2020ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第1回 2020.7.8

アートを取り入れた病院設計の現在と未来

株式会社佐藤総合計画
永井 豊彦、川上 浩史、青山 徹、吉田 一博

もくじ

本記事は、2020年7月8日オンラインで開催された「2020ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 第1回」のレポートです。

社会的共通資本のシンボルとしてのホスピタルアート


今日は、株式会社佐藤総合計画第3オフィスの永井、川上、青山、吉田の4人が9件の事例を紹介しながらご説明いたします。永井から始めさせていただきます。主に医療設計を中心にやっております。
最初に当社の事例から平成を振り返ってみます。
平成の10年頃までに企画され平成15年頃までに完成した建物は、当初から建物とアートとが一体的に計画されまして、社会的共通資本のシンボルとしてのホスピタルアートが実現できた時代でした。その後、平成17年前後はPFI事業、これは付加価値としてアートをふまえた提案がされた時期でした。その後、東日本大震災の平成23年ぐらいまでは、非常に病院建築はローコストの時代を迎え、なかなかアートをふまえた計画が難しい時代でした。
その上で現在はどうかというと、建設物価がだいぶ上がり病院経営の厳しい時代を迎えて、なかなかアートを建築と一体的するという企画がさらに何か難しくなっているように思います。


N市立病院(静岡県、1988年竣工)


まず地域共通資本のシンボルとしてのホスピタルアートとして、N市立病院の例から紹介いたします。



エントランスの部分のほか、中央待合ホール、ホールと一体となった中庭にアートを設けております。エントランスの外、アプローチには彫刻を設置しています。中央待合ホールの正面にはモザイクタイルを用いたアートで、こちらは地元の作家 麻生秀穂さんの作品で、同じ方に中庭のアートも計画していただきました。建築とアートとが非常に一体的というのがこの時代の特徴かと思います。このように石の造形で迫力のあるアートが設置されています。




N県立病院は、中央待合ホールに面した光庭に石のモニュメントがありまして、実はこの下に常滑焼の甕が埋めてあり、水琴窟の音色が奏でられる仕掛けがしてあります。


こちらのホスピタルストリートに面して1000羽の鳥が設置されています。これは地域の方に参加いただいた参加型のアートです。地元出身の陶芸家 高井進先生の監修のもとに、体育館で粘土をこねて自由に飛ぶ鳥を造形いただきました。そして高井先生に後で色付けと焼成までやっていただき、こういう形で取り付けをしていきました。20年経ちましたが、自分の作品がここにあるというお声も聞きまして、参加型の良い点ではないかなと感じております。


T市立病院(山形県、2003年竣工)


次にT市立病院です。これは病院の方から地元の芸術家を使っていただけないかと提案のあった事例です。エントランスにあるのは地元作家の加藤豊さんの彫刻で、子どもや動物が動きまわっているアートですね。総合待合の壁は、日本海の夕陽をイメージして茜色の壁に組み紐のアートを設けています。



総合待合を挟む光庭が2つあり、そこに地元出身の富樫実さんにアートを入れていただきました。床のデザインや素材、背景のデザイン、そして彫刻と全て富樫さんにコーディネートしていただき、建築と一体になるようなアートが設置されています。また反対側の光庭も植栽で起伏をつけたところに彫刻を設置して一体的なアートになっています。


こちらの陶板画は、開設当時の病院の図面が出てきたのを歴史的に継承していこうと提案し、実現したものになります。



小児科には絵本作家の土田義晴さんによるアートがあります。土田さんはアートの企画をしているときに既存の病院に来ていただいたのですが、マジックで直に小児科病棟の廊下に絵本のキャラクターを描いてくださいました。するとですね、子どもたちが集まってきて歓声をあげ、そしてスタッフやお母さん方が笑顔になったんですね。ぜひこれを実現したいと、建設中に外来と病棟の部分に直に絵を描いていただいたものです。だいぶ先生もやる気になってくださって、リスのフィギュアが壁や天井を駆け回っているアートも設置していただきました。


K医療センター(高知県、2005年竣工)


K医療センターは、PFI事業といって公共施設の建設や運営に民間の力を活用する手法を用いて、オリックスさんが事業主になり建設や運営の一部を行うことになりました。それで患者さんの気持ちを少しでも和らげたいとアートを取り入れています。タウンアートさんがアートコーディネーターとして加わっていて、県立美術館の館長さんに地元の作家さんをご紹介いただきました。



