―テーマ「宇宙」


そうこうしているうちに名古屋市立大学病院の病棟が建ちあがってきます。
当時の小児科の先生から「名市大の小児科病棟のフロアが子どもの世界となるように手伝ってもらえませんか」とお話があり、「それなら、何とかうちの大学で良いものができないだろうか」と参加することにしました。

17階建の病棟で、9階ワンフロアが小児科病棟です。そこを別世界にしてほしいという希望で、宇宙をテーマにしようと話が進みました。何年も病棟の中にいて空を見たことがない子たちがいると聞いて、きれいな空を見せてあげたいなと。宇宙を飛んでいる間に気持ちが元気になっていく、そんなストーリーができないだろうかと考えました。


ご覧のとおり、かなりきつい色で仕上げています。今となってはもう少し淡い色がよかったかなという思いはありますが、当時は僕の中ではまさか、こういうところまで実現できないだろうと勝手に思っていました。どうせ何か言われてがっかりする結果になるんじゃないか、それならば思いっきり描いてやれと、赤や黄や青をつけました。

担当者は良いと言ってくれましたが、絶対に教授会では通らないよなと思っていました。しかし、「子どものための環境をつくります」という言葉だけで上手に通していただいたようです。絵は見せないで(笑)。言葉だけで通ったおかげで、これができた時にはみなさんが驚いた。「これだったか!」ということなんです(笑)。


もう建設も始まっていましたし、たいへんだったと思いますが、現場の方々が非常に協力的でした。病院の建設現場は暗いです。なぜかというと、決め事がたくさんあって、誰が責任をもって決断してやっていくかということがむずかしい。山積みの問題にぶち当たってみんな暗い顔をしているんですが、この話だけは、青や赤の色が使える、光が使える、面白いじゃないか、子どももそれで楽しんでくれるだろうということで、乗ってやってくれた気がします。


星空を作ろうと、エレベーターホールの上に光ファイバーで星座を一つずつ3分ピッチで映して、最後に流れ星が流れるというものを作りました。やはり芸術工学部の学生さんが、「星座なら私に任せてください」と、一晩でプロットを描いてくれました。


これは架空の動物で、おかぺんぎん、カルカルー、うみもぐらといったキャラクターが子どもたちを病棟の中で守ってくれる。そんなストーリーです。


ご覧のとおり扉に色を付け、まさか病棟にバナーはないだろうと言われましたが、バナーを付けました。「点滴スタンドがあるから高さは調節してくださいよ」と、何度も何度も言われながらやっていました。


壁の風船の絵は、「風船は飛んで行っちゃうからダメじゃないか」という方がいました。「……飛んでいったら素敵ですよね」って(笑)。ドアの色も、今まで病院にない色だ、赤い色は血の色だからダメだとか。とても難しいなと何度も思いました。風に揺れる洗濯物の絵を描きたいと言った学生に対して、ナースのある方が、「それはダメ。お家に帰って洗濯物を取り込まなくちゃという思いになるから」とか。いろんな場面があったような気がします。


プレイルームです。子どもたちはとても遊びたがります。


ナースステーションの柱も、ただの柱ではなくて、意味のある柱で、意味のある場所にしていく。おかげで、今いろんなものがペタペタ貼られて、この柱はとても愛されています。他のフロアで、ナースステーションの前のいちばん目線を効かせなければならないところにこんな大きな柱を立てて非常識だと言われるのとは、大きな違いがあります。


ピクトグラムという形で、子ども向けのサインを考えました。病院に行っていただくとよくわかりますが、病院には聞いたことのない名前やドクロマークがあったりして、怖かったり不安になったりするものが多いのですけれども、こういうものにすることで、雰囲気が柔らかくなります。ただ他にないサインですので、慎重にやらないと間違えたりしてたいへんです。けれども、あるわかったエリアの中であれば可能だと思います。



