2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 キックオフ講座2019.06.29

クリエイターとの協業によるリゾート空間 千里リハビリテーション病院

医療法人社団和風会 理事長
橋本 康子

もくじ


本記事は、2019年6月29日に開催された「2019ヘルスケア・アートマネジメント連続講座 キックオフ講座」のレポートです。



健康寿命を平均寿命に近づけるリハビリテーション


最初にアートとは別の医療的な話、私が大阪でリハビリテーション専門の病院をやっている理由をお話します。いま日本の医療では、30年ほど前からみると考えられないくらいにリハビリが注目されています。その理由は高齢化です。医学療法士、作業療法士、言語聴覚士の数もどんどん増えていますし、リハビリを専門とする医師の数も増えています。公立や超急性期の病院でさえ、リハビリのことを考えないと医療が成り立ちません。市民病院でもリハビリ病棟や回復期病棟のあるところが増えてきています。


高齢化の推移


1950年から2060年までのグラフです。青い線が高齢化率を表しています。2019年現在で29%くらい。2025年、「団塊の世代」の人たちがどんどん高齢化になるところを通り越して、2060年には40%くらいに上がってきます。長寿の方が増えてくるのはいいことですが、少子化もありますので、黄色い四角の生産年齢人口はだんだん減ってきます。


平均寿命と健康寿命の推移


2001年から2013年までのグラフです。青い線の平均寿命とオレンジ色は健康寿命の差が、男の人で9年くらい、女の人で12年くらい。これが問題とされています。この健康寿命をできるだけ平均寿命近づけていくために、リハビリが必要になります。

脳卒中を発症すると、まず救急車で急性期の病院に運ばれます。そこからリハビリが必要になります。右が麻痺して動かなくなった、しゃべれなくなった、というのはなかなか薬では治りませんので、回復期リハビリテーション病棟という制度が2000年にできました。
集中的にリハビリをする回復期が、すごく大事です。この間に寝たきりになってしまうと、健康寿命と平均寿命の間が広がって、10年間寝たきりの状態になってしまう。なので、この回復期のリハビリで、歩ける、しゃべれる、食べられるようになった状態をなるべく長く維持していきましょう。その後は、施設や家に帰って介護保険を使って維持していってください、ということです。
回復期リハビリテーション専門病院の目的は、寝たきりの防止です。ADLとは日常生活動作で、歩く、トイレで排泄する、口から食べる、話してコミュニケーションをとる、着替え、顔を洗うといったすべてが含まれます。これらができるようになってからお帰りいただくのが目的です。

当院の特徴として、脳卒中の人が多いです。リハビリは、理学療法士1時間、作業療法士1時間、言語聴覚士1時間。一日3時間、365日、お正月も年末も五月の大型連休も毎日やっています。セラピストの数も120、30人います。160床くらいに対してマンツーマンくらいの数がいます。


大事なのは、生活空間であること


リハビリテーション専門病院には、意識レベルが低い人、言葉が話せない人、自分がどこで何をしているのかが分からない人が来ます。そういう人は脳への刺激を入れないといけません。それには、まわりの環境がとても大事です。普通の真っ白な24時間ずっと明るいような病院は、急性期には必要かもしれませんが、回復期リハビリテーションの時期にはむしろマイナスになります。まわりの環境、絵や動物や音楽、目に入るものが、すごく脳の刺激になります。

歩けるように、食べられるように、着替えができるように、トイレで排泄できるように。そうなるための生活空間でないと。病院はもともと非日常の空間。急性期の場合は仕方ないのですが、長ければ半年、短くても2、3か月いるようなところでは、生活空間であることが大事です。

病気の方は心身のストレスがとても大きい。半身まひになる。上手に歩けない。話しがぎこちない。となると精神的ダメージはすごい。死んだ方がましと思う方もたくさんおられます。うつ症状になったり、自分の疾患や障害が受け入れられない時期がどうしてもあります。家に帰っても迷惑をかける。社会に出てもお荷物になる。もう私はいなくてもいい。みたいな時に、「そうでなくて、あなたは大切な人ですよ」という感覚をもってもらうのに、私たちがいくら言ってもだめで。私の病院には犬などのペットをつれてきてもいいのですが、家族や医者の言葉より、ペットの喜ぶ顔が、「よくなってまたこの子の世話をしなくては」という気持ちになるみたいです。ペットの方が私たちより役に立っているとすごく感じます。

そういうとき、「あなたは大切にされてますよ」という感覚をもってもらうために、「リハビリテーションリゾート」というコンセプトをつくりました。うつになっているときに、病院独特の匂いがしたり、あまりきれいでないところにいたら、大切にされている気がしないですよね。いい香りがするとか、物音がせずに落ち着くとか。心地よさを感じてほしいと、そうしました。