車寄せのところにあるのが、祐成政徳さんのデザインの下で、石井春さんにアズレージョというタイルを使って制作していただきました。右は笠原由紀子さんの作品で、牧野植物園の学芸員さんが地域の方々と採取した植物を使い型押ししたものです。地元の漆喰を使いこのように造形いただきました。



サインは島津グラフィックさんにお願いし、グラフィックサインとアートの調和をよく考えて進めていただきました。



この病院の特徴として光庭にアートを設けて道しるべになるようにしています。左のホセイン・ゴルバさんの作品は2点ございます。当初は、お寺の五色幕をモチーフにしたものを四国らしさとして最初にプレゼンテーションいただいたのですが、宗教色のないものをとお願いしこの作品を改めて提案いただきました。右は石井春さんのアズレージョによる同じく光庭の作品です。



光庭には、やはり地元の作家である山崎道さんに、給気口をこういった形でアートにしていただいた作品もあります。



こちらは地元の小笠原まきさんの作品なります。「大きなホープさんのおはなし」という物語を直に描いていただきました。院長先生から自閉症のお子さんがよくなったというお話も聞きまして、詳しいことは分からないのですが、アートの持つ力をこの作品から実感しました。他にも入院中のお子さんの作品を飾る子どもギャラリーや、点検扉に背丈を図れるような絵も提案していただきました。



そしてタウンアートさんの発案で、病院のアートマップを作ることになりました。右の画像にありますような壁掛けの作品を複数病院が所有されていて、それを掛け替えできるシステムを作りました。そしてアートツーリズムのようなものも実行いたしました。



ホスピタルアートに求められること


次にホスピタルアートに求めることについて、簡単に説明させていただきます。



実はアメリカでは、ヘルスケア施設の計画においてエビデンスすなわち根拠に基づいたデザイン手法によって、患者の治療効果や患者とスタッフの安全性、患者や家族の顧客満足度、そして業務効率を向上させるということが実証されています。特に自然環境やアートワークを取り入れることが環境心理学的に効果的であるとも言われています。



一方、日本では病院機能評価の中に「療養環境を整備していること」と記載はされていますが、特にこのアートを設けるとは全く触れられていません。しかし日本の病院においても患者や家族、スタッフの療養環境は今後も重要な課題であるはずです。

今回紹介させていただいてアートの力を皆さん感じていただけたのではないかと思いますが、その力をどうすれば伝えられるでしょうか。それにはホスピタルアートの効果を実証していくことが大切なんじゃないでしょうか。


そのためにアートマップの作成やアートツーリズムの企画など、病院とともに運用を含めた提案をしたことを、一つの事例として紹介させていただきました。
しかしながら現状の医療を取り巻く経済状況は大変厳しい状況にありますので、この予算化をどうするかも一つの課題だと思います。そこで紹介させていただくのが、「1%フォー・アート」です。これは公共建築の建設費の1%を、その建築物に関連・付随するアートのために支出しようという考えです。1950年代にフランスで始まり、近年はアジアにも広がり韓国や台湾でも法制化されております。日本でも群馬県が現在検討されていると思います。パブリックアートの振興・普及の大きな原動力となります。ぜひこういったことも実現できればと思います。



こどもたちのための癒しの場づくり


ここからは、「こどもたちのための癒しの場づくり」として川上より説明させていただきます。


県立医療福祉センター(2006年竣工)


こちらは、タウンアートさんにコーディネートをお願いしました。



敷地の中央に病院、左側が障害児施設、右側が成人の建物、右下部分は交流の庭として全体の交流をするような場所になっています。交流の場には実はもともと赤松の林があり、それを伐採するような形になりましたので、内装材やベンチ、机などに活用をしました。



続きましてアートのコンセプト説明に入ります。「感じるアート」と「交わるアート」によって計画されています。
様々な状態の子どもたちが暮らす場にアートを展開することで、子どもたちだけでなく家族の方も元気を引き出すきっかけになればと考えました。スライド右の3点を意識してプランを立てております。
1番目は、動植物を連想する柔らかな有機的なフォルム。2番目、遊びを誘う機能。3番目、その場所の主体的な存在感です。配置図の左側、重症心身障害児と肢体不自由児の施設それぞれの間に、アートを展開した形になっております。



