シンポジウム


鈴木 みなさん、今日は土砂降りの中ありがとうございます。この度、文化庁からの支援を受け新しいプロジェクトを立ち上げました鈴木です。概ね30分ほど理解を深めていただくために、私から質問を投げかけながら登壇者の皆さんにお話を伺おうと思います。会場の皆さんの方からのご質問等は最後にお聞きしますので、よろしくお願いいたします。
ヘルスケア・アートマネジメント、と書きますとカタカナばっかり並んでいて、誰も理解できないんじゃないかと、「アートで病院を元気に」というタイトルをつけました。講演の中でも皆さんそれぞれの形でお話しされましたけども、こういったアート作品やアート活動が医療福祉空間に入ることで一体どんな効果があるのか、改めて説明をしていただこうかなと思います。
高野さんは彫刻家として自分の作品を美術館に並べることを一方でやっていて、もう一方で「はみんぐ」を指揮して病院の中にアートをという活動をやっているわけですけど、病院の中にアートを設置するということで新たに何か気がついたことがあるのかどうか、それからイギリスに行ってあれだけアートが溢れている状況を見てどんなことを感じたのか教えて下さい。


病院の中のアートと海外の状況


高野 僕は普段美術館で作品を発表するわけで、美術館では女性の裸を作ることもあります。でも病院に置くとなると女性の裸ってたぶん、絶対ダメだと思いますし、トルソーのように手や首がない彫刻も絶対置くことはできないと推測できるんですが、やはり病院の中のアートですと観る人側、患者からの目線に立って置くべきかなという思いはあります。美術館の時は自己の探究だけに集中すればいいんですけど。イギリスで日本と大きく違うと感じたのはキリスト教に支えられた寄付の文化で、そうした精神はすごくうらやましいなと感じました。

鈴木 なるほど。病院の中にヌードはだめですか。

高野 何となくですけど、いやかつてあったと思います。

鈴木 そうですか。僕たちの活動の中で赤い色を使うと、病院では血を想像するじゃないかってよく言われたんですけど、何となく病院の中でのタブーみたいなものを、アートがひっくり返してくれるのかな、という気もします。
篠原さんは学生時代からずっと病院設計をしていらっしゃって、病院の設計は建築設計の中で最も難しくて、非常に多くの要求を引き受けながら、お医者さんやナースのみなさんが医療しやすい環境をつくることに力が注がれるわけですよね。そういう状況の中、あいち小児保健医療総合センターをきっかけにして、篠原さんが物語だとかどんぐり君とかに向き合う感覚というのは、病院に入る際の立場が2つあるようで、もしかしたら戦っているのかもと思う時があります。そのあたりはどのように考えていらっしゃいますか。

篠原 実は僕の中では、戦っているような意識はほとんどありません。一般的にお医者さんや看護師さんが建物の設計に関わることはあまりないので、どうしても分かりやすい機能的な面が語られて、それをもとに設計することになってしまう傾向にあります。しかし、我々は設計のプロですから、もっと色があった方が使いやすいんじゃないかとか、物語があることでリラックスできるんじゃないかとか考えるわけです。そういう発想は空間を意識できる人じゃないとなかなかできない。だからそういったことを伝える努力をしようと思っています。ただ、経営者の方に最初からいうと無駄なものはやめてと言われがちなので、人やタイミングを選んでお話ししするよう意識しています。

鈴木 確かに、設計者の方は何度も経験を重ねて設計を繰り返すわけですけど、クライアントの方はそんなに何回もある話ではなくて、そういう関係性を考えると今の篠原さんの話はとても大事だなと思いました。
今度は森口先生にお伺いしたいと思います。発表の中にいくつかなるほどと思う具体的な話があったんですけど、先生ご自身が現代美術という閉ざされた世界の中で何をしているんだろうというところからスタートされて、今度は逆に何かやったことですぐ反応が返ってくる世界に飛び込まれたわけですよね。では、アートが入ることによって、患者さんや医療スタッフの皆さんから具体的にどのような反応があったか、お聞かせいただけると嬉しいです。