ICUは「カンガルーケア」をもじって、「カルガルー」というキャラクターを作って壁にいくつか貼ってみました。我々がここに入れた時は美術館のようにきれいだったのが、ご覧のとおり医療機器がいっぱいで。シーリングペンダントを緑にして、森の中で子どもたちがすやすや寝ているイメージができないかとずっと考えていたのですが、それは実現しませんでした。緑にするだけでずいぶん違うのに残念だなあと思っていました。
このように少しアートを入れていますが、これはもう少しトータルで一度考えなければと思っています。


9階の小児のところが賑やかにやっていったので、電車の中で時々一緒になる放射線科の技師の方が、「レントゲン室は小児科のようにならないですか」と。レントゲンの狭い部屋を嫌がる患者さんがたくさんいて、なかなかスムーズにいかないということでした。空間の中に広がりが出るようにという思いで絵を描いてもらいました。これも非常に評判が良かったようで、「この部屋でレントゲンを撮ってほしいと言う方がいますよ」と教えてもらいました。



その2年くらい後に、小児科の外来をちょっと勢いに乗ってやりたい放題ですが(笑)、こんな調子で名市大病院の病棟をアートで飾りました。


8. 利用者による環境評価



そういったことを利用者はどう感じておられるかを調べたことがあります。


「小児病棟における壁面装飾の印象と効果に関する研究」2008年3月
・実施場所 名古屋市立大学病院新病棟 小児関連病棟
・実施期間 2005年2~4月
・アンケート総数:130(内訳 医師25名、看護師54名、付添い51名)

小児の患者、付添いの方、ナース、ドクターにアンケートをお願いしました。患者さんの年齢は、この病院の場合はほぼ半分が3歳までです。入院期間は1週間以内から3か月以上と非常に幅が広い。ですから、短期で帰っていく子たちのためのアートと長期間いる子たちのアートってどうなんだろうと、この時考えました。



「宇宙というテーマを掲げていますが、知ってますか」という問いかけをしたときに、子どもたちがあまり知らないんです。これは自分にとっては驚きで、子どもにとってテーマなんてどうでもいいんだと思いました。子どもたちが喜ぶのは、ポイントポイントで面白いものがあるかどうかだけで、そこにストーリーがあるかないかは大人のように関心を持って見てないというのがわかりました。



「デザインによる効果」は、「不安が軽減される」「患者さんが明るくなる」ということ。一方で、「スタッフが明るくなる」というのも聞きました。僕は「患者のため」というのは考えていましたが、このころから「スタッフのため」というのも考えないといけないと考え始めました。


これは、このころ博士過程で勉強していた学生さんがまとめてくれたものです。アートの役割というのは、患者さんの不安をそのまま受け止めてくれるというのが一つある。それから不安を紛らわせてくれる、そらせてくれる。平常心を取り戻す。後ろからそっと応援してくれる。そういった意味合いがあるんじゃないかということをまとめました。



マネジメントの話に少し振りむけますと、別の機会に病院に対してアンケートをさせていただいて、100の病院から回答をいただきました。


「病院におけるアートの導入と運用に関する研究」2014年9月
・全国400床以上の総合病院の施設課長宛て500 アンケート用紙を郵送し、100 病院より回答を得た。


「アートを導入していますか。」7割くらいは導入している。「活用の方針はありますか。」3分の1くらいはある。「支援する部署はありますか。」というのも3分の1くらい。それほど多くないなという感じです。アートではなく「療養環境全体を改善する委員会」は、4割くらいが「あります」とおっしゃっています。「アート作品の展示」は9割5分ですから、ほとんどの病院で何らかのアート作品を展示している。ただ「作品は全部展示しているか」というとそうではない。お蔵入りしている作品もたくさんあって、困っているということもわかりました。


