第5回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 2018.08.01

高齢患者にとっての療養環境

名古屋市厚生院附属病院 看護部長
嶋田 英子

もくじ


本記事は、2018年8月1日に開催された「第8回 ヘルスケア・アートマネジメント連続講座」のレポートです。

厚生院は、福祉と医療の複合施設


厚生院は名東区勢子坊にある歴史の長い病院です。最初に申し上げたいのは、厚生院は、とても先進的なことをしているわけではなく、普通にやっております。ただその中でちょっと工夫をしているのと、施設が少し特徴的で、施設だけを運営されているところとは少しちがいます。名古屋市が運営しております。これは名古屋市厚生院の基本理念です。

名古屋市厚生院は入院及び入所されているすべての方々に対し、
人権を尊重し一人の人間としての尊厳をもって
毎日を送ることができる療養と生活環境を実現します。

病院が出来たのは大正15年だそうです。ただし途中で引越しをしていますので、最終的に現在のところに来たのは昭和57年です。「厚生院」という名前を使い始めたのは昭和37年で、最初は「救済院東山寮」という名称で瑞穂区蜜柑山にあったと聞いています。

厚生院は、福祉・医療の複合施設です。特別養護老人ホームと救護施設と附属病院、この三つの施設がひとつになって厚生院ということで運用しています。一つの施設のなかに、生活の場と療養の場があるということで、普通の病院ではなかなかできないことが厚生院では可能になるということです。

厚生院の入院患者さんの平均年齢は67.6歳、特養が82.9歳、一般病棟の方が78.2歳で、療養病棟が80.2歳です。救護施設は別として、ほとんど高齢者の方、100歳強の方もたくさんいらっしゃいます。


高齢者とは―― その特徴を理解してケアする。


スライドの一部


たくさんの高齢者の方とお会いするなかで、高齢者とは、その人だけの歴史を持っているということを非常に感じます。

例えば食べ物の好き嫌いについても、ご高齢の方は戦争という大変な時代を過ごしてこられ、好き嫌いの背後に過酷な理由を持つ方がおられます。ある入院患者さんは、病室から見える高速道路のオレンジ色の街路灯から、空襲を思い出され、「逃げろー」「あぶないぞ」と叫ばれたこともあります。すぐにカーテンを閉めて、「空襲警報は解除になりました。大丈夫ですよ」と言ったら、落ち着かれた。ご高齢の方たちは本当に厳しい時代を過ごしてこられたのです。私たちは、仕事をするうえで、そういうことを十分理解しないと、まちがった理解、接し方をしてしまうと戒めています。

歳をとっても元気な方はたくさんいらっしゃいますが、やはり今までできたことができなくなる。目や耳、運動機能、体の機能が徐々に落ちていく。それは逆らえないことです。他の人の助けを受けないと生活を維持できなくなってくる、その途上にある方たちです。若い方たちは病気をしても命に直結するというイメージはないと思うんですが、ご高齢の方には、やはり「死」がそばにあるんです。その辺は言葉にも気をつけます。

また高齢者の特徴として継続性と安定性を求め、大きな変化は好まないことが挙げられます。ですので入院は大きなストレスとなります。


高齢者とのコミュニケーション


高齢者の方のコミュニケーションの特徴は、反応に時間がかかるということです。ご高齢の方とお話しされると、なかなか返事が来ないことがありませんか。それは記憶力・情報処理能力の速度、新しいことへの適応力が低下しているためで、理解していないわけではありません。反応するまでに時間がかかってまだ結論に達していない状況を、私たちのリズムで返答を求めても、それは無理ということです。そういうことを考えず「わからないんだ」と判断するのは問題です。時間の余裕が必要です。


発表スライドの一部


視力は、文字の大きさだけでなく、色の識別能力が落ちてきます。特に青や紺の識別がむずかしくなるそうです。もしご高齢の方に文字を見ていただくときはコントラストに気をつけていただきたいです。耳についても、聴きたい音とその音の周りにある音を区別する能力が落ちる。だから私たちだと、騒がしい中でも話している人の音は聴こえるんですが、その区別がつかなくかってしまう。ご高齢の方とお話しするときは、話をする場の環境を考慮しないといけません。大きい声で話せばいいというものではないんです。


高齢者にとっての入院・入所



高齢者にとっての入院は、日常生活と大きくかけ離れた状況への適応プロセスとなります。治療を要する体の変化。日常とはまったくちがう病院という環境。病院では、常に近くに他人がいる。さらに消灯時間や起床時間など生活リズムが病院によって強要されてしまう、もう2重3重のストレスです。