森口 そうですね、ホスピタルアートを導入して患者さんから文句を言われたことは、一度もないです。やっぱり患者さんはいろいろな表現で喜んでくださって、そういう経験しか今のところないですね。でも、病院にはいろいろな立場の方が働いていらっしゃいます。お医者さんや看護師さんは患者さんに近い場所にいらっしゃり、あの子の笑顔が見たいとかそういう思いがあるので協力的な方が多いんですけど、例えばアートに関心のない職員の方にとっては、協力しても給料が上がるわけでもなければ、万が一ものが落ちてきたら文句言われるわけですし、何かしら経費がかかるということもあって、特に経営に携わるような事務職の方とは、やっぱり戦いの歴史ですね。

鈴木 森口先生は、最初から無償ではやらない、それなりの報酬はいただくという姿勢を貫かれていて、これはボランティアではできないということですよね。

森口 そうですね、先ほども言いましたようにこれはよっぽど理解がある人にしか分かってもらえないと思っていたんです。それがうちの弱小NPOでも今お仕事が常に2〜3件待っていただくような状況なんですね。それはなぜでしょう、病院も認めざるを得ないところがあるんじゃないでしょうか。大病院の職員さんにとってはアートなんて上から経理のことで文句を言われるだけの存在かもしれませんが、何かしら効果があると認めざるを得ない状況があり、導入したいという病院がものすごく多いんです。だからうちのNPOも潰れずにずっとやってきて、おかげさまで税金も納めさせていただいています。スタートした時は予想だにしなかったですね。ニーズはものすごくあると思います。


アートと教育について


鈴木 そういう意味では、僕もひょんなことで学生さんと一緒に活動を始めましたけれど、途切れず話がきますので、幅広く需要はあると思います。大学の学生さんが関わることで、報酬についてはNPOとはまた別の問題があるんですけども。先ほどの話ですと患者さんからは非常に評価を受けている、ただ経営者側になるとどうしてもハードルが上がると。そこでエビデンスなりを出してこんな絶大な効果があると伝えることができれば…。

森口 そうなんです、だから今日の会のポイントの一つはそこだと思うんです。やっぱり研究者とか実践者が集まって、こういう会を盛り立てていくことによってエビデンスを出していく。そして行政の方も動かざるを得ないような状況になり、病院での点数計算にアートが関わってくるとまでなりますと、実際にバーッと動いていくと思います。

鈴木 制度として枠組みをきちんとしたところまで持っていけるといいですよね。今度は加藤先生にお伺いします。文化庁からこういう支援をいただけるということは、国としてもアートの力を世の中に広めようとされていると思うんですけど、とりわけこのアートと医療、アートと福祉という分野は、単に施設の環境整備にとどまらないように思いますが、その辺りを補足していただいていいでしょうか。

加藤 文化、アートにはそれ自体に価値があり、文化、アートの振興は文化行政の一つの大きな柱であると思います。しかし、今はその価値を分かる人だけが分かればいいという時代ではなくなってきています。文化行政であれば国民の税金を使うので、説明責任を問われた際に、アートには実は社会的な価値、意味があると説明することが求められる時代になってきていると思います。その際、医療や福祉の現場にアートを持ち込むとこれだけの成果があると説明できると、言い換えれば国民全体にメリットがあると言えると、文化行政としても様々な活動を支援しやすくなってくるわけです。

今は文化行政もアート本来の価値を大切にしながらも、社会全体にとってアートは非常に大きな役割があると認識するようになってきています。ヘルスケア・アートだけではなく、例えば、最近では地域活性化にアートは役立つとして国際芸術祭が全国各地で行われています。魅力的なアート活動によって都市部から地方に多くの方が訪れ、地域が活性化するといったことです。そうしたことが経済効果として数値化されますので、文化行政としてもアートによって社会、地域が活性化するといったことにも力を入れています。2020年にはオリンピック・パラリンピックがあり、それに向けて日本全国で文化活動もしっかりやっていきましょうという話になっています。それは特定のアーティストが活躍するものだけではなく、国民の一人ひとりが自ら参加するものも含まれます。このような文脈の中で医療や福祉の世界にもどのようにアートを導入していくかが、このシンポジウムの位置付けではないでしょうか。