「イベントはどうですか」というと、この程度しか行っていない。「コンサート」になると9割くらい。割と普通にやっているようです。

「アートコーディネーターがいる」のは6病院だけでした。「必要ですか?」という問いについて。これはちょっとショックだったのですが、「とても必要」、「必要」という回答が2割弱で、あとは「必要ない」、「あまり必要ない」、「わからない」。たぶんアートコーディネーターの意味がまだよく呑み込めていないのかなという気もしています。

「予算はありますか」。「あります」というのは16%。「金額はわからない」というのがこれだけありますから、多分きちんと予算化されていないか、あっても10万~30万円くらいかなと思います。

ということで、アートのための組織的な体制が整っているとは思えないということです。



2000年に名古屋大学からスタートして、毎年2つ3つお話をいただきました。名大病院や名市大病院の先生方があちこちに行かれるので、名大のように、あるいは名市大のようにやってくださいとお話をいただきました。自慢じゃないですが、断ったことは一度もありません。30幾つの病院をコツコツやってきていますが、これも学生さんがやってくださったからだと感謝しています。



どういった施設から依頼されたのかなと思って今回見てみたら、やはり新築の際に依頼が来ています。地域としては名古屋市が多い。病院としては、総合病院がいちばん多くて、それから大学病院、地域のクリニックもあります。変わったところでは、保健所とか障がい者の施設。こういうところも需要があるということです。


だれから依頼されたか。お医者さんから直接依頼を受けることが多かったです。設計者から話をされることもあります。ただ設計者は必ずお施主さんの合意を取って話をしてきているはずですから、設計者単独ではないだろうと思います。

どういうタイミングでお話が来るかというと、新築で、そろそろ扉の色や壁紙の種類を決めなくちゃいけないというときに、インテリアでこういうことをやっているのだったらもう少し話が広がらないかということで、お話をしていただくことが多いです。

それははっきり言って実は手遅れで(笑)、もっと早い段階でやらなければいけない。建物が建ち始めていて、1か月後に扉の色を決めなくてはならない時に我々が行って話をしても、本質的な議論はできない。でもこれが現実ですから、何とか一生懸命やろうと思っていますけれど。こういうことがもう少し皆さんの中に普及してくると、早い段階からやろうということになるんじゃないかと思います。


どの部門の整備を依頼されたかというと、外来をやってくださいという場合が多いです。病棟も時々ありますが、好き嫌いが生じるといけないからと少し躊躇されることが多いようです。


9. 名古屋第二赤十字病院(八事日赤)の小児外来アート


―医療スタッフと一緒につくる


八事日赤が大きく改修された時に、学生さんが手伝ってくれて、小児外来にアートを取り入れました。ここは看護師さんがこういうストーリーでやってほしいという強い希望を持っていらして、かなり楽ちんでした。お猿さんが木の実を見つけて、それを動物たちが育てていくというストーリーです。


他でどういうストーリーを立てたか整理してみました。全部小児科ですから、子どもたちのためのテーマについては森とか自然とか動物とかが多いです。我々から提案している部分もありますが、医療スタッフのみなさんとのやり取りの中で決めていますから、みなさんこういう雰囲気のものを欲しがっているのだと感じます。



それを受けて学生さんからデザインを提案してもらって、パソコンでつくることが多いのですが、模型に立ち上げて提案しています。この時は、家具もふさわしいものをということで、家具も一緒に提案しました。



学生さんたちに説明会をして、現場に入って行きます。この時は3日間でやりました。提示された条件がそれでしたので。その時の合言葉は「みんなでホスピタろう」でした。


プロジェクターで壁面にデザイン画を映して、それをトレースしながら描くということをやっています。多くの学生さんが入るので、色や形の調整はリーダーがきちんとやってくれます。



