第5回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 2019.08.08

参加型アートを取り入れた医療環境デザイン

島津環境グラフィックス 代表取締役、アートディレクター
島津 勝弘

もくじ


本記事は、2019年8月8日に開催された「2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第5回」のレポートです。

私はアートが専門というわけではなく、基本デザイナーです。たくさんのデザインのカテゴリーの仕事をしていますが、そのうち7割くらい医療の現場の仕事をしています。
実は旅のデザインをすることが大好きで、あまり知られていない情報を組み込むことで、旅がより面白く楽しくなるような提案をしたり、街づくり系のデザインなども行っています。


楽しく参加できるデザインの仕掛け


私は地域や施設での参加型のデザインをお手伝いしています。こちらは富山の街づくりの事例で、この「ワクワク、ドキドキ!」というテーマは、富山の風景や食べ物、人などを切り取って、そのドキドキなアメージングを持ち帰ってくださいというキャンペーンで、このようなフレームのモニュメントをつくったのですが、旅の途中で老夫婦が記念撮影をしたり、地元の高校生が写真を撮るために行列をつくったりと、とても楽しんでいただけました。


つぎに高校生を巻き込んだアートイベントを行いました。市民1000人くらいに参加してもらって、街のメインのモールに設置するバナーをつくったら面白いんじゃないかと。
市内各所で、2日間のワークショップを開催して切り絵をしてもらい、あなたの切り絵がバナーのどこかに必ず仕込まれます、という仕掛けをしました。デザインは地元のデザイン科の高校生にお願いして、50パターンくらいつくってもらいました。さらにクリアファイルもつくって、イベントに参加すると自分の切り絵が入ったデザインのクリアファイルがもらえるというしくみです。イベント当日は切り絵をした1000人とそのご家族をはじめ、たくさんの方に楽しんでいただけました。
こうした参加型もひとつのアートでもあるし、私はデザインという表現をしていますが、参加して良かったと思ってもらえる仕掛けが、デザインには大切と考えています。


子どもたちの記憶に残るデザイン


子どもたちの空間に、デザインを仕掛けることも行っています。
福井県の山のなかにある全校生徒200人くらいの小さな小学校の取組みで、小学校ではじめてグッドデザイン賞をいただいた事例です。全校生徒に地元の好きなものを描いてもらった切り絵アートをセットした事例ですが、子どもたちが描いたクレヨンの原画は一切いじってなくて、色をつけてトリミングしただけです。子どもたちの記憶に残る、自慢のできる小学校をつくってあげようと取り組みました。


ランチルームの窓

講堂の入口


ランチルームの窓(左)と講堂の入口(右)です。自分たちの描いた絵が、自分たちの小学校のこんなでっかいアートになっています。
校内のアートには子どもたちのクレヨンの原画しか使っていないので、ここにはデザイナーはいないし、アーティストもいない。かかったお金も、フィルムを貼る程度くらいです。


校庭の時計


校庭の時計。お金がないので、12人の精鋭メンバーたちに好きな色で1から12を描いてもらって、それを市販の時計の周りに、フィルムで貼っている程度ですが、それでも記憶に残る小学校には出来ると思います。

私は0円でも空間をつくれるのではと思って、こうした参加型アートをお手伝いしています。デザインは世の中や社会に役に立つことが大事なので、役に立って、そのうえで意識のなかへ浸透する。何か良いよね、心地良いよねというデザインの仕掛け、楽しくなる仕掛けが出来れば良いのかと。


アートの前に医療現場の貼り紙をゼロに


さて。医療現場の話になりますが、アート以前に重要なのは医療の現場における情報改善です。情報改善とは簡単に言うと、貼り紙のない病院をつくるということです。医療の現場は、竣工して3か月もすると貼り紙だらけになってしまいます。
私は毎週のように、各プロジェクトの師長会や看護師ミーティングなどで、スタッフステーションの情報改善をどうするか話をしています。デザイナーが病院の看護師さんとミーティングするなんて通常考えられないのですが、そこに入り込まないと使いやすい医療現場にはならないと思っています。


これは移転新築前の春日部市立病院の写真ですが、30年40年経っていた病院なので、どこも貼り紙だらけです。そこで新築移転の際に、貼り紙をゼロにして徹底的にきれいにしました。