左の画像が実際に設置されたアートの1つです。これはどちらの施設からも見ることができ、実は真ん中に穴が空いていて覗き込むこともできるようになっています。
右の画像は、左の画像を反対側から見たものになりますが、「わたしのおうち」というオブジェが配置されていて、部屋の中から寝たままでも見えるよう計画されました。



こちらは肢体不自由児施設の前庭に設置されているオブジェ「My Friends」です。遊びの広場というコンセプトがありますが、それぞれが遊具としても使え、追いかけっこをしている友だちのようなイメージのアートになっています。



こちらが病院の中のメインエントランスになる交流ホールです。先ほどご説明した赤松を使った手すりや机を配置しています。この右下にある石は水琴窟で、聴覚も刺激するアートになっています。



先ほどの画像にあったスロープの下は、子ども図書館とおもちゃ図書館が併設されています。周辺の方々も使えるようになっております。右は、先ほどご説明した富士見台にある「富士見のむし」です。モザイクタイルを使っており、コッペパンのような形でなかなか可愛らしい形のアートになっています。



それぞれ建物の入り口には、動物と楽器をモチーフとした異なるアートサインを設置しています。このように立体的なサインを使うことで、お子さんたちにも分かりやすいよう計画をしました。
右の画像は堀木エリ子さんの和紙のアート作品です。実は上がトップライトになっていて外光を受けて明るくなるのですが、それぞれの場所性を示すことで、道しるべの役割もあります。


T県リハビリテーション病院・こども支援センター(T県、2015年竣工)


こちらの監修・アート制作は名古屋市立大の鈴木先生に、またアートコーディネーターはアールアンテルさんにお願いしました。
ここは、プリント壁紙や、木工壁画、モビール、壁・天井面のペイント、床面のガラスフィルム貼り、モザイクタイル壁画、彫刻など多様な素材を使った作品があります。



こども支援センターは黄水仙をイメージした明るい黄色が採用され、奥に見える立山連峰のやまなみと馴染むような低層の建築計画になっています。右は夜景の写真ですが、センターを訪れた方々を優しく迎えるよう、こうした形のキャノピーや丸窓のほか、真ん中にある交流ロビー部分はちょっと塔のような形にし、印象的な建物になっています。



アートの導入は、コンペ段階、設計段階、施工段階と3段階のご提案をしました。コンペ段階では我々設計会社の方からホスピタルアート導入を提案しまして、設計段階では、アートの製作者である鈴木先生ほか作家さん、コンサルタントの協力を得て、コンセプトや作品イメージを提案しました。施工段階では、施工者さんと一緒にアートの検討チームを作成し、利用者さんと共に作品のブラッシュアップを行いました。施工は専門業者のほかアート制作者の方が中心となり、大学生などボランティアの方の協力を得て完成させていきました。



こちらが全体のアートシンボルとなる作品です。コエル、カモシー、ライちゃんというキャラクターが迎える彫刻作品になっています。右はエントランスホールの中心になる交流ロビーです。階段を上っていくと下の方に川などいろいろなものが見える構成になっています。




アート作品全体をつなぐ物語になります。



左の画像は壁画アートが描かれています。地元に新しく開通した北陸新幹線などがモチーフになっています。右の画像の入所ゾーンにあるプレイルームは、隠れ家をイメージし、普通の丸窓のほかアートが入った丸窓も設置しています。



浴室は無機質になりがちな空間ですが、モザイクタイルの壁画にホタルイカを入れるなどして明るく彩る提案をしました。そして最後に竣工記念としてアートを絵本にまとめ、関係者の皆さんと共有いたしました。



急性期医療の場におけるアート


ここからは、急性期医療の場におけるアートの導入について青山よりご紹介させていただきます。


T医療センター(東京都、2013年竣工)


アートコーディネーターはアールアンテルさんにお願いしています。
建物のコンセプトは「光と緑と水の溢れた環境を創出して、未来に繋がるデザイン」としています。もともと敷地に非常に多くあった緑を積極的に残しながら、新しい外部環境をつくった計画になります。
アートの導入に向けて当時のセンター長のコメントがありますので紹介させていただきます。

このアートワークの委員会で決定した内容が作品として建物に展示されています。



エントランスは自然石を生かしつつ一部手を加える形で、彫刻家の山崎さんに造っていただきました。入っていきますと、アート作品が建物の中に点在していますが、事前に設計で検討した内容を反映し、凹んだような壁とか大きな壁も存在します。そこに様々なアートが空間に違和感なく配置されていることを見ていただけるかと思います。