遠巻きに見ていた看護師さんやお医者さんも一筆入れたいということで、こちらも「ぜひどうぞ」ということで一緒にやりました。


最終的にはこういう絵本にストーリーをまとめました。


10. 大活躍するキャラクターたち


さきほどキャラクターの話をしましたが、いま、山口県にある岩国医療センターというところでは、学生さんの考えた「イワクニペンギン」が大活躍しています。名市大でも、おかぺんぎん、カルガルー、うみもぐらといったキャラクターがいろいろな場面で活躍しています。富山でやったコエル君も名刺の中に入り込んで活躍してくれます。

小児科のためにやっていたのですが、病院全体のキャラクターにしたいということもありまして、キャラクターが病院のブランディングの一つになっている。看護師さんの募集の時にこれが強力に効く、ということも聞きました。なぜか、キャラクターがあると若い看護師さんが興味を示してくれるそうです。


11. 医療と療養の環境デザイン


いろいろなことをやってきて考えるのは、一つは生きるか死ぬかという急性期の場面のアートの話と、ちょっと見通しが立って回復してきている場面とでは、アートの役割も当然違ってくるということです。あいち小児保健医療総合センターでは、「救急の場所にアートなんて必要なの?」という疑問もありましたが、これについてはスタッフのみなさんから強く「それは要ります」「大事です」と言われました。

医療的な部分が強い場面と療養的な部分が強い場面では、どのようにアートの役割に意味を持たせるか、どういった図柄を使うかということも含めて、少し整理が必要かと思っています。


インテリアの構成と役割としては、療養環境のベースとしての雰囲気をつくる建築と、家具のように後から入ってくるもの、そしてアートの拡張的なものですが、装飾的なもの―看護師さんや患者さんが自分たちのもので環境を飾りつけていく―を、だれがどう決めていくか、バランスよくやるかという話が一つ。もう一つは、サインとか掲示が病院の中にはとてもたくさんあって、これが雰囲気を作っています。これも何か一貫性のあるルールの中に入るといいなと思っています。

今日は話ができませんでしたが、プロジェクションマッピングとか映像の世界はすごく発達してきていますので、映像で癒しを喚起する方法がこれから増えてくるのではないかと思っています。イギリスの視察でも、そういったテクノアートというか、情報的なものを使ったデザインが増えています。

12. ヘルスケア・アートへの期待


アートに期待したいことは、最初にお話ししたような病院の持っている効率、特殊、無機、閉鎖、基準といった硬いキーワードから、ゆるやかな遊び、日常、有機、開放、固有のものといった方向の要素を取り入れることです。医療の邪魔になってはいけませんが、そういう方法論を考えていくべきかと思います。


病院に入るととても不安になるのは、知らないことが多いからです。知っていることが多いと、不安感は消えます。アートはこの不安感を失くしてくれます。

それから病院に入ると主体性がなくなるというか、自主的になれなくなるわけですが、それはやりたいことをやらせてくれないからで、やりたいことが増えれば増えるほど主体的になる。やらされることが多くなればなるほど主体的でなくなっていく。
知っていることを増やしていく、やりたいという選択肢や場面を作るところにアートは入り込めるのではないかと思っています。



病院は、人にやさしい環境にしたいと思います。声なき人たちにやさしい環境になるといいということ。そして自然にすっと入ってくる雰囲気の環境がいい。さらには感情移入ができる環境。機能的なスペースではなく、意味のある場所、スペースにしていかないといけないのではないかと考えます。


長いことやってきて、実現していないのですが、僕としてはやりたいのは3つ。

一つは「泣いて叫べる部屋」。屋上で泣いて叫んでいる方がいると先日聞きましたが、こういう部屋がどこかにあると皆さんすっきりするのではないか。サンドバックがあってもいいんです。それから、「お医者さんの来ない部屋」(笑)。お医者さんの言うことはそれはそれでちゃんと聞くので、来ない部屋があるといい。最後は「神頼み」。キリスト教系の病院ではチャーチがありますが、特に公立の病院だと宗教色のあるものは絶対にダメですね。しかし、皆さんどこかで拝んでいると思います

病院にこういった場面があってもいいのではないかと思っています。


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