それから高齢者の方には、人の助けを借りるからには、文句を言わない。我慢するという方が多くて、体を拭きに行っても「自分でやります」って。でもできない。迷惑をかけてはいけないということが前提になって、私たちのケアを遠慮される方も多いのが現実です。


厚生院ならではの工夫 その1 行事


当院には施設も病院もありますので、病院だけのところとはちがう部分をご紹介します。
施設は生活の場ですので、基本的にお家で生活していれば楽しまれるであろう行事・・花見、七夕、盆踊りやクリスマス、餅つき、そういった行事を毎月必ず入れるようにしています。ご高齢の方は、自分が若くて子育が大変だったけれど楽しかった時代に、こういう行事を大切にされてきた方が多く、喜ばれています。


春祭りは一番喜んでいただける行事で屋台も少し出ます。ひな祭りでは、自分が子どもの頃はこうだったと、職員とも会話が弾みます。行事をきっかけにいろんなお話ができることも、行事をする意味があると考えています。七夕会には近くの園児さんに来ていただきお遊戯を披露してもらいます。園児を見るご高齢の方の表情はすごく優しいです。園児のご家族にも来ていただいて、地域との交流にもなっています。春祭りや盆踊りなどではボランティアの方にも協力いただいています。


厚生院ならではの工夫 その2 創作活動


クラブ活動は、余暇の活用と趣味の拡大、生活意欲の向上を目的として講師を外部から招き、社会的交流の場とするということでやっています。作業療法による創作活動は、施設の方は医療保険の枠組みになるのでできません。病院側の方たちが作業療法をやっている横で、いっしょにやることはできます。非常にいい作品を皆さんつくっています。


例えば「書道クラブ」、皆さん頑張って書いています。作品を展示し、褒められたりするのが、とてもいい励みになっています。「陶芸クラブ」は、手を使い脳の機能を活性化する非常にいい活動です。年1回作品展があります。ある入所者の方はタイルアートに熱心に取り組まれていて、細かいタイルを張り付けて、一つの作品をつくります。非常に根気が必要ですが、ご高齢の方はすごく根気があります。縦が1m以上、横が1.5mの超大作もあり、これが入所者さんの作品だというと、訪れた人たちは本当に驚かれます。完成させるぞという目標をもって取り組むのは、気持ちも高ぶって頑張ることができるんです。こういう作品はたくさんあります。


園芸や畑づくりもやっています。植物というのは、種を植えて芽が出て花が咲いてと、明日を楽しみにできます。そして土に触れるのはとても喜ばれます。ただ病院の方は参加できません。スイカもつくりました。お世話は主にスタッフがやるのですが、入所者さんも見に行ったり、実がなっているかなとすごく楽しみにされています。


厚生院ならではの工夫 その3 安全性の確保


転倒・転落の防止です。自分が立てないことを認識できない患者さんもおられます。立つときナースコールが必要だということをご理解いただけない。ご高齢の方の骨折は、寝たきりになる危険性があるので、できるだけ避けなければなりません。どうしてもそういう行動が治まらない方には用心のためにマットを置いています。



こういうマットを使う時は必ずご家族に説明させていただいて許可をとりますが、ご本人さんはわかっていない。なので、マットを避けようとすることもあって、2枚敷いたりしてキリがありません。事故を起こさないようにご本人のためとは言いながら、行動制限になっているのは事実なので、こちらとしては矛盾を感じることもあります。


車椅子の方たちが間違って転落しないための工夫です。一見観葉植物を置いているように見せながら、車椅子で行けないように邪魔しています。

高齢者のなかには徘徊される方もいます。そういう方たちには、スリッパの後ろや靴の中に貼り付けると、病院の玄関マットと呼応してブザーが鳴るものがあるんです。ずっとついているわけにはいきません。病院の前は大きな道路です。交通事故にあう可能性もあります。そういう方たちの安全確保にこうした道具を使わせていただいています。マットは守衛さんがいるところに敷いてありまして、守衛さんにも顔写真を渡して、この方が通られたら声をかけてくださいとお願いしています。

道具を使わないと患者さんを守れないと言うのは、私たちの言い訳かもしれませんが、夜勤は3人で、患者さんが45人くらいみえます。徘徊される方が3~4人みえると、捜しに行くのも大変です。ですから、それを補ういろいろな道具を使っています。



厚生院ならではの工夫 その4 心と身体


プライバシーへの配慮


病院で個室なら別ですが、完全に一人になれるところはありません。完全に一人になるのは、安全面からも問題です。プライバシーを確保できる場をつくるのは病院としてむずかしく、申し訳ない気持ちもあります。