「多くの病院で絵画や写真が飾られているのですが、残念ながら無秩序に配置されていて落ち着かないこと、違和感を感じることがよくあります。そこで新施設を「いやしの空間」とするために、どのようなコンセプトで、どのようにアートを配置するか、美術関係者、本センター(病院、研究所)、サイン計画者、設計者、施工者等から成るアート選定委員会を設け、熱心な討議を重ねてきました。
 最終的に「生命とこころ」をメインアートワークコンセプトとし、パブリックエリア・外来診察エリアは「都市の里山」、病棟エリアは「いのちの温もり」を感じられるアートを配置することとしました。
 こうした委員会の討議をベースにしたアート計画は、我が国の病院ではほとんど前例のない新しい試みであるといえます。私どもが知恵を絞ったアートワークが、患者さん、ご家族の方々にとって当施設が「いやしの空間」であることを実感して頂けるものであり、患者さんの一日も早い体調の回復につながるものであることを心より願っております。


左の画像はホスピタルモールのエントランス、外来に近い部分になります。最初に目につくのが壁面にあるアートです。これは山口晃先生の作品で、今回の建物の絵なのですが絵巻のような独特の雰囲気になっています。右の画像の渋沢サロンの天窓には、堀木エリ子さんの和紙のシェードをつけました。光を明るく拡散するように配置されています。




外来に進み大きな壁があるところに、西川潔先生の監修でグラフィックサインがあります。同じようにCT室にも設置していまして、無機質な空間の壁にこうしたグラフィックがあるだけで非常にやわらかい雰囲気にできることが分かります。



エレベーターホールには各階に山﨑香文子先生のレリーフがかけられていて、それぞれこの敷地にあった樹木を材料として制作して頂きました。



この屋上庭園はリハビリテーション部門のリハガーデンと接した位置にあり、患者さんやお見舞いの方も利用できるよう計画をしました。芝生の上に薮内先生のうさぎの作品が動きを感じられるように配置されています。



こうしたさまざまなアートワークを訪れる人たちに紹介するガイドブックというものを作りまして配布できるようにしています。



Y大学病院新棟(山口県、2019年竣工)


去年竣工した建物でアートコーディネーターはタウンアートさんにお願いしました。既存の病棟に増築をした部分になります。この病院は、低層部分に精神救命救急センターや手術室といった非常に高度な機能を持ち、上部に病棟という複合的な建物になっています。
実は設計にあたって、先に大学の方からホスピタルアートの話があり、導入を前提にスタートしました。その中で地元出身で大学のOBでもあるクリエイティブユニットのキギ、渡邉さんにぜひ参加してもらいたいと大学から強い要望があり、また渡邉さんの方からも山口出身の詩人まどみちおさんの世界観を作品にすることで、不安な気持ちをやわらげる助けにならないかと提案があって、その方向性で渡邊さんがデザインをした形になっています。




この資料は設計に盛り込んだキープラン、配置図ですね。アートを入れる位置をAとかBと示した計画書になっていて、導入に向けての手がかりになります。



実際の作品を紹介していきます。非常に高度な医療を担う精神救急救命センターのエントランスに設置した壁面アート「空気」です。ベネチアンガラスと大理石を散りばめていて、まどみちおさんの詩とともに展示しています。



1階の講堂のロビーに「花」という題名で展示をしています。病棟各エレベーターホールには詩からインスピレーションを得た絵が展示されています。



手術室の入り口にも展示があります。小児病棟の廊下には入口にアルファベットをモチーフにした、サインの補助になるようなグラフィックを掲示しています。




最後に手術ラウンジです。手術をする先生たちの休憩する空間にラウンジを設けています。

タウンアートさんなどアートコーディネーターの役割について受講生の方から質問をいただきましたが、設計者と作家との橋渡し役と考えています。やはり作家さんだけでは病院側との直接的な会話が難しい部分もあるのでそこに入っていいただくことでわかりやすく伝えていくことが可能かなと思います。


グラフィックアートを活用した最新事例



では吉田から「グラフィックアートを活用した最新事例」を紹介させていただきます。


Y市立病院(神奈川県、2020年5月竣工)