鈴木 ありがとうございます。アートは敷居が高いとか、特定の人にしか分からないというのが、もし本当だとしたら、アートそのものが生活に根ざすあり方だとか、ひょっとしたら子どもたちに対するアートの教育にまで及ぶのかなと思います。文化庁のご支援もありますけども、イギリスの話を聞いていると医療サイド、厚労省になるんでしょうか、こちらからも支援をお願いできるのかと思いました。

もう少し話させていただきますけども、実現するためにはどういうところがポイントになるでしょうか。高野さんにお伺いしたいのですが、学生の立場で現場に出て仕事をしていて、若い学生さんたちが関わっていることはどういうふうに考えますか。

高野 ペイントをした後に「とっても楽しかった」という声を聞くことが多いです。自分たちがデザインしてだんだんと出来上がって、そして完成されたものを褒めてもらう、そういう喜びを単純に感じているのは確かですし、でもそれ以上に、実際の建物に残るものを作ったり、話し合いや会議なんかを通して実社会と接したりするのはすごくいい経験だと感じます。


スケジュールとクオリティー


鈴木 森口先生からご紹介いただいた中で、イギリスでもいろいろな考え方があるという話がありましたね。クオリティーを求めるチームと、参加することそのものに意義を求めるチームとがあると。学生さんが参加するってことはクオリティーの点ではやや難しいところがあると思うんですが。

森口 芸大美大だったら、かなりのクオリティーを求めるところもあると思うんですけど、やっぱりそれ以上に作品が実社会で役に立つところに学生たちは満足感を覚えると思います。

鈴木 学生さんの方のそういった見返りもありますし、一方で病院側にとっては地域の大学生が自分たちの病院をある形で支えている、地域の若い人たちが医療を支えている、そんなニュアンスを感じることもあります。

森口 そうですね、うちのNPOが香川の小児病院の精神科で壁画をさせていただいた時は、通常でしたら病院の医療行為の邪魔にならないようできるだけ短時間で仕上げるんですけど、その時は精神科ということもあり、わざと6ヶ月間という長期間で取り組みました。患者さんの中で状態のいい子や、医療者、地域の芸大美大の方、地域のデザイン科の高校生とか、わざわざ多くの人を巻き込みながらやったんです。必ずしも早く仕上げたらいいってものではなくて、地域の方を包括する意味でもホスピタルアートってすごい有用なものですね。

鈴木 それは非常に示唆的というか、腕の立つ人が短時間で知らないうちにつくって、わぁすごいって世界ではなく、ゆっくりゆっくり巻き込みながらどうしようあぁしようって言うこと自体が、成果なんですね。

森口 そうですね。

鈴木 篠原さんが大変苦労されているのを僕はいつも傍で見ていて、言ってみれば少ない予算、周りの理解が得られないような状況で、切り開いていく能力を篠原さん自身が持っているのですごいと思っているんですけど、篠原さんにしかできないでは広がらないので、一般にそういう方が出てくるといいなと思うんです。そうしたときに、どんな人材、能力、あるいは組織があったらいいと思われますか。

篠原 ずっと考えていて、なかなか難しいと思っていました。もしかしたら病院に専属でなくてもいいのでアートの担当がいるという状態が、最初の一歩なんじゃないでしょうか。お金かけなくていいから、「あなた担当だからね」って、それだけで多分変わるのではでしょうか。アートの話が出るとその人が対応するという環境が生まれてくるので。需要が増えてくれば専門家を入れたり、外部の人にお願いしたりして、そこから話がスタートするのではないかなと思います。

鈴木 能力よりまず役割を、という考え方ですね、なるほど。たしかに相談する相手が誰かはっきりしていることが一つ大事ですね。

篠原 そうですね、僕が何かやろうとして苦労するのが、誰も聞き取ってくれそうな人がいないときで、非常に大変です。誰かいると、そこをきっかけにしてできることがあります。だから、必ず担当をつける、と。

鈴木 すみません、予定の時間を過ぎていますが、もう少し続けさせてください。森口さん、長い間こういう分野を見られていて、次のステージとしてどのようにこの分野を切り開いていったらいいか、何かアドバイス頂けますか。