あえてバリアのある環境に


172床ありますが、生活の場が刺激とトレーニングの場になるので、バリアフリーにはしていません。日本の社会が全部バリアフリーだったら、バリアフリーにと思います。でも、段差はある、駅に行ったら階段はある、エレベーターははるか彼方、車いすに乗ろうとしてもどこにあるのかわからないという現状では。ドアも押し戸がいっぱいある。押し戸は車いすだとけっこう大変です。だけどそうしたことを練習しなくてはいけないので、普通にしています。
それから経験だけでなくて、ちゃんと科学的根拠のあるプログラムでリハビリしています。


洗面台のある個室


病室には必ず洗面台がついています。見学に来た建築の方に「洗面台、クローゼット、トイレのうち、個室でどれが一番大切だと思われますか?」と聞かれますが、私は洗面台だと思います。
トイレは外でもいい。生理的欲求があるので、みなさんがんばって部屋の外でも行かれます。クローゼットはなくてもかまいません。洗顔、歯磨き、お化粧、髭剃りなどに水は不可欠ですよね。部屋にマイ洗面台があれば、この前で患者さんはずっと何かやっています。それが、大きなリハビリになります。半身まひの人がここで水を使うと、水びたしになりますし、時間がかかる。共用だと絶対使いません。マイ洗面台なら、汚そうが何をしようが大丈夫。だから、これが一番大事だと思います。
タオルや歯磨き、液体せっけんなど全部そろえています。リハビリテーションリゾートですから。タオルで毎日練習をしなかったら、半身まひの人は手もふけない。こうしたものを入院した日からそろえておくとできますよね。だからリハビリテーショングッズなんです。


病室へのアプローチ


それぞれの病棟に庭が少しずつついています。長期入院の方はたくさん花を植えて自分の庭をつくっています。ここは外です。雨がふったら傘をさして歩く練習をします。半身まひの人は、杖をつきながら傘を指すのは大変なので、セラピストの人と工夫しています。石なので、雨がふったらすべります。それで、すべらない靴を用意したり、すべらないように歩く練習をします。
病棟の玄関では座って靴を脱ぎ履きします。日本人ですから、家に帰ったら靴を脱いで生活します。家で生活するのが目的で練習しているので、ここは土足ではないです。一日に14回くらい脱ぎ履きするだけでリハビリになる、そういう工夫が大事です。病院の目的に合わせた設計をすることが大事と思います。


食事をコントロールすることが食のリハビリ



レストランで提供している食事です。主食は3種類、副食の小鉢は12、3種類、ラーメン、カレー、食べにくい人のための茶わん蒸しもあります。自分で食べたいものを選んでもらいます。脳卒中になった人は判断力が下がってきているので、一日3回の食事を選ぶのは、すごく有用なリハビリになります。


塩分が多すぎたり食べすぎたらどうしましょうといわれますが、心配ないです。患者さんは食欲があまりないですし、3時間リハビリすると一日2000カロリーくらい必要です。リハビリしたら、85歳くらいの女の人でも筋肉がついてきます。その元となる食事はすごく大事です。
レシートには、塩分、鉄分、コレステロールなど、9種類が毎日表記されています。一日の合計も出るので、自分が今日何カロリー取って、塩分何グラム取ったか分かります。ですから、ラーメン食べてもけっこうです。塩分を8グラムしか取ってはいけなくて、昼にラーメン食べて6グラム取ったら、夜は控えめにしよう、たとえばお豆腐にしょうゆをかけないとか、自分で考えてしてもらいます。
脳卒中のほとんどの方が、糖尿病、高血圧、高脂血症をもっています。このままの食生活を続けると、またハイリスクになる。なので、3か月、半年おられる間に自分の食事をコントロールしてもらうことも、食のリハビリとして大事なことだと考えています。


天候や四季の変化が刺激に


生活スタイルに合わせた訓練


体育館のようなリハビリ室はないので、廊下や階段、生活する場を使ってリハビリしています。どこに行くにも渡り廊下があって横に壁がないので、雨がふったら少し濡れます。暑い日はすごく暑い、寒い日は寒い中、毎日患者さんは何回もそこを歩きます。これは意識レベルの低い人にすごく効果があります。ICUや病室にいる人に「いま何月何日か分かりますか?」と聞いても分かるわけがないですよ。風が吹く、暑い、寒いという刺激を使わない手はないので、病棟から出たらここを通らないとどこにも行けない、というつくりにわざとしています。