全体の監修とデザインの提案は筑波大学名誉教授の西川潔先生に全面的にご協力をいただきました。



グラフィックアートを導入した経緯として、パブリックアート単独での予算がとれなかったことのほか、建物が横に細長い特徴ある形状をしており館内誘導が大きな課題であったことが、理由として挙げられます。その1つの解決策として、通常の文字サインにグラフィックアートを大胆に組み合わせ、道しるべになるものにしようと試みました。こちらからの一方的な提案ではなく、病院側にご理解をいただきかなり綿密なやりとりをしたことで病院全体を統一された雰囲気にすることができました。


グラフィックアートを含めたインテリアの目標として、
「わかりやすさ」と「居心地の良さ」の両立
を目指そうと考えました。アットホームをテーマに掲げて、色彩や形状を持ったグラフィックアートを内装材とも組み合わせて、利用者が自分のいる位置を把握しやすいウェイファインディングデザインをしています。かつ高齢者の方や不安を抱えた方も多いので、落ち着いた雰囲気としながら、場所の認識をするためにメリハリのある配色をし、また目印として見やすい、視認性やヒーリング効果にも配慮しています。



これが1階の平面図で、右側が正面玄関と、中央にある地下駐車場からのエレベーターの二箇所が入口となります。外来がこの南側にあります。
課題としては2つあり、まず外来の待合から診察室の中待合への誘導です。ブロックが1から6まであるんですけれども、迷わず行けるようブロックごとにグラフィックのテーマを作って、それを各受付などに貼っています。



左は南側の外来待合で、右は中待合です。外来待合の受付のグラフィックと連動したグラフィックを中待合に展開させて、ブロックごとに違うモチーフを使っています。
課題の2つ目は横に細長い廊下で、どうしても単調になりがちなので、玄関やエレベーターホール、光庭など記憶に残る場を作ろうとしています。



具体的には木ルーバーを待合ホールに使ったり(左の画像)、右は光庭に面した横に細長い廊下ですけども、床に黄色いストライプのパターンを貼り、こういう木の壁や床の目立つラインが無意識に記憶に残るほか、スタッフが道案内をするときに使っていただいております。



こちら小児科の待合のグラフィックアートです。一方患者だけでなく、スタッフにも見えるよう手術ホールの入口を入ったところなど目立つところにグラフィックアートを置いています。



次に病棟ですけれども、病棟はこのように3つ並んでいてエレベーターは真ん中にあります。ここから各病棟への誘導として、まず病棟それぞれに花と空と緑というテーマを与えて病棟ごとにグラフィックアートを使い分けています。



かつ、このエレベーターから各病棟に誘導するために、古い病院ではよく床に矢印と文字情報が表示されていたんですが、これを少し洗練させパターンのように表現できないかと先生からアイディアもありまして、やってみました。空をテーマにした病棟では床にはストライプのパターンがありますね。これがスタッフステーションまで続いています。




床のパターンがエレベーターホールに集まってくるとご覧の写真の通りです。これをたどっていただければ実際に誘導もできるという試みです。




病室では入口のナースコールモニターに版画をモチーフにしたイラストを病室ごとに変えて表示してみました。自分の病室を把握する手がかりになるんじゃないかと考えてやってみました。



小児科病棟のプレイルームでは壁にグラフィックアートを用いています。小児科病棟の壁のグラフックアートを使ったサインとインテリアは少し遊んでいて、例えば黄色の帯をつけて目標のようなものをつくっています。



今後の展望、公立美術館のアウトリーチ活動など


アーツ前橋HPより転載


アーツ前橋という美術館では、地域のさまざまな場所で継続的にワークショップをしながらアーティストの方と協働をされています。これはホームページの掲載内容で、アーティストと地域の方とのワークショップのような事例です。


東京都現代美術館HPより転載


次に東京都現代美術館の事例で、遠隔で小児の病室と展示室を繋ぎリアルタイムで鑑賞活動をされています。子どもたちは鑑賞を通じて感じたことや作品について調べたことを文章にまとめ、それを美術館が「アートしんぶん」として発行しています。


NPO法人オールしずおかベストコミュニティHPより転載


3つ目の例が静岡県の「まちじゅうアート」という障害者の芸術活動を支援する取り組みです。障害のある人のアート作品を企業や病院施設に貸し出して、県内のあらゆるところで作品を観ることができるというものです。