イギリスと日本のアート


森口 イギリスでどうしてこれだけホスピタルアートが盛んになっているかといいますと、もちろん高野さんのおっしゃったキリスト教精神、チャリティーの精神はもちろんベースにあるわけですけども、それとともに実はイギリスの保健医療制度NHSが経済的に完全に崩壊しているという事実があります。それがゆえにイギリスは一銭でも医療費を少なくしたい。そのためにアートを使っているというのがあって、裏を返せばイギリスのトップはアートの力を信じてるからこそ、アートを有用に使えば医療費が削減できると信じてるので、そこにお金を使うんですよね。でも日本のトップはまだそこに至っていなくて、日本の行政を動かすには先ほども言いましたように、私たちがエビデンスをどんどん生み出していくことによって、行政が動かざるをえない状況を作りだしていくしかないと思います。

大阪の心斎橋とか難波という繁華街行くと、最近はもうアジアの方がものすごい来られています。もうすぐ日本も多民族国家になっていくんですね。それと超高齢社会に完全に突入していますので、そういう社会的課題をいっぱい抱える国になります。それら目前の課題を解決していくのに、やっぱりアートはすごく有効な手法だと、イギリスを見ていて思います。

鈴木 アートの力を信じる仲間を増やすというのはひとつ大事なことかもしれませんね。

森口 加藤先生もおっしゃられたように、アートは一部の人だけが分かればいいっていう時代はもう終わりましたし、それ以上に社会的課題がいっぱいあります。アートやデザインの力をフル稼働して日本を救うためにやっていかなといけないと思います。

鈴木 以前、篠原さんが「アート」や「デザイン」という言葉を持ち出した瞬間に皆さんが引いてしまうので、上手にアート的な発想とかデザイン的な発想と言うとおっしゃっていましたね。日本語のアートという言葉にまとわりついてしまったイメージがあるかもしれないですね。

森口 もともと日本人はすごくアートに囲まれていましたよね。着物や塗りもの、床の間、お茶など、日本の美術は生活の中にありましたでしょう。明治期に西洋からこれがアートですと言われて、それがアートなんだと、その西洋から入ってきた美術だけをありがたがるようになってしまったのが間違いのおこりですね。

鈴木 それをもう一度江戸時代に戻るというか。

森口 本当に。もともと日本人が当たり前に持っていた美意識というか生きるための技、それがアートですよね。

鈴木 最後に。加藤先生、皆さんのご発言をお聞きしてどんなことをお感じになられましたか。

加藤 今日は本当に私も多くのことを学ばせていただきました。医療福祉現場におけるアートは、想像していた以上に実際には進んでいることが分かりました。森口先生のおっしゃるように、イギリスは医療福祉の予算がなくなってきたのでアートに期待をしているということも初めて知りました。これから日本もそうならざるを得ないような気がします。アートは社会に役立つという前向きな気持ちを込めて、文化行政の立場からアートを支援していきたいと思いますし、同時にやはり何らかの形でデータ、エビデンスが必要であると再認識しました。

鈴木 ありがとうございます。すでに時間が過ぎておりますけれど、もし会場の皆さんから聞きたいことがございましたらお受けいたしますがいかがでしょうか。


参加者からの質疑応答


参加者1 音楽講師をしております。美術の世界は閉鎖的とおっしゃっていたんですけども、私のいるクラッシック音楽もとても閉鎖的で、聞きに来る方も演奏する方も常に同じような方々でまわってくような世界です。今日お話を聞いていて、美術の方が壁画とか皆さんの目に触れる機会が多いのかなというのが、率直な感想です。私がこちらの講座を聞きたいと思ったきっかけが、私は音楽、クラシックの中でもバイオリンを弾くんですけども、バイオリンと言った瞬間に、「すごいね」と言われ見る目が変わってしまう、まずお金持ちだよねっていうところから入ってしまう、ここの壁を突破する糸口みたいなのが見つかればと。なにかヒントがあれば教えてください。

森口 うちのNPOの代表の森合音が勤めている四国こどもとおとなの医療センターで、お嬢さんを赤ちゃんの時に亡くされたお母様がバイオリンの先生で、今、患者さんたちに定期的にボランティアでバイオリンを弾いておられるんですね。バイオリンなんて聞かれたことのない方でも聞かれると涙を流して聴いておられます。だからやっぱり生活や医療の場で活躍の機会をどんどん増やしていくことがとっても大事ですね。クラッシクの方もやりたいという方が潜在的にいっぱいいらっしゃいますよね、是非頑張っていきましょう。