「寒いわ」という苦情も、ご高齢のおばあさんからありましたが、その方お一人だけでした。こうした病院も患者さんは違和感なく受け入れてくれています。


比較グラフ


一般的病院とあるのは、30年前につくった香川の私の病院です。病院の環境によって歩く歩数も変わってきます。一日あたりの歩数が平均すると2208歩。当院は5380歩と倍以上ですね。どちらもすごくがんばってリハビリしているのですが、建物によって変わってきます。
急性期の病院でも、患者さんに動いてもらいたいときは建物から考えるとすごく効果があります。外出もされていますし、レストランまでが829歩。リハビリを3時間するのと同じくらい歩いています。病院の中で患者さんに動いてもらうなら、必ず行くリハ室やレストランを病室からすごく遠いところにつくってください。そうすると自然に歩きます。
特筆すべきは、自分の部屋の中で900歩近く歩いていることです。大部屋だと患者さんが自由になるのはベッドの上だけ。ベッドからおりると共用部分なので、なかなか動かない。自分の部屋だとよく動いていらっしゃいます。


生活リズムに合わせて訓練する


生活時間と場所に合わせた訓練


訓練を日常生活動作時間に合わています。みなさんが朝起きてまずトイレにいって、服を着替える。顔洗ってハミガキして、朝ご飯を食べる。お化粧する。ひげをそる。それがADL、日常生活動作ですね。7時に起きて、8時半くらいまでに終わっています。
セラピスト(理学療法士)は普通、8時半くらいに来て夕方の5時半くらいに帰ります。でも、8時半にきても患者さんは全部朝の生活動作は終わっています。また、夕方5時半にセラピストが帰ってしまうと、患者さんのお風呂や着替えの時間ともずれてしまうじゃないですか。
昔は、セラピストが先ほどのような時間にきて、ちょっと着替えてみましょうかと患者さんにやってもらっていましたが、脳卒中の人は時間の概念が分からなくなっている人が多い。パジャマに着替えたら、「いまから寝るの?」と、混乱してしまいます。患者さんの生活のリズムに合わせましょう、とうちは朝7時に来てもらっています。夕方担当の人は11時に来て8時まで。そうすると患者さんの時間に合わせて練習ができます。


木造病棟

木造病棟(居室)


新しく建てた木造2階建の病棟です。患者さんの評判がいいです。木の香りがして、ゆったりして、広いウッドデッキもあります。入ったところでリハビリをやっています。


園芸棟

園芸棟


小さい小屋がふたつ、音楽・美術室と園芸療法室があります。園芸療法室はすごく居心地がいいところで、陶芸の窯もあります。集中力を養うというのと手先の訓練のためにやっています。退院してからも陶芸の教室だけきていい?という方も何人かおられます。


絵画音楽棟


音楽室です。音楽療法士は当院の患者さんでした。ピアノの先生でしたけど、脳卒中で左が動かなくなった。でもリハビリして今は大丈夫です。退院してからうちの職員になっていただきました。失語の方でも歌は歌える方はたくさんいますので、歌を歌って、そこから発声・発語をして会話に結びつけるということもしています。



アートディレクターとしてうちの病院の監修をしている、佐藤可士和さんの絵です。新しい病棟には絵をたくさん飾っています。有田焼に佐藤可士和さんがデザインしたものもあります。全体を見てつくっていただいてますのですごくしっくりきています。
という紹介で今日のお話しは終わります。ありがとうございました。


対談 橋本康子×鈴木賢一「患者さんの視点でつくったリハビリ病院」


対談の様子


鈴木
10年くらい前、大阪におもしろいリハビリ病院ができるというので、うかがったことがあるのですが、先生はそもそも医者としてリハビリの関係の仕事に携わるというのを、どういう意味あいでとらえていらっしゃるのでしょうか?

橋本
もともと私は内科の呼吸器が専門でずっと肺疾患の方を診ていました。父は香川県で開業していましたが体調を崩したので、家にもどりました。肺炎の患者さんは最初、熱があっても外来に歩いて来られる。でも入院して2、3週間治療し退院のときには車いすで帰られる。その後、訪問診療にうかがうと寝ている。2、3週間の入院で歩けなくなる人を何人も見ました。言いかえれば、病院が寝たきりをつくっているのではないかと。これではいけないんじゃないか、とにかく歩けるまま帰っていただこうとしたときに、リハビリしかないと思って関わりだしました。やってみると、リハビリはすごくおもしろくて、少なくともみなさん良くなって帰る。医者としてとても明るい医療という感じがしています。

鈴木
バリアフリーとか、動線を短くするとか、いわば患者さんにやさしい病院にと思うのが普通ですが、逆転の発想というか、わざと遠いところに行かせたり、手すりも片方しかつくらなかったり。リゾートという言葉を使われていたので、快適で心地いい素敵な空間ととらえていたんですがそうではなくて、その部分と普通のバリアフルというか、その兼ね合いがおもしろいと思いました。そういう発想で病院をつくろうというのは、橋本先生のリクエストですか?