講義のまとめ


最後に今日の講義のまとめをします。


① 社会的共通資本のシンボルとしてのヘルスケアアート


昭和初期から平成中期に整備された公立病院では、エントランスホールや中庭などシンボル空間に壁画や立体作品を設置する事も多く、公共事業の一環として予算化された。


② ヘルスケアアート に求められること


海外ではアートのもたらす科学的根拠や1%予算の法制化など、必要性が明確化されているのに対して、日本ではその効果を評価する根拠が不足しており、運営側の理解が十分でないことが多い。


③ こどもたちのための癒しの場づくり


近年、こどもの療養環境向上の一環としてのアートへの理解は拡がっており、家族やスタッフを含めたワークショップなど、プロセス重視の進め方が展開している。


④ 急性期医療の場におけるアート


高齢患者が増加する中で癒しの環境を重視する傾向があり、その一環としてアートを選定する場合、選定委員会を設立する方法や運営側で知名度のある地元出身者を指名するなどの方法があるが、建築とアートが融合した全体コンセプトが重要である。


⑤ グラフィックアートを活用した最新事例


近年の建設費高騰の中で、グラフィックデザインを活用したサイン計画は、大規模病院の案内性向上としての有用性は理解されやすく、今後のICT活用との連動も含めて更なる進展が期待される。


⑥ 今後の展望


医療を取り巻く厳しい経済環境を踏まえて、公共美術館のアウトリーチ活動やクラウドファンディングなどの寄付利用など、作品の制作設置だけでなく、アートコーディネーターの一層の役割がポイントになる。
業務の細分化が進む中で、設計者は、アートと空間、光、緑と融合したよりよい環境づくりのために、橋渡し役としての役割を担ってゆくべきである。

講義は以上となります。


対談 永井 豊彦・川上 浩史・青山 徹・吉田 一博×鈴木賢一



鈴木先生:
佐藤総合の皆さんありがとうございました。お1人ずつ質問を投げかけたいと思うんですが、最初に永井さんにお伺いします。僕からの質問に入る前にまず受講生の方から、「病院建設コストとしてホスピタルアートは高くなるのでしょうか、高くなる場合、導入にあたって何かロジックがあれば教えてください」との質問が来ていますが、いかがでしょうか?


永井さん:
病院のアート費用を確保することはなかなか難しいですね。平成初期から中期はわりとお施主さん側がアートと建物を一緒に捉えていらっしゃって費用がつけられたんですが、最近特に建設費が厳しくなってくるとアートが先に削られる状況です。そこをこちらも工夫して先ほどのグラフィックサインとして予算を確保し、グラフィックアートという形で実現できたりしているわけですね。
ただ、中にはアートの提案をしていく途中で、お施主さんの理解を得て予算が増額され、非常に豊かなアートワークができた事例もあります。その時はお施主さんが精神科医の理事長先生で、気持ちをやわらげるという面で非常にご理解をいただきまして、もっと費用をかける価値があるとトップダウン的に指示が入り実現できました。だからお施主さんのご理解をいただくためのプレゼンテーションがやっぱり大事で、そこでアートコーディネーターの力も非常に大きいと感じます。

鈴木先生:
医療者や病院側に響く言葉で説明するということですね。その初期のころは建築とアートが一体に作れる幸せな時代があったということですけども、そういう場合アートが先にあるのか、建築が先にあるのでしょうか。


永井さん:
やはり建築が先ですね。建築の計画が先にあって、どの辺にアートを設置するかまではある程度企画を持った上で、アーティストの方々と現場で細かい部分を詰めるという状況が多いですね。


鈴木先生:
なるほど、やっぱり建築が前提にあって、そこにアーティストが登場して、この空間にふさわしいものをという順番なのですね。


永井さん:
そうですね。場合によってアートコーディネーターが入ってくれるとそこの間を埋めてくれるんですけれども、入らない場合はお施主さんと設計側とアーティストとの3者での決めごとになっていくものですから、わりと早い時期からやっていかないとうまくいかない。アートコーディネーターさんが入ってくれるときは作家選定から入ってくれ、この空間に何がいいだろうかということを決めていくと。


鈴木先生:
なるほど、よくわかりました。次に川上さんに伺います。私たちも佐藤総合の皆さんと子ども支援センターでお世話になりまして、あのときはアールアンテルさんがコーディネーターとして入られたんですけど、今の話のように設計者と施主とアーティストが直接やり取りするのではなく、そこにある種の専門を持ったアートディレクターが入ることで、仕事がうまく進むと考えてよろしいのでしょうか。