身体低下機能への配慮


お風呂の日は、看護師の数を通常の倍にします。30人~40人入れるときもありますので、そうしないと介助できないんです。非常に大変な仕事です。以前、お風呂があまり好きではない方がいらしたのですが、温泉なんかでよく使う「ゆ」って書かれた暖簾を入り口につけたら、その方がにこにこしてお風呂に行かれるんですよ。たぶん温泉に思い出があったんでしょうね。ただ暖簾をかけただけ。でもその暖簾が楽しい感情を呼んだ。そういうことがあるんです。


洗面の鏡が斜めになっているのがおわかりになるでしょうか。車椅子の方は低いので鏡が見えないんです。それで鏡を斜めにした。車椅子で顔を洗って、ちょっと上を向くと、斜めになっている鏡に自分の顔が映る。これは自慢ではないですよ、建物が古いからそういう工夫をして車椅子の対応をしたということです。

このように、基本的な生活がきちんとできるようにということで、取り組んでいます。


厚生院ならではの工夫 その5 安らぎを感じてもらうために


生花は病院によってはだめという所もあると思いますが、厚労省は生花がだめとは言っていません。確かに、過去に、お花を生けた水を調べたら、すごい菌がでてきたということで一斉に禁止になったんですが、厚労省は現行の法令では、医療機関への生花の持ち込みを制限していません。ご高齢の方が入院されると、お見舞いにお花という経験があって、けっこう喜ばれるんですね。緑は観葉植物を置いています。

これはお花の先生が生けてくださった花です。使った花材の名前も書いてあります。スタッフも非常に癒されます。やはり生花は色も鮮やかですし、香りもあったりするので、いいですね。

音楽はお風呂や、お昼の時間に流しているところもあります。ただそれぞれ好みがありますので、一つの曲で全員に受け入れられることはないです。

廊下の飾り付けは、患者さんの意見も反映しながら職員が行っています。これは救護施設の面談室の入り口に、夏なので、海の中を立体でつくった作品です。力作です。


七夕の飾り付けは、星がぶら下げてあります。車椅子の方に、届くか届かないかのところにある星をつかんでいただく。ふだん動かさない手を動かしてもらうために、スタッフは絶妙な高さだと力説していましたが、そういう工夫をしています。ただ見るだけでなく、参加してもらえるような工夫です。患者さんにも非常に喜ばれています。

他には、お勧めの新聞記事を貼り出します。ラジオ体操の記事を貼りだし、体との対話を勧めました。


うちは固定した売店がありませんので、外から来ていただきます。患者さんはこの中から、値段や品数、自分が買えるものを選べるんです。この回りをぐるぐる回って、だいたい3つくらい選んでお金を払いに行きます。車椅子の方も同じです。皆さん嬉しそうな顔をします。月数回の移動売店を皆さん待ってみえます。

私たちは完ぺきとは言いませんが、いろいろな工夫の中で、入所の者さんたちに日々生活を送ってもらっています。


高齢者にとって療養環境の重要性


療養環境というのは、本当に大事なものです。ナイチンゲールが「看護覚書」で、自然が病人に対して最も働きかけやすい状態にすること。つまり自然治癒力を高める手段として環境を整えることが大事と言っています。確かにそうです。

もう一つ、高齢者にとって療養環境による影響は大きく、強いストレスとなり、病気とストレスの二つを背負うことになります。どこかが悪いから入院する。それは仕方がないのですが、お話したような、自分の家とはまったくちがう環境の中で、病気と環境によるストレスの二つを抱えなければいけない。私たちもなんとか療養環境を整えたいと思うのですが、その時に、「高齢者」という特徴を理解しないと、ただ単に何かをやればいいということではないんです。その人が今まで歩いてきた生活があって、今、その方がここにおられるとなれば、一つやれば絶対これでOKということはなくて、その人の状況をきちんと見て、コミュニケーションをとりながら、その方にとって何がいちばんいいのかを私たち看護師は常に考えて行かなければいけないのです。ですから、高齢者という特徴を踏まえた上で、多様な背景を持つ人たちであることを認識して、調整していくことが、すごく重要だと思います。

高齢者の方々にいい環境を提供したいと思いながら、お話したようなことくらいしかできていないのですが、やはりこの二重のストレスの部分を少しでも改善して、病気に立ち向かっていただけるように、環境ストレスを少しでも減らしていきたいなと思っています。

ご清聴ありがとうございました。


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