これは1年検査のときに撮った写真ですが、とにかくきれいに使っていただいている。カウンターにバインダーくらいは置いてありますが、外来空間で貼り紙のない空間となりました。
通常、市民病院に県立病院や大学病院から視察に来るということは考えられないのですが、ここにはたくさんの病院関係者が視察に来て、みなさんびっくりされていました。なぜこんなに情報がないのですかと。


中待合、これも1年経った状態です。貼り紙は一切ない。外来待合いの天井は当時、初めてグレーにするという事例でしたが、完成すると静かな空間になって、評価をいただくことが多くなりました。
情報をコントロールするという事と、ダークな色の使い方によっては空間が静かになるという事例です。


これはスタッフステーションですが、カウンターも情報もない空間となっています。病院関係者の方が視察に来られて、みなさんどうやって動いているのですかと驚かれますが、カウンターがないので、なんとなく床の色を目安に、患者さんや家族の方とやりとりされています。
働き方改革ではないですが、情報をコントロールすることで、みんなが働きやすくなるのです。たくさんの貼り紙が作業の無駄につながっていたことが色々と見えて来ました。



2018年11月に竣工した帯広厚生病院も、以前は同じようにあらゆるところに貼り紙がありました。



この病院では貼り紙を100%近くデザインしています。基本は貼り紙ゼロにするのですが、掲示が必要な10%くらいは戻していて、その戻す10%を徹底的にデザインしています。
ポスター類は一切貼らず、すべて一度写真を撮ってデータ化し、モニターにスクロール表示しています。
受付には細かい文字情報は一切なく、大きな分かりやすいマップと数字だけで誘導しています。何番に行ってから何番にもどってくるというように、非常にシンプルで分かりやすい番地をつけています。


掲示物も徹底的に減らして、たとえば中待合の掲示物なども、スタート時は全てデザインしており、開院後は病院側でデータコントロールしてもらう。担当医表も、使っているのはA3の紙4枚です。この中ですべてデータコントロールして、紙にプリントして入れ替えるだけで、先生がひとり変わっても簡単に差し替えられるしくみになっています。


病院にストーリーのある参加型アートを


医療の現場には、地域の美術協会やいろいろな作家さんから、無料で絵画や彫刻を寄贈されるアートがものすごく多い現状があります。それをどうしたらいいかと問い合わせをいただいて、それなら何かストーリーをつくって、今回このようなストーリーで病院全体のアート計画を考えているのでとお断りいただき、このような医療の現場の参加型アートを展開しています。



病院ではじめて実施したアートプロジェクトは、福岡市立こども病院です。隣にある小中一貫校の1000人の子どもたちに、ワークショップで切り絵やアートをつくってもらいました。お題は学年ごとに変えて、「成長の森」というストーリーで、成長していく森を病院のなかに作ろうと。森を作る切り絵は、子どもたちが切ってくれた原画をそのまま使いました。


病院からは、あまり子どもっぽくならないようにと、キャラクターなどかわいいイメージでなくて良いですという意向があったのと、アートを取って付けたようにしたくなかったので、メッセージ性のあるものを建築と一体で考え、1000人の子どもたちの切り絵をストーリーで展開し、段々と奥にいくほど、木が大きく成長していくストーリーとしました。



病棟は中学生に「街」をテーマに福岡の街を切ってもらって、思い思いの「家」をテーマにひとり一病室を担当してもらいました。



受付にはグリーンカラーを使っていますが、それ以外はこども病院のイメージを抑えて、シックな色合いとしています。


これから子どもたちが成長して、いつか親になって、お見舞いに来たり、もしかしたら自分の子どもがこの病院に通うことになるかもしれない。そのときに、そういえば自分が担当した部屋はどうなっているかなと見に行ったりして、このデザインの授業に取り組んだことを記憶に残してもらえたら良いのかと、あるいは将来、この病院で働くドクターや看護師になりたいと目指してくれる子がいたら、この参加型アートをした意味があると思っています。