川上さん:
私はそう思います。わりと第三者的にフラットに全体を見てくれるんですね。設計者とアーティストと施主のそれぞれの想いは多少クロスするというか、うまくいかないときがあるので、そこで線引きをしてくれる方がいてくれるとやっぱり助かると思います。


鈴木先生:
アーティストの方と設計者の考え方がぶつかってしまうこともあるんでしょうか。


川上さん:
そうですね、やっぱりお施主さんとこういう空間にしようと打合せをしながら設計を積み上げてきた中で、新しくアーティストの方が入るともうちょっと違う面から話が盛り上がることがあるので、その辺はやっぱり化学変化が大きい気がします。


鈴木先生:
なるほど、ありがとうございます。次は青山さんに伺います。東京の急性期病院でアート選定委員会のお話をしていただきましたが、これは今のアートコーディネーターを加える感じではなく、何か大勢の方が集まってアートを議論する場なんですよね。


青山さん:
そうです。そういう形にしようとなりまして、センター長(院長)、看護部長の他、患者代表として元美術館長のご経験もある患者さんにも入っていただき、サイン計画者には西川先生に、加えてわれわれ設計と施工の担当の所長も参加して、展示部分の施工や技術的なフォローを含めて委員会を結成しました。

鈴木先生:
なるほど。それで、私も昨年、英国からの来訪者と一緒にこの病院を見学したんですけれど、病院全体を1つのコンセプトでトータルにデザインしてアートを取り入れているというよりも、個々の作家さんが頑張っているという印象がしました。ネガティブな表現をするとバラバラという言い方になってしまうんですけれど、むしろそのやり方が英国とよく似ているなと感じました。個々の作家さんの考えに委ねているところが随分あるなと。青山さんから見て結果どうだったんでしょうか。


青山さん:
何か統一したようなことよりも、やはりその個性がちゃんと出て、その場所場所で見る方に何か物語が生まれれば、それは一つの答えかなと。設計側が制限をせず、そのシーンで感じていただけるようにというのが大きな考え方だったと思います。


鈴木先生:
それで、マップを作ったりツアーをしたりというアイディアがあって、まるで美術館のようになっていると思うんですけども、その反響はどうでしょうか。


青山さん:
そのパンフレットを見ながら、興味を持たれた方が見てまわっているということは聞いています。



鈴木先生:
なるほど、わかりました。最後に吉田さんにお伺いします。最近は経済的な問題でアートが最初にカットされるというのは、由々しき問題だと思いますが、そういう中で工夫してグラフィックアートとして案内の機能を含めつつ潤いや居心地のよさを入れられたということですけど、これからもそういった状況が続くのでしょうか。


吉田さん:
うーん、それはケースバイケースで、Y市民の場合はかなり大きな組織だったので、アートについてきちんと説明するプロセスというのはなかなか難しかったですね。一方で課題は皆で共有していたのでそれを取っ掛かりにしてやろうということはありました。たぶん仕事、仕事で状況は違う中で、何かちょっと手がかりとか、できるやり方が、ケースバイケースであるんじゃないかなと思っていて、それをどう捕まえるか、どう仕掛けるかを試行錯誤してやってきました。確かY市民ときも、最初からこれでと決まっていたわけではなく現場が始まって2年半ある中で、最初の1年間ぐらいはどうやったらいいかとお施主さんと何回も雑談しながら、やっと固まってきたのは1年半前ぐらいからだったので、試し続けるということをしていきたいなと思います。

鈴木先生:
一方であれだけ大きな病院を設計するのに、本来のアートではない部分に時間を取られて、ある意味アートまでエネルギーを注げないという気もするんですよね。そうなるとやっぱりコーディネーターが入って調整していただけるのが1つのあり方かなと思うのですがどうでしょうか。

吉田さん:
そうですね、我々も時間はないのですが、こういうところはすごく楽しいので関わりたいんですよね。一方でアートコーディネーターさんに入っていただけると、やっぱり先ほど川上も言いましたけども、設計の立場での想いとアーティストさんの想いをすごくうまく調整してくれて、全く別のアイディアを出していただいたりして、よくなったケースはありましたので、そういう第三者に入っていただけるのはすごく助かります。


鈴木先生:
そうですか、率直にありがとうございました。



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