鈴木 音楽も効果的だと思いますので、是非参加してください。次の方、お願いします。

参加者2 サイン事業をさせていただいているものです。今日は大変有意義な時間をありがとうございます。私の方では介護施設とかで無機質な空間に多少装飾したいという話とかをいただいて、老人の方が運動できるように床に番号つけたりして体を動かしましょう、という事業をさせてもらったりしている中で、認知症っていうワードが出てくるんですね。先ほどちょっと森口さんのお話の中で舞踊公演の話を聞きましたが、認知症とアートには何かしらあるのでしょうか。

森口 今、アーツフォーヘルスの代表であるクライブ・パーキンソン先生は認知症とアートを専門に研究されています。アートで認知症が治るわけではないんですけども、認知症をお持ちの方のクオリティーオブライフを高めるために、アートは非常に有用であるし、その進行を遅らすためには非常に効果的なのだと思います。それをもっともっと研究していかないといけないと思います。私も今、総合大学に在籍させていただいているおかげで工学部や医学部、社会学部の先生と共同研究ができるようになりまして、先ほどのエビデンスも出していけるかなと思っているんです。

鈴木 次の方、お願いします。

参加者3 今日はありがとうございました。フィルムメーカーのものです。写真ってやっぱり人を癒す力とかがあると思うんです。でも、コンテンツも写真もいっぱいあるんですけど、どのようにしてそれを展開していったらいいのでしょうか。

篠原 コンテンツの使い方ということですよね。私の印象としては、壁画は一旦描いたらずっとそのままになることは問題があるなと思っています。やっぱり写真もその時の気分で変わってくれたらいいなと、それができないとなかなかつらいかなと思います。ある写真を選択して置いた瞬間にそれに支配されてしまう。実は僕がやるなかでは写真は使ってないです。絵の方が見え方に余白ができる。写真で唯一やったのはシルエットに変換して使いました。多少想像力が広がるかなって。写真そのものを使うのはちょっと厳しいかもしれませんが、プロジェクションマッピングとかのコンテンツとしては、結構使えるのではないでしょうか。技術が進んで窓の風景が変わったりとか思ったりします。

参加者3 例えば季節で変えてくというのは?

森口 私、まさに写真を使って認知症の方のワークショップをしたことがあります。それは認知症の方々が若くお元気な時の写真をご家族の方に用意していただいて、それをカラーコピーしたものでコラージュをやったんです。その古い写真のカラーコピーを一枚ずつ持っていただいて、そこに雑誌とか切り抜きとか違うイメージのものを切り抜いて貼っていくんですね。そうしたら、皆さんものすごく昔のことは覚えていらっしゃるんです。さっきのミラーニューロンじゃないですけど、すごく神経を刺激してですね、皆さん目がイキイキして女学生みたいにキャッキャと興奮して、すごく喜んで帰られました。これを定期的にやったらすごく効果があるんじゃないかと思いました。

鈴木 ありがとうございます。写真というメディアそのものは有効だと思いますが、社会と言いますか、そういう部分でも工夫はあるんじゃないですかね。どっかの病院で細胞の写真とか、雪の結晶の写真とか、一見よくわからない抽象画的なものは比較的飽きないのかなと思います。


総括


今日このヘルスケア・アートマネジメントのシンポジウムですが、実はヘルスケア・アートとしたのは病院だけじゃなく福祉系のもの、あるいは地域の健康な人のウェルビーにまで、と少し広がりをつけたいという思いを込めてつけました。そのスタートとしてこういうシンポジウムを開かせていただいて、ご参加いただいて本当にありがとうございます。

これを皮切りにですね、連続講座や実践の場も考えています。2年3年先には何かガイドブックのようなものを作成することにもチャレンジしてみたいなと思っております。今日登壇いただいた先生方にはまたいろんな形で一緒に仕事をさせていただきたいと思いますし、ぜひ会場の皆さんもアンケートの裏に私はこういうことができるんだと書いていただいて、この分野を盛り上げていただきたいと思っております。こんなまとめ方で申し訳ありませんけれど、本当に今日はキックオフのシンポジウムありがとうございました。