見学会の様子です。その日に原画を戻して、原画を持ちながら自分の切り絵を見つけてもらいました。一番楽しんでおられたのは、学校の先生方でした(笑)。
1000人の子どもたちの切り絵が、重篤な病気の子どもたちをサポートする。参加してくれた子どもたちの笑顔が、5年後10年後20年後につながればというのが私の目標でもあります。


アートをコミュニケーションのツールに



兵庫県立こども病院では病院長から、全スタッフ参加型のアートが出来ないだろうかと依頼をいただきました。病院に関わるたくさんのスタッフと院内学級の子どもたちも加わって、アートワークをしてもらいました。テーマパークのような建築にしたいということで、先ほどのこども病院とは違いカラフルな仕上がりになっています。



一番大きな蝶は新人のナースが作ったものです。切ってもらった時はみんな同じA4くらいの大きさですが、レイアウトはデザインでコントロールしているので、新人ナースのがこんなに大きくなったりして、それはそれで面白いかなと。こうしたアートを病院内でのコミュニケーションに使ってもらって、スタッフのモチベーションが上がればいいと思っています。


色を変えても費用は変わらないので、バックヤード階段の裏に色をつけてみたり。みなさんが気づかないところをデザインでお手伝いしています。


これは千葉県の松戸市総合医療センターです。となりにマンモス中学校があるということで、工事期間中の在校生1200人に参加してもらいました。


中学校の美術部のみなさんに、病院に近い「21世紀の森」をテーマに考えてもらって、エスカレーターホールの吹き抜けに、切り絵で大樹の森をつくりました。


松戸はネギの産地なので、ネギのアートをしたいと美術部から提案があって、いろいろなネギ畑を各ブロックの壁に展開しています。1200人に、ひとり1本ずつネギの色を塗ってもらったのですが、白っぽいものから、真っ黒に塗る子なんかもいました。それを全て使いネギ畑のようにレイアウトして並べています。見学会では、市の関係者や病院の方からどこの作家さんですか?と聞かれ、中学生ですと答えたらびっくりされていました。
中学生が塗ったものでもプロのアート作家が作ったように、展開することは出来るので、黒に塗ったやんちゃな中学生でも、俺のここにあるやんと、記憶の隅に残してくれたら、参加してもらった意味があると思っています。


地域の魅力、歴史を取り入れる


山口県 光市立光総合病院


2019年春に竣工した山口県光市の光市立光総合病院です。どの病院も年に1度病院フェアのような催しを開催されますが、そのフェアに来られた市民や患者さんたちに、ワークショップに参加していただきました。


光市なので、病院スタッフの意見から「光のキラキラ」をテーマにしましょうと。キラキラのイメージに和紙を染色してもらいました。メインは吹き抜け空間にアート展開し、天窓から入る光がキラキラと反射するように設置しています。


病室、検査室、すべての部屋に参加者一人ひとりのアートをセットしました。染めた和紙をスキャンしたデータをサイン工事の範囲で出力して貼っているので、コスト的には0円です。参加してもらうのも0円と、室名アートに関しては追加のコストはかかっていません。


栃木県 芳賀赤十字病院


2019年3月に竣工した芳賀赤十字病院です。ここは益子焼と真岡木綿の産地でもあるので、外来エリアでは真岡木綿をアート展開する計画としましたが、さすがに木綿を織るのは難しいので、糸をいろいろな色に染める体験をしてもらって、それを地元の織り子さんに織ってもらいました。赤十字病院なので近づくと十字の模様が見えるように織ってあります。



受付に(赤い部分)、織ってもらった真岡木綿を布団張りして、さわれるようになっています。外来エリアでは、赤十字カラーの赤のアート展開とし、検査エリアは青のアート展開としています。


病棟フロアでは益子焼を展開していますが、益子焼の作家さんや陶芸教室の生徒さんなどにお願いして、300名以上の方々に参加いただき、形のルールだけはフロアごとに決めて、釉薬は自由として、各部屋に一人ひとりの益子焼のアートをセットしています。


北海道 帯広厚生病院


さきほど情報改善のご紹介をした、帯広厚生病院です。ここでは新しいシンボルマークを作って、9つのブロックカラーで「十勝パレット」というテーマでアートやデザインを展開しています。移転する敷地にあった白樺の並木を工事の関係で伐採することになり、その白樺をぜひ使って欲しい、そして記憶に残るような病院にしてほしいと依頼をいただきました。