橋本
私は内科を診察していたときは、リハビリのことは知りませんでした。いってみれば、素人の感覚が持てたのかもしれません。家に帰ったら砂利もあるし、段差もあるし。そんなところで暮らすのに、平坦なところで歩けるようになっても…というのは、わりと素人感覚ですよね。患者さんはみんなそう思っていると思います。でも、先生の前ではいえないですよね。そういう違和感がありました。「バリアフリーでなくてはいけない。手すりを全部つけなさい」と、行政からよく指導されたんですが、家に全部手すりがあるわけではないですよね。家具をつたって歩いたり、ちょっとしたでっぱりを手がかりに歩いたりというほうが普通です。

鈴木
なるほど。行政から指導があったり、ひょっとしたら設計者とも喧嘩があったのでしょうか?

橋本
行政の方には「全部手すりをつけましたが、データを見るとほとんど使っていないです」とデータで説明して必要なところだけつけるとか。設計の方には、「病院じゃないんです。一時的にホテルみたいなものをつくろうと思うんです」といったことがあります。それくらい「病院ということは頭からのけてください」と、しつこく言いました。

鈴木
設計者にしてみれば、いわゆる「病院」をつくろうと思う。病院じゃないというのは、なかなか高度なテクニックですね(笑)。それと、音楽療法とか園芸療法とか、犬をつれてきていいというお話をされましたが、お年寄りでまひを持った方のことを考えると、アートをつかさどる脳の部分と言語をつかさどる脳の部分が違っていて、そういう意味でアートがからだに効果的に働きかけるという部分があるのでしょうか?

橋本
経験則からいいますと、言語は左脳、芸術は右脳なので、さきほどお話したように、言葉がでなくても歌は歌えます。それは、リハビリテーションに関わっている方も音楽療法に関わっている方もよく経験されると思います。右脳を刺激すると左脳も刺激される。健康なほうの脳を活性化すると、脳卒中や脳梗塞の側の脳も活性化されるとされているので、健康な脳をどんどん使っていくのは、ひとつの方法だと思います。
ある時、フランス語の教授が入院されて、失語があったんですが、フランス語は最初からぺらぺらでした。それで、フランス語を話してもらって、それを日本語にしてくださいというかたちで、言語の練習をしました。

鈴木
悪いところをカバーしようという発想よりも、いま使えるところを伸ばそう、やれることをやっていこうという考え方が根底にあると思うのですが、それがアートとなんとなく結び付く可能性があるかなという印象を受けました。

橋本
すごくそういうことが必要と思います。いまの医療を考えると残っている細胞を活性化させていくというのは、ひとつの方法と思います。

鈴木
患者さんは自己肯定感が低くなる、これを言葉で支援するのではなくて、そういう環境をつくってあげるのが必要とおっしゃっていましたね。

橋本
香川県の病院では認知症の病棟もやっています。その患者さんに生き生き生活してもらうには、自信をもってもらうこと。香川県ですから、みなさんうどんを打てる。それで月に一度くらいうどんを打ってもらう。スタッフはよそからきている若い人が多いので、すごく感心する。すると自信がつきます。
そういうのを見ると、自信をもってもらうとか、大事にされていますとか、おもしろいことを見つけた、という気持ちになるのは大事なことだと思います。そして、アートってプライベートなことですよね。絵を描くような内省というか、自分を見つめるようなことを繰り返すとよくなるというか。そういうふうに芸術にはすごく力があるのではと思います。

鈴木
最後のところで佐藤可士和さんの話をされましたが、彼はどんな役割を?

橋本
病院全体のディレクションを。私も病院をつくるにあたって、最初からはっきりと考えがあったわけではありません。今までの病院はなんか違うけれど、どうしていいか分からなかったんです。まとめてくれて、考えを刺激してくれて、こういうことをしてはと提案をしてくれる。私の考えの整理と、病院全体のディレクション。デザインだけでなくいろんな方向性を考えてくれる役割です。

鈴木
もともと先生がもっておられた理想がふわふわしていたのを、佐藤可士和さんや設計者とのやりとりのなかで具体化していった、と。できたものは、外の廊下を行かなくてはいけないとか、遠くまで歩かなくてはいけなくても、患者さんは自然に受け入れているということなんですね?

橋本
基本は、患者さんはまずよくなりたい。どんな環境でもよくなればいい。とにかく治したいんです。ホテルに来ているわけではないので。だから、リハビリの効果がでるのが一番なのです。この環境がよくなることに貢献しているのを、患者さんは分かっているので。

鈴木
ありがとうございました。私が感じたのは、病院あるいはリハビリとはこうあるべきだというのが一般にあって、それに従っていると、あたりまえですが病院になってしまう。それを患者さんの視点に立ち戻って振り返ることが必要だと。信じて、貫いて、実現していくことで皆さんの共感を呼ぶすばらしい実例だったと思います。


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