その伐採した白樺を加工して、病院のスタッフや、厚生病院なのでJA関係の方にアート作業に参加してもらって、吹き抜けにアートワークを展開しました。



十勝では日本の主要な豆を生産しているということで、その豆を使ってアート展開をしました。農家さんの作品でもある豆を、クリアケースに入れただけですが、豆は腐らないのでこのまま何十年でも問題はなく、豆のケースにはコンセプトシートをつけて、テーマごとにかたちの違うケースに入れて、豆をアートとして仕上げました。竣工式では、豆がこんなアートになるのかと、十勝らしいアートだということで、とても喜んでいただけました。


各エレベーターホールにはモニターを設置し、掲示物やポスターなどを全てスキャンしてスクロール表示しており、多くのポスター類を掲示しない手法としています。



これも白樺の部材を使っているのですが、みなさん、何これ……?と近づいてみると、日付と体重とアルファベット1文字が書いてある。これは工事期間1年間にこの病院で生まれた、1096人の赤ちゃんの記念プレートです。お母さんに色を選んでもらっています。写真はお子さんのプレートを3か月検診で見つけて、「あ、ここだ」と見つけられたご夫婦。おじいちゃんおばあちゃんがお孫さんのプレートを見に病院に来て写真を撮ったり。いろいろな人がここで立ち止まって見られています。
私たちも、何となく気づいてもらえるだろうと思ってデザインしていますが、このアートはとても評判が良かったです。後から出産されたお母さん方が、もうここに載せてもらえないのですかと残念がられていたそうです。


入院患者さんも、地域の人も、スタッフも、みんなが笑顔に


こうした参加型アートを展開することで、患者さんやスタッフ、地域の方がみんな笑顔になったり、みんなで参加してこの病院のために何かしようとか、働いていて元気になるとか、静かな空間のアートのなかで本を読んでいたらとても癒されましたとか、何かその空間で、私たちが仕掛けたことに対して心が和んでくれたら、それで良いと思っています。
たとえば、この病院がすごく良いと聞いて訪ねてきた人がいて、そこで農家さんが農産物を売っていて、こういう野菜を食べるとからだに良いですよといわれて食べたら体調が良くなりましたとか、そうした何か医療にかかわる仕掛けがあれば、地域の方ともつながっていくのではないかと思います。

私は、アートとかデザインという言葉の隔たりはあまり関係ないと思っていて、社会に人に、地域に、何か価値を見い出すことに対して、有効に最低限のお金が使われればそれで良いと思っています。
それと、アート以前にやらなければいけないことがあるのではないかと。どんなにきれいなアートをつけても貼り紙だらけになってしまう病院をそのままにしていたら、ぜったいにアートは生きない。
まず貼り紙のない病院をつくる、そのうえで、みなさんが評価出来るようなアートを考え、きれいですねと言われるような空間になって、みんなが共感してくれたら、それで黒子の仕事として成立するかなと。
今までこうだったから、病院は大変だからこんな状態であたり前でしょという方もいますが、例えばスタッフステーションはキッチンだと考えています。家のキッチンなら調理道具を自分の好きなところに置いても良いですが、みんなが使うので、同じルールで決まったところに置いてあるほうが絶対に働きやすい。フロアごとに表示も道具の置き場も整理整頓の仕方も違っていたら、その度師長さんに聞かないといけない。みんなが先読みして仕事が出来た方が楽じゃないですか。働きやすくなった上で、きれいにして色をつけて、みなさんが参加してくれたアートをつけたら、面白くないですかと。

デザインの発想の源泉はごく単純にヒアリングです。お医者さんが患者さんにするのと同じように、問診を徹底的にやれば、何をやれば良いかは見えてきます。病院でもいろいろな方々と問診をしながら、多くの情報を集めて、デザインというフィルターで不要なものを捨てて大事なものを残してあげるようなやり方を考えてます。その場にある限られたもので、その場に合ったものを作ってあげたい、と単純に思うだけです。

こんなかたちで、みんなが笑顔になるような病院が出来ればと思っています。


SUGGEST 